【reverse 58 開国シテクダサ〜イ!】
翌朝。
宍喰を出発した。
八時。
水床湾の海岸線を走った。
現代のような防波堤はない。
道のすぐ側まで岩礁が迫っている。
海が、透明だった。
底の岩まで見える。
街道沿いの松並木が、潮風から旅人を守っている。
その松の幹が、海風で斜めに傾いている。
本田が、リュックの重さと悪路の振動に悲鳴を上げ始めた。
「ずっとダートが、こんなに辛いとは思いませんでした……!」
「うるさい、前見ろ」
*
九時。
古目峠の登り口だ。
急坂が、始まった。
「2stのパワーバンドを外すなよ! 止まったら再発進できねーぞ!」
鈴菌が怒鳴りながら、フロントを浮かせ気味に登っていく。
エンジン音が、山に響いた。
*
九時半。
古目番所。
峠の頂上に、番所があった。
木造の番屋。
瓦屋根。
徳島藩の紋が入った提灯。
道を塞ぐ木の門。
竹垣と木の柵。
制札場に、「キリシタン禁制」の高札が立っている。
先行して様子を見てきた鈴菌が戻ってきた。
「無理だ。原付での通過はほぼ不可能。抜け道も見当たらない。片側は断崖で、もう片側は密林だ」
龍馬が即座に言った。
「武力で突破しようぜよ!」
「それは最後の手段だ」
花も続けた。
「私も薙刀で突破路を……」
「花、落ち着け」
アプリと鈴菌が、ツーリングマップルを広げて頭を抱えた。
迂回路はある。
ただし、かなり遠い。
沈黙が、峠に広がった。
その時、本田がリュックを漁り始めた。
「アプリさん、これ使えませんか?」
本田が取り出したのは、ラバーマスクだった。
東京でリンの誕生日パーティーに使ったやつだ。
ドン・キホーテで買った、外国の偉人の顔が揃っている。
アプリが、ニヤリと笑った。
*
古目番所の役人たちは、今日もお遍路さんの検問を行っていた。
白装束の旅人が、列をなしている。
いつものことだ。
ここは一に古目、二に立間と言われるほど厳しい関所だ。
抜け道もない。
だから、全ての旅人がここを通るしかない。
役人の一人が、欠伸をした。
その時。
蹄の音が、聞こえた。
馬だ。
役人が、顔を上げた。
馬が近づいてきた。
馬の顔をした何かが、馬の背に乗っていた。
役人が、目をこすった。
馬の背に、馬が乗っていた。
それだけではない。
馬の前に、鹿が座っていた。
「……な、なんじゃあ……!!」
お遍路さんたちが、悲鳴を上げた。
散り散りに、逃げ惑った。
役人たちも、お遍路さんと一緒に番屋の中へ駆け込んだ。
番屋の扉が、閉まった。
*
馬から、鹿面の子供が飛び降りた。
タツだ。
竹垣をひっぺがした。
木の柵をどかした。
その瞬間。
バリバリバリバリバリッ!!
轟音と共に、RS50が番所を駆け抜けた。
乗っているのは、リンカーン大統領だった。
続いて、プレスカブが駆け抜けた。
クリントン大統領が乗っていた。
モトラが駆け抜けた。
ヒラリー夫人が乗っていた。
馬が駆け抜けた。
馬面の大人と、鹿面の子供が乗っていた。
最後に。
ハスラー50が、番屋の前で止まった。
トランプ大統領が降りた。
熊よけの爆竹を、番屋に向かって投げた。
ドーーーンッ!!
煙が上がった。
「開国シテクダサ〜イ! 関税モカケナイデクダサ〜イ!」
トランプ大統領が、ハスラー50に跨って去っていった。
*
番屋の中で、役人たちはしばらく動けなかった。
*
番所を突破した六人は、暫く走って見つけた開けた広場でバイクを止めた。
全員、マスクを外した。
一秒後、大爆笑が峠に響いた。
「なんですか鈴菌さん! あの捨て台詞はw!」
「やっぱりこの時代の異人はこれしか言わないだろw」
花とタツが、鈴菌の真似をして叫んだ。
「開国シテクダサ〜イ!」
また爆笑が起きた。
龍馬だけが、少し首を傾げていた。
「開国いうがは、一体全体、どういう意味ながなぜよ?」
「えっと、たしか、日本は外国との交易を禁止してるから、外国人が日本に交易をしてよ!って言ってきてるんだよ」
「のう、なんで日本は、外国と商いをせんがなぜよ?」
「はて、なんでだろ?」と言って本田はクリントンマスクを脱いだ。
「それは徳川さんに聞かないと俺たちにも分からないな」鈴菌もトランプマスクを外した。
「そしたら、その徳川いう御仁に聞きゃあ、わかるとでもいうがかえ? その徳川に頼みさえすりゃあ、外国と商いができるようになる、いうがかい?」
花もヒラリーマスクを持ちながらあっけらかんと答える。
「それなら、私が知ってます! 確か徳川のケーキさんに頼めば外国と交易を許してくれるはずだよ! 名前がケーキだから覚えてた!」
龍馬が、目を丸くした。
「徳川のケーキ……? それは、お花が作ってくれたクッキーやらゼリーやらいうがと、似たようなもんながかえ? ようわからんが、その『徳川のケーキ』いう、こじゃんと美味そうな名前の御仁に頼みさえすれば、外国と商売ができるようになるがやね。まっこと、いっぺん会うてみたいもんぜよ。どんなに甘うて、ええ香りのする御仁ながか、楽しみじゃのう!」
「アハハ、徳川のケーキさんには中々会えるもんじゃないよ。凄く偉い人なんだもん」
アプリが、遠くの山を見た。
何も言わなかった。
(……徳川慶喜を『ケーキさん』呼びする19歳がいる。)
鈴菌も、本田も、笑い転げていて気づいていない。
今のこの会話の重さに。
龍馬が、リンカーンのマスクを手に取って眺めた。
「そんなにええ御仁ながかえ。わしのような浪人にゃあ、とても会えるはずがないいうがやね。そりゃあ、しかたがないちや。……それよりも、この不思議な面をした御仁は、まっこと凛々しい顔をしちゅうねぇ。この御仁は、一体誰ながなぜよ?」
「龍馬さんのはリンカーンだよ」
「りんかーん……? こりゃあ、また派手な名前の御仁ながやねぇ。……ほう、この面構え。まっこと、天下を取りそうな人相をしちゅうねぇ!」
鈴菌が、自分のトランプマスクを龍馬に見せた。
「さすが龍馬さん! このマスクの人たちは外国の将軍様の人相だから当たってるよ。俺のはトランプで、本田のはクリントン、花のはクリントンの奥さん」
「な、なーんだって!? これっぱあ全部が、外国の将軍ながかえ! とらんぷに、くりんとん夫妻……。こりゃあ、まっこと縁起のええ面をしちゅうねぇ! 本田、この面をわしにくれんかえ! こんなに縁起のええ面は、持っちゅうだけで何かええことがありそうなぜよ!」
本田が、リンカーンマスクを龍馬に手渡した。
龍馬が、嬉しそうに懐にしまった。
アプリは、馬のマスクを静かにリュックに戻した。
*
十時。
六人は再び走り出した。
八坂八浜の海岸線が、続いていた。
現代のようなトンネルはない。
常に波打ち際か、切り立った崖の上を走る。
砂利と岩が剥き出しの道だ。
でも、海は美しかった。
どこまでも透明で、水平線が丸く見えた。
阿南を過ぎると、田畑に藍の青が増えてきた。
鮮やかな緑の葉が、風に揺れている。
お遍路さんとすれ違う回数も増えた。
白い装束。
菅笠。
杖の音。
*
午後四時四十五分。
鮎喰川の渡し場だ。
大きな橋はない。
渡し舟で、一台ずつ渡った。
六往復した。
川の流れが、夕日に光っていた。
*
午後五時半。
藍住。
巨大なうだつの上がった藍屋敷が、どこまでも続いていた。
加工場から、藍を発酵させる熱気と独特の香りが立ち込めている。
職人たちの声が、あちこちから聞こえてくる。
夕日に照らされた藍住の町が、黄金色に染まっていた。
六人は、宿を探しながら町の中を押し歩いた。
その時、声をかけられた。
立派な着物を着た男だった。
龍馬やアプリと同じくらいの年に見える。
「あんたあ、押いてるそのハリボテは、いったい何だいのん? 車輪が縦に二つ並んでるじゃあ、すぐ転ばってしまうだら? こんなおかしなハリボテを、どうしてわざわざ押し歩いてるだ。重たいもんで、ちっとも捗らんに。……何かい、これも修行のひとつだっていうんかい?」
六人が、足を止めた。
龍馬に、岩崎弥太郎。
そして今度もまた、原付に反応できる男が現れた。
鈴菌が、アプリの耳元で囁いた。
「……また来たぞ」
アプリが、その男を見た。
男の目が、バイクのフレームをなぞっている。
構造を、読もうとしている目だ。
藍住の夕日が、男の横顔を照らしていた。




