【reverse 55 ジェットストリームアタック】
午前八時半。
香南市・夜須に入った。
港町だ。
帆船が、沖合に見える。
手結港に、荷を積んだ船が出入りしている。
米。
木材。
砂糖。
船宿の軒先に、船頭たちが屯している。
街の中では、原付を押し歩いた。
不思議なことに、誰も怪しまなかった。
何なのかわからないものは、怪しみようがないのかもしれない。
六人は、街の空気に案外すんなり溶け込んだ。
*
花が、ぽつりと言った。
「砂糖と塩があると、もう少しいろいろ作れるんですけどね……」
龍馬が、すでに動いていた。
港近くの商家に入って、店の者と何か話している。
笑っている。
店の者も笑っている。
五分後、龍馬が戻ってきた。
両手に、風呂敷包みを抱えていた。
「お花、これっぱああれば足りるがかえ? 他に欲しいもんがあったら、遠慮のう言えよ」
「龍馬さん、ありがとうございます! これだけあれば十分です! 魚も野菜も手に入ったし今夜の野宿も楽しみです!」
アプリが、その一部始終を見ていた。
(一見さんで、ここまで買えるのか……)
龍馬は、初めて来た街で、初めて会った人と、もう友達になっていた。
*
六人は、再び走り出した。
松林が続く海岸線。
琴ヶ浜の砂浜が、朝の光を受けて白く輝いている。
右手に太平洋。
左手に、段々畑。
サトウキビが、海風に揺れている。
龍馬が、RS50で笑いながら走っている。
笑い声が、海風に乗って流れていく。
*
十時半。
安芸市・伊尾木川付近に差し掛かった。
アプリが馬を止めた。
道の脇に、洞窟があった。
入り口から、冷気が流れ出している。
その冷気に乗って、緑の匂いが来た。
洞窟の中に、シダが生えていた。
ぎっしりと、隙間なく。
数万年前から続いているような、深い緑だ。
(……これは、バイクでは止まらなかったな)
アプリは、しばらく洞窟を見た。
龍馬が、RS50を停めて覗き込んだ。
「こりゃあ、たまげた。土佐の山の深さいうのは、どうして計り知れんのう……」
六人が、しばらく黙って洞窟を見た。
冷気が、また流れてきた。
*
正午。
安芸を過ぎて、大山岬の手前で止まった。
太平洋が、目の前に広がっている。
水平線まで、何もない。
ただ、青い。
花が、朝から握っておいた握り飯を配った。
梅干とおかかだ。
本田が、つみれ汁を鍋から椀に注いだ。
魚の出汁が、海風に乗って広がった。
六人が、岬の草の上に腰を下ろした。
*
声をかけられたのは、食べ始めてすぐだった。
「……なんじゃあ、おんしゃあら! 妙な術を使うて歩きよるのう。……ん? その手に持っちゅうのは……『飯』かえ? 混じりっ気のない、真っ白な飯かえ!?」
振り返ると、男が立っていた。
着物が、藍染めの色を失って、くすんでいた。
肩と肘に、幾重にもツギハギが当たっている。
丈を短く端折って、泥の跳ねた脛を剥き出しにしている。
髷は結っているが、後れ毛がぼさぼさと飛び出している。
顔の半分に、手の甲で拭った土汚れが筋になっている。
見た目だけなら、食い詰めた百姓だ。
でも、目が違った。
空腹と苛立ちと、何か大きなものを飲み込んでやるという執念が、獣のように光っていた。
龍馬が、その男に向かって、ごく自然に言った。
「おまんも一緒にどうぜよ? 握り飯につみれ汁、これっぱあどっさりあるき、遠慮はいらんぞね。こじゃんとええ景色を眺めながら、みんなあで賑やかに食おうやないか!」
男が、少し黙った。
それから、草の上に腰を下ろした。
「わしは高知の坂本龍馬。おまん、ええ面構えをしちゅうね。名前は何と言うがいろ?」
「……岩崎弥太郎だ。坂本? 郷士の坂本か。おんしゃあ、ええ着物を着ちゅうのう。その白米も、実家が太いおかげかえ?」
龍馬が、弥太郎に握り飯とつみれ汁を差し出した。
弥太郎が、受け取った。
一口食べた。
「……な、なんじゃあこりゃあ! 混じりっ気のない、真っ白な飯じゃねえか! 夢かや? つみれも出汁が効いちゅう……。おい、おんしゃあら、これほどのもんを昼飯に食うちょるんか! どこの大金持ちの回し者ぜよ!」
*
龍馬と弥太郎が、初対面とは思えない勢いで話し始めた。
花が、アプリを見た。
アプリが、鈴菌を見た。
「岩崎弥太郎って……」
「あぁ、間違いない」
「歴史干渉してないか?」
「いや、ギリギリセーフだろ? どうせこの二人は何処かで出会う……」
「本当にセーフなんですか?」
花の顔が、真っ青だった。
そこへ、本田が首を傾げながら言った。
「この人ってそんなに有名なんですか?」
三人が、本田を見た。
「本田は弥太郎を知らないのか?」
「すいません、何せ中卒なので……」
「三菱だ」
「は? 三菱ってパジェロの?」
「その三菱を作った人」
「え? 嘘だ〜。どう見ても農家の人じゃないですか!」
「うん、確かにただの同姓同名かも知れないぞ?」
「なるほど、同姓同名か……」
「な〜んだ、同姓同名か〜。安心しました〜。私は歴史干渉して現代がハチャメチャになるのかと思いましたよ〜」
四人が、ほっとした。
本田が立ち上がった。
「それなら、僕が確かめて来ましょうか?」
*
本田は、龍馬と弥太郎のそばに歩いていった。
弥太郎が、つみれ汁を夢中で飲んでいた。
本田が、弥太郎に向かって、ごく真剣な顔で言った。
「弥太郎さん、三井三菱UFJって知ってますか?」
弥太郎が、椀を持ったまま固まった。
「三井……三菱……ゆーえふ? なんじゃあ、そりゃあ。聞いたこともない名じゃのう。おんしゃあら、さっきからワシを担ぎゆうがか、それともどこぞの隠密かえ?」
「あ、知らなければ大丈夫です! ありがとうございます! もし良かったらこれどうぞ!」
本田が、ポーチからボールペンを取り出した。
三菱製の、ジェットストリームだった。
弥太郎が、それを受け取った。
何なのか、わからない顔をした。
龍馬が、横から口を挟んだ。
「弥太郎、それはのう、こうやって使うがじゃ!」
龍馬が、自分のボールペンを取り出して実演した。
紙に線を引いた。
弥太郎の目が、細くなった。
*
本田が、四人の元に戻ってきた。
「やっぱり同姓同名でした!」
「やっぱりそうか! そんなに歴史が変わるわけ無いよな!」
「そうよね。チート能力の無い私たちが歴史干渉なんてできるはずないよね」
四人が、顔を見合わせて爆笑した。
太平洋が、青く広がっていた。
*
そんな楽しいランチタイムの中で、ただ一人、タツだけが別の世界にいた。
つみれ汁の椀を両手で持ったまま、誰にも聞かれていないのに喋り続けていた。
「クゥゥゥーーーッ!! 五臓六腑に染み渡るってこういうことか……! うーまーいーー! 100%天然の出汁だよね、これ。雑味がなくて、喉を通る時に細胞が喜んでるのがわかるわ。今まで食べてたつみれ汁、あれ何だったの? 泥水だったの?……………」
誰も、聞いていなかった。
タツは、椀の底をじっと覗き込んだ。
「……もう一杯、ある?」
鍋の前に座っていた花が、無言でおかわりをよそった。
タツが、また一口飲んだ。
「クゥゥゥーーッ!!……」
誰も、まだ聞いていなかった。
大山岬の上で、太平洋が静かに光っていた。
岩崎 弥太郎★★★★
「荒ぶる土佐のマネー・モンスター」
HP:1500
攻撃力:200
素早さ:600
知力:980
特殊スキル:【独占禁止法・無視】
良い技術を見つけると、即座に「独占販売権」を要求する。商談相手の良心を麻痺させる強引な交渉術。
装備品:【三菱のエンブレム(の原型)】
九十九商会から受け継ぐ、未来の巨大コンツェルンの象徴。
弱点:【目つきの悪さ】
本人は至って真面目だが、油断すると「悪徳商人」に見られてしまう。




