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【reverse 53 文久二年のタイタニック号】

 蔵の扉が、開いた。


 龍馬が入ってきた。


 四人は、すぐにわかった。

 いつものような腑抜けた顔ではなかった。

 目が、違う。


「わしも、おんしゃあらあと一緒に旅へ行かせてもらうぜよ! 真っ直ぐついて行くき、一つ、よろしゅう頼むきに!」


 花が、少し驚いた顔で聞いた。


「沢村さんと長州に行かないの? 本当に私たちと来るの?」


「わしゃあ長州へは行かんぜよ。実のところ、惣之丞らあが言いゆう『そんのうじょうい』いうがは、何のことだかさっぱり分からんがちや。……それやったら、おんしゃあらあと行く方が、よっぽど面白そうやき!」


 花が、アプリを見た。

 『どうするの?』と、目が言っていた。

 アプリも、少し戸惑っていた。


 鈴菌が、龍馬に聞いた。


「野宿もするけど龍馬さんは大丈夫か?」


「そんながは、ちっとも気にならんぜよ! それより、わしにもその『からくり馬』に乗せてくれるがやろ? なあ、頼むき!」


 アプリが、動いた。


「それなら馬がいるな。鈴菌、龍馬さんに出発までにRS50の乗り方を教えておいてくれ。俺は馬を調達しておく」


 四人がツーリングマップルを広げて、待ち合わせ場所を確認した。


「アプリさんはちゃんと追いつけるんですよね?」


「大丈夫だ。お前らは沢村さんと一緒に番所の抜け道から待ち合わせ場所まで行って待ってろ。俺が合流するまでに龍馬さんにはRS50に乗れるようにしておいてくれ」


「わしが、その一番太うてデカいがいに乗ってえいがね!? こりゃあ、たまげた。わしゃあ、それが一番カッコえいと思うちょったき、まっこと嬉しいちや! 精を出して、鈴菌殿から乗り方を教えてもらうきに!」


「龍馬さんなら簡単に覚えられる」


 アプリは、それだけ言い残して才谷屋を後にした。


   *


 夜になる前に、花は母屋に向かった。


 乙女と春猪が、待っていた。


「夜になったら出発だそうです。本当にお世話になりました」


 花が、深々と頭を下げた。


「龍を頼みますきに。お花も、道中は気をつけて行きなよ。また土佐へ来ることがあったら、必ずうちに顔を出しなさいよ。待っちゅうきね!」乙女が花に頭を下げて龍馬のことを花に頼んでいる。


春猪は少しだけ悲しそうな顔をして花に強く宣言した。


「花! 私も必ず津軽にも蝦夷地にも行くからね!」


 花が、二人の手を取った。


「I have a low exhaust。これは私たちの合言葉みたいなものなの。英語だから意味はわからないよね? 直訳すると『我に小さな心あり』って意味なの。私たちが乗ってるからくり馬は人の拳よりも小さな心臓なんだよね。でも、そんな小さな心臓でもここまで旅することが出来るって意味の言葉なの。身分とかお金持ちとか関係ないのよ。我に小さな心あり。I have a low exhaust。春猪ちゃんも乙女姉さんもこの意味はわかるよね?」


「あい はぶ?」


「I have a low exhaust!」


「あいはぶろうえくぞうす?」


 花は、思わず笑った。

 乙女も笑っていた。


「I have a low exhaust!だよ、春猪ちゃん」


 春猪が、満面の笑顔で言った。


「アイハブローエクゾース! 我に小さな心ありだよね! 良い言葉だね。こんな私でも本当に蝦夷地まで行けそうな気分になるよ!」


「うん! 必ず春猪ちゃんなら蝦夷地に行けるからね!」


 三人が、泣きながら笑っていた。


   *


 夜。


 沢村惣之丞の案内で、一行は番所を避ける道を通った。


 鈴菌がハスラー50を押し歩いた。

 本田がプレスカブを押し歩いた。

 花がモトラを押し歩いた。

 龍馬がRS50を押し歩いた。


 押し歩いているだけなのに、龍馬は楽しそうだった。


 沢村惣之丞が、不思議そうにその横顔を見ていた。


   *


 番所を回避して、城下の外に出た。


 土佐東街道の入り口。

 葛島村。

 葛島神社だ。


 城下の明かりが、背後で遠くなっていた。

 前は、暗い街道が続いている。


 沢村惣之丞が、龍馬の前に立った。


「それじゃあ龍馬、わしゃあ早うて悪いが、ここからは別行動を取らせてもらうぜよ。わしゃあこのまま長州へ向かうき。もし何ぞあったら長州へ来い。藩邸へ来りゃあ、わしに繋いでもらえるきに!……元気でおれよ!」


 それだけ告げると、沢村惣之丞は夜の闇の中に消えていった。


 足音が、遠ざかった。

 やがて、聞こえなくなった。


 龍馬が、その方向をしばらく見ていた。

 それから、鈴菌を振り返った。


「鈴菌殿、早うその『アププリヤー』の乗り方を教えてつかあさい! ここなら、誰っちゃあに見つかることはないがやろ?」


   *


 鈴菌が、エンジンのかけ方から教えた。


 龍馬が、言われた通りにやった。


 エンジンが、かかった。


「たまげた、凄まじい音じゃねえ! ここを回すと、もっと音が太うなるがぜよ! こりゃあ、たまらん、おもしろうてならんちや!」


 エンストした。

 また、エンストした。

 また、した。


 でも龍馬は、そのたびにすぐに立て直した。


 一時間後。


 RS50が、葛島神社の境内をゆっくりと走っていた。


 龍馬が乗っていた。

 転ばなかった。


「龍馬さん、そろそろエンジンを止めよう。燃料がなくなる」


「そうかえ、そりゃあ残念じゃねえ。……まあ、明日からは阿波の国まで走り抜けるがやき、えいとせんか!」


 龍馬が、丁寧にスタンドを立てた。


   *


 鈴菌と龍馬が教習している間に、花と本田がテントを張り終えていた。


 焚き火が、静かに燃えている。


 花が握り飯を配って、お茶を入れた。


「焚き火も久しぶりだね」


「本当に久しぶり」


 龍馬が、焚き火を眺めながら言った。


「おんしゃあらあは、いっつもあがな暮らしをしちょったがかえ。……『自由』を手に入れるいうがは、こういう事ながかも知れんねえ」


「私も初めて野宿した夜は似たような事を思いましたよ」


「花は、なして旅をしちゅうがかえ?」


「何故だろ? あの時は何故か本田くんとアプリさんが眩しく見えてたからかな? 自由の翼を羽ばたかせてる人なんて初めて見たから……」


「自由の翼……か。わしにも、それが手に入るがかねぇ……?」


 焚き火が、ゆれた。


 龍馬の目が、炎を映していた。


   *


 握り飯を食べ終えて、お茶を啜っていた頃だった。


 龍馬が、鈴菌と話していて唐突に聞いた。


「あがあな馬鹿デカい船が、『見舞金泥棒』みたいな事件を起こしたがかえ! その『たいたにっく』いうがは、黒船よりもデカいがですか!?」


「たぶんタイタニック号の方がでかいはず。逆に俺たちは黒船を見たことが無いからな〜」


「それにしても、船を初めから二つ拵えちょいて、『ほけん』いうがで元を取るわけですかえ……。誰が考えたか知らんけんど、そりゃあ知恵の回るやり方じゃねえ。そのやり方やったら、わしも船を持てるかも知れんちや!」


「あれ? 龍馬さんっていつか船を持ちたいの?」


「そりゃあ、そうじゃ! わしもいつかは船を持って、異国へ行ってみたいもんじゃねぇ!」


 龍馬の目が、また輝いた。


 その話を聞いていた花が、本田の袖をそっと引いた。


「たしか龍馬さんって将来船を持たなかったっけ?」


「え? 修羅の刻ではどうだったの? 僕は幕末はサッパリわからないよ」


「修羅の刻で船に乗ってたかなぁ〜。思い出せないなぁ〜」


「まあ、タイタニック号の話なら歴史干渉してないから大丈夫だよ。鈴菌さんもそこまでバカじゃないよ」


「そうだね、タイタニック号は外国の話だもんね」


 二人は、小声で確認し合ってから、また焚き火に向き直った。


 鈴菌は、龍馬の話に夢中だった。

 龍馬も、楽しそうだった。


 誰も知らなかった。


 今日が、文久二年三月二十四日だということを。


 坂本龍馬が脱藩した、その日だということを。


 そして、龍馬の頭の中で、保険と船と異国への夢が、静かに混ざり合い始めていることを。


 葛島神社の夜が、楽しく、静かに、更けていった。


 アプリを待ちながら、焚き火が燃えていた。


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