【reverse 45 残り僅かなミレービスケット】
蔵の中で、アプリが言った。
「龍光寺に、詫びてくる」
鈴菌と本田と花が、顔を上げた。
「やっぱり逆打ちのお遍路を途中で中断してツーリングしたバチが当たったのか?」
「わからん。でも、一応、詫びてくる」
アプリが、静かに言った。
迷っている顔ではなかった。
もう決めている顔だった。
「徒歩で行くつもりですか?」
「街を出れば馬子もいるからな。全行程を歩く訳じゃない」
「でも、馬子を借りるにしてもお金はどうするんですか?」
アプリが、腰のポーチに手を入れた。
ボールペンを数本、取り出した。
「そこは龍馬に頼むことにするさ。今はまだ商才は無いようだが、龍馬には間違いなく商才はある。このボールペンなら龍馬が高く売れると思う」
本田が、目を輝かせた。
「なるほど!それなら僕のボールペンもどうぞ!」
本田もポーチからボールペンを取り出した。
鈴菌も出した。
花も出した。
蔵の土間に、ボールペンが並んだ。
「でも、今の龍馬さんを見てると本当に商才があるとは思えませんよ?」
花が、正直に言った。
「いや、わからんぞ?このボールペンがキッカケで龍馬に商人スキルが派生するのかも知れないぞ? なろう小説ではそうなんだろ、本田」
「はい!まさにそうです! なろう小説では何か値切るだけで"値切り"スキルが派生する話もありましたから! 龍馬さんみたいな主人公キャラはすぐにスキルが派生するもんなんですよ!」
本田が力説した。
花が「そういうものですか……」と首を傾げた。
*
龍馬を蔵に呼んだ。
ボールペンを見せると、龍馬の目が輝いた。
案の定、欲しがった。
「一本プレゼントする。その代わり、これを高値で売れるところを探してほしい」
アプリが、静かに頼んだ。
龍馬が、ボールペンを受け取った。
くるくると回した。
インクで紙に線を引いた。
目を丸くした。
そして、あっさりと言った。
「わしぁ商いなぞしたことがありゃせん。兄さんなら商い上手じゃき、兄さんに頼んでみとうせ!」
蔵の中が、静止した。
全員が、龍馬を見た。
(コイツはマジでクズニートだ)
四人が、同じことを思った。
声には出さなかった。
「でも龍馬さん、意外とやってみると、龍馬さんにもお兄さんより商いの才能があるかもしれませんよ?」
本田が、恐る恐る言った。
龍馬が、少し考えた。
ボールペンを眺めた。
また考えた。
「そうかえ?……それなら、わしもいっちょやってみようかのう! けんど、わし一人じゃあ、いかにも心細うていかんき、沢村の惣之丞を誘うてもかまんろうか?」
聞き慣れない名前だった。
本田が花を見た。
花が鈴菌を見た。
鈴菌がアプリを見た。
全員、首を横に振った。
花が、龍馬のお姉さんのような顔で言った。
「その沢村さんと一緒ならできるんですよね?」
「惣之丞はこないだまで土佐を離れちょったけんど、昨日久しぶりに戻ってきちょってよ。あいつぁグイグイ前へ出るたちじゃき、商売にゃあ向いちょると思うがじゃ。……実を言うたら、わしぁあいつがおらんと何ちゃあ出来んがよ」
龍馬が、照れたように頭を掻いた。
花が、小さく溜息をついた。
でも、何も言わなかった。
龍馬が、蔵を出ていった。
草履の音が、遠ざかった。
*
「誰ですか?沢村惣之丞って……」
「花ちゃんの漫画知識で分からないかな?」
「すいません。修羅の刻には出てこなかったと思います……」
花が、申し訳なさそうに言った。
「まあ、何にしても龍馬がやる気にさえなれば……たぶん、なんとかなる」
アプリが、静かに言った。
全員が、その「たぶん」に賭けることにした。
*
しばらくして、蔵の扉が開いた。
龍馬が戻ってきた。
その後ろに、男が一人いた。
背が高い。
目が鋭い。
蔵の中に入った瞬間から、空気が変わった。
本田は、その殺気を背中で感じた。
花が、思わず一歩下がった。
鈴菌は腕を組んだまま動かなかった。
アプリが、静かに前に出た。
「この衆が、さっき話いた旅人ぜよ。この『自動筆』を誰か高う買うてくれる者に、売りつけてくれんかと頼まれたがじゃ。惣之丞、わしと一緒にこいつを派手に売りさばいてみんかえ?」
沢村惣之丞が、四人を見回した。
目が、さらに細くなった。
龍馬からボールペンを受け取った。
紙に線を引いた。
もう一度引いた。
わなわなと、震え始めた。
「おいおいおい!龍馬! おんしゃあ、これの価値が分かっちょらんのか! まことの阿呆か、おんしゃあ! これほどのもんを、派手に売りさばくなどと……そんな勿体ないことして、たまるか!」
龍馬が、きょとんとした顔をした。
「……分かった、わしも手を貸いてやる。龍馬、おんしゃあ一人にゃあ、とても任せちゃあおけんきな!」
沢村惣之丞が、四人に向き直った。
「おんしゃあらあ、一体何者ぜよ? この得体の知れんもんを売り払うて、その金で……何を企んじゅうがぜ?」
本田が、正面から答えた。
「僕らはただの旅仲間です。これを売って、こちらのアプリさんが伊予国の龍光寺にお参りに行きたいんです。その旅費です」
沢村惣之丞が、眉をひそめた。
「はあ?……そんだけのことかえ? そんな些末なことのために、この『自動筆』を売り払う気かよ? おんしゃあらあ、本気で言いゆうがぜ?」
「はい。僕らには大切なことなんです」
本田が、真剣な顔で言った。
花も、アプリも、鈴菌も、同じ顔をしていた。
沢村惣之丞が、しばらく四人を見た。
何かを確かめるように、一人一人の顔を見た。
それから、黙って龍馬を連れて蔵を出ていった。
足音が、遠ざかった。
扉が、閉まった。
*
蔵の中に、四人が残された。
花が、リュックを開けた。
ミレービスケットの袋を取り出した。
振った。
軽い音がした。
残り僅かだった。
「今の龍馬さんは本当にクズニートでビックリですよ!もう!漫画の中では本当にカッコイイのに!」
花が、むしゃくしゃした顔でビスケットをボリボリと食べ始めた。
「まぁまぁ、なろう小説ではここからチート能力に覚醒しますから!」
「俺たちが来たせいで歴史が狂ったのかもしれないぜ?」
「逆に俺たちが来なければ、龍馬は本物のクズニートだったかもな……」
アプリが、静かに言った。
誰も、それに返せなかった。
蔵の外から、算盤の音が聞こえてくる。
才谷屋の商いが、今日も続いている。
本田が、ビスケットを一枚取った。
鈴菌が、一枚取った。
アプリが、一枚取った。
袋が、軽くなった。
四人で、ボリボリと食べた。
ミレービスケットは、幕末の土佐の蔵の中でも、ちゃんと旨かった。
沢村 惣之丞★★★
「脱藩界のスピードスター&マルチリンガル」
HP:1100
攻撃力:350
素早さ:950
知力:850
特殊スキル:【偽名:関雄馬】
偽名を使い分け、関所や役人の目をすり抜ける。このスキルが発動すると、不審者フラグが一時的に無効化される。
装備品:【関雄馬の通行手形】
偽名だが、なぜか公式の効力を持つ不思議なアイテム。




