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【reverse 41 土佐の龍馬に、土佐の土産を】

 バイクが、砂浜に四台並んでいた。


 龍馬が、その一台一台を眺めた。

 近づいた。

 離れた。

 また近づいた。


 目が、子供みたいに輝いている。


「こじゃんと、たまげたぜよ! こんなに大きいからくり人形……いや、からくり馬らあて、見たことも聞いたこともないちや!」


 龍馬が、ハスラー50のシートを叩いた。

 ぺたぺたと、両手で触った。


「これっぱあ大きなからくり馬やったら、人も乗せられるいうわけやねぇ。鈴菌殿。まっこと……わしは、おんしの後ろに乗らしてもらえばええがかえ?」


 ワクワクしながら、龍馬はハスラー50の後ろに跨った。


 鈴菌が、本田をリアシートに乗せてニケツを実演した。

 龍馬は頷きながら見ていた。

 それから、鈴菌の後ろに乗った。


 龍馬の足が、地面から離れた。


   *


 走り出した。


 未舗装の道だ。

 でこぼこしている。

 せいぜい二十キロしか出せない。

 四台が、ゆっくりと高知城下を目指す。


 ハスラー50の後ろで、龍馬がはしゃいでいた。


 前の三台には聞こえない。

 でも、鈴菌には背中越しに伝わってくる。

 龍馬の体が、震えている。

 笑っているのだ。


   *


 筆山の麓に差し掛かった。


 前に、登山道が見えてきた。


 四台が止まった。


 アプリと鈴菌が、顔を見合わせた。


「先に見てくる」


 二台が、山道へ入っていった。

 RS50の二ストの音と、ハスラー50の二ストの音が、木々の中に消えた。


 登山道の前に、本田と花と龍馬が残された。


   *


 龍馬が、山を見上げた。


「筆山にゃあ、ちゃんと道がついちゅうき、案じなや! あんなあ、そがいな高い山じゃあないき。わしやったら一刻もありゃあ楽に超えてみせるぜよ!」


「すいません。私と本田くんはそんなに歩けないんです……」


 花が、正直に言った。


「歩けん? なぜぜよ! おんしゃあ、蝦夷地まで旅をしてきたと言うちょったろうが。あがいな遠いところまで行った男が、こんまい山道でへのたれてどうするぜよ!」


 本田が、プレスカブのシートをそっと撫でた。


「僕はこのからくり馬がないと自由の翼を羽ばたけないんですよ。このプレスカブで薩摩から蝦夷の端まで走ったんですから」


 龍馬が、プレスカブに近づいた。

 タイヤを触った。

 ゴムの感触を確かめるように、指を押し当てた。

 それから、本田を見た。


「本田、おんしゃあコイツが相棒ながか!」


 今度はモトラを見た。


「お花は、そのゴツゴツしたからくり馬が相棒ながやねぇ。ほう……これがいわゆる人馬一体ちゅうやつかえ。面白いのう、実にまっこと面白いぜよ!」


 龍馬が、感心したように頷いた。


   *


 花が、リュックを下ろした。


 ごそごそと、中を探った。


 小袋を三つ取り出した。

 本田に一つ渡した。

 龍馬に一つ渡した。


 ミレービスケットだ。


 龍馬が、袋をひっくり返した。

 開け方がわからない。

 本田が、袋の端をつまんで開けてやった。


「これ美味しいよね」


「私も好き」


 二人が、ビスケットをつまんだ。


 龍馬が、それを見てから、一枚口に入れた。


 ポリ、と小気味よい音がした。


 龍馬の目が、開いた。


「……!!」


 もう一枚、口に入れた。

 また、ポリ。


「おおっ! ほう、これは……まっこと、こじゃんと旨いのう、本田! 噛めば噛むほど、お天道様の味がするぜよ!」


 龍馬が、袋の中を覗いた。


「このほんのりと効いた塩気がたまらん。お花、おんしゃあこの『みれえ』ちゅう菓子、どこで手に入れたがぜよ? お話の背負子から、こがいに旨いもんが出てくるとは思わなんだ!」


「これ? 国分川のそばの野村煎豆加工店ってとこで買ったんだよ。揚げたてで美味しいでしょ?」


 龍馬が、少し考えた。


「のむらせんまめ……? ほう、聞いたことのない屋号じゃが、国分川のほとりかえ! あそこら辺にゃあ、ええ水とええ風が吹きゆうき、菓子を作るにゃあ絶好の場所ぜよ。おんしゃあ、そんなハイカラな名前の店を見つけてくるとは、まっこと耳ざといのう!」


 龍馬が、また一枚、口に入れた。


 ポリポリと、山の入口で音が響いた。


   *


 今度は本田が、リュックに手を入れた。


 細長い瓶を三本取り出した。


 ごっくん馬路村だ。


 花に一本渡した。

 龍馬に一本渡した。


 龍馬が、瓶のキャップを見た。

 ひねった。

 開かない。

 また見た。


 本田が、キャップに指をかけた。

 パコ、と開いた。


「おお、本田! かたじけない。この瓶の蓋はちくと変わった形をしちゅうのう……ほう、指一本で鮮やかに開けおった! まっこと、おんしゃあは器用な男ぜよ」


 龍馬が、瓶を鼻に近づけた。

 一口、飲んだ。


 目が、カッと開いた。


「……!!」


「……こ、これはっ!! 柚子じゃ! 馬路村の、あの深い山の香りが鼻を突き抜けていったぜよ! 甘うて、それでいて後味は清流のように潔い。まっこと、土佐の魂を瓶に詰め込んだような飲み物じゃのう!」


 龍馬が、ごくごくと飲んだ。

 あっという間に空になった。


 空き瓶を、マジマジと見つめた。


「……こりゃあ、たまげた。この『びいどろ』、一点の曇りもありゃせん。中の水が浮いちゅうように見えたが、空になっても宝石のように光っちょる。土佐の海より透き通っちゅうかもしれんのう!」


「びいどろ?」


 本田が、花を見た。

 花が、本田を見た。

 二人とも、首を傾げた。


「おんしゃあ、こんな見事な細工を『空き瓶』と呼ぶんか!? いかんいかん、そんな無造作に置いたら割れてしまうぜよ。これ一つあれば、長崎の商人とて腰を抜かす。……のう、これをわしに譲ってくれんか? 懐に入れて持ち歩きたいがぜよ!」


 本田が、自分の空き瓶も差し出した。


 龍馬が、両手で受け取った。

 胸元に、大切そうにしまった。


   *


 遠くから、二ストの音が戻ってきた。


 鈴菌のハスラー50と、アプリのRS50だ。


「山道、続いてる。バイクでも行けそうだ」


 アプリが言った。


 四台が、また走り出した。


   *


 筆山を登りきった。


 視界が、一気に開いた。


 北側に、高知城下が広がっている。

 整然と並ぶ屋根。

 細い川筋。

 龍馬の生家がある、あの上町の通りが、はっきりと見える。


 南側に、太平洋があった。


 遠く、遠く、どこまでも続く青だ。

 その手前に、桂浜が光っている。


 霞みひとつない。

 木が邪魔しない。

 建物が遮らない。

 この見通しは、現代では絶対に見られない。


 本田は、その景色の前で動けなかった。


(この景色は……現代では、絶対に見せられなかったなぁ)


 本田宗一郎の言葉が、戻ってきた。

 このカブにもっと色んな景色を見せてあげてくれよ。


 見せてあげている。

 確かに、見せてあげている。

 百五十年以上前の土佐の空を、プレスカブが走ってきた。


 アプリが、腕を組んで水平線を見ていた。

 鈴菌が、城下の方を眺めていた。

 花が、南の海に目を細めていた。


 四人とも、しばらく動かなかった。


   *


 龍馬だけが、違うものを見ていた。


 懐から、ごっくん馬路村の空き瓶を取り出した。

 朝の光に、かざした。


 瓶が、虹色に光った。


 龍馬が、目を細めた。

 景色より、瓶を見ていた。

 太平洋より、手のひらの中の小さな光を見ていた。


 本田が、それに気づいた。


(やっぱり、坂本龍馬はただの若者だ)


 でも、その横顔に。

 朝の光を受けた、その目の奥に。

 何かが、ある気がした。


 言葉にはできない。

 でも、確かにある。


 それが何なのかを、本田はまだ知らなかった。


 桂浜の波が、遠くから聞こえた気がした。


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