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【reverse 50 春猪語り】

 最近、叔父上がおかしい。


 花たちが才谷屋に来てから、明らかに変だ。


   *


 今まで叔父上は、毎日ただダラダラと過ごしていた。


 朝は縁側で寝て、昼になってやっと起き出して、夜になれば誰かを誘って飲みに出かける。

 それが、坂本龍馬という人の二十八年間だった。


 それが、数日前から羽振りが良くなった。


 私や乙女ねーやんへのお小遣いは今に始まったことじゃない。

 でも、権平父さんへ。

 伊予の義母上へ。


 しかも、小銭じゃなく、一両ずつ。


 才谷屋の奉公人たちがざわざわしていた。

 私も、乙女ねーやんも、顔を見合わせた。


「あの子、まさか悪いことを……?」


 乙女ねーやんが、小声で言った。

 私も同じことを思っていたから、何も言えなかった。


 怪しかったのは、いつも蔵に入り浸っている沢田様のことだ。

 叔父上と沢田様が一緒に何かをしているのは前から気になっていた。


 でも、どうやら花たちが関係しているらしい。


 花は嘘をつくような子じゃない。

 それだけは、わかる。


 だから、悪事ではないと、信じることにした。


   *


 昨日、越知から来たという若い武士が才谷屋を訪ねてきた。


 田中光顕、と名乗った。


 下級武士のようだが、目が澄んでいた。


 どうやら留守中のアプリ様を訪ねてきたらしい。

 でも叔父上がその田中光顕という人物を捕まえて、二人で飲みに出かけてしまった。


 翌朝、案の定、朝帰りだった。


 それ自体はいつものことだ。

 でも今回は、帰ってきた叔父上がいつもより目が輝いていた。


 聞こえてきた言葉の断片に「ツメキリ」というものがあった。


 辻斬りじゃないことだけは確認して、とりあえず安心した。


 花が信頼しているアプリ様の知り合いなのだから、田中光顕という人物も間違いのない人なのだろう。

 乙女ねーやんも「あの目は信用できる目だ」と言っていた。

 乙女ねーやんの人を見る目は、あてになる。


   *


 それにしても。


 二十八年間、働きもせずダラダラ過ごしていた叔父上が動き出したというのは、坂本家にとっては最重要事項だ。


 しかも羽振りが良い。

 これがどれだけ異常なことか、才谷屋の者なら誰でもわかる。


 乙女ねーやんは、もう花と叔父上を添い遂げさせようと本気で画策し始めている。


 私も、花が坂本家に来てくれたら本当に嬉しい。


 でも。


(あの叔父上を押し付けるのは、花がかわいそうではないだろうか……)


 そこだけが、引っかかっている。


   *


 そして最近、花の変な趣味も気になっている。


 焚き付けに使うために奉公人たちが集めている古紙入れの中から、浮世絵が描かれた古紙を取り出して、大切そうに保管しているのだ。


 奉公人たちも、少し呆れていた。


 ある日、それを見ていた本田が言った。


「そんな絵なら永谷園のお茶漬けにも入ってるよ!」


 花が、即座に言い返した。


「お茶漬けのカードと一緒にしないでよ!」


 二人の会話は私には難しくて、何のことかさっぱりわからなかった。


 でも、花の古紙収集は仲間の本田から見ても異様に映っているようだということだけは、なんとなくわかった。


   *


 そして、花の仲間たちの中で、一番信じられないのが鈴菌殿だ。


 才谷屋の裏にある雪隠を、勝手に作り替えてしまったのだ。


 私は最初、怒ろうとした。


 でも、権平父さんも奉公人たちも、口を揃えて言うのだ。


「これなら臭くないし、おが屑のいい香りがする!」


 大喜びだった。


 鈴菌殿が言うには「ばいおといれ」という魔法のような仕掛けらしい。


 横で本田が「さすがスズキの技術、SUZUKI最高!」と、自分のことのように胸を張っていた。


 意味はよくわからなかったけど、その誇らしげな顔だけは、なぜかよくわかった。


   *


 それにしても、アプリ様が帰ってこないのが気になっている。


 一人で伊予国まで行くと言っていた。

 本当に大丈夫なのだろうか。


 花も、アプリ様が旅立ってから毎日そわそわしている。


 窓の外をよく見ている。

 食事の時も、どこか上の空だ。


 まさか、また旅に出るつもりなのだろうか。


 このままずっと土佐に骨を埋めてくれたらいいのに、と思う。


 叔父上さえしっかりしていてくれれば、花と添い遂げさせることができるのに。


(叔父上……頼みますよ、本当に)


 縁側から見える蔵の方へ、また叔父上と沢田様が入っていくのが見えた。


 二人とも、なんだか楽しそうだった。


 ……まあ、楽しそうなのは、いいことだ。


 私は、ほうじ茶豆乳ラテを一口すすった。


 才谷屋の朝が、今日も静かに始まっていた。


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