【reverse 40 ステータスオープン!】
スマホが、砂浜に落ちていた。
男が、それを拾った。
しゃがんで、ゆっくりと拾い上げた。
それから、花に差し出した。
「おんしゃ、これ落としたぜよ?」
男が、スマホを眺めた。
首をかしげた。
「おかしな板じゃのう。こりゃあ、えろう高価なもんながやないか?」
花は、唖然としたまま受け取った。
礼を言う言葉が、出てこなかった。
波が、また打ち寄せた。
*
空気を読まない男が、一歩前に出た。
鈴菌だ。
「本物の坂本龍馬か? 才谷屋の。」
男の目が、わずかに細くなった。
「おんしゃ、なんでわしの事を知っちゅうがぜよ? たしかにうちは才谷屋じゃが……。おんしゃらもしかして、えろう身分の高いお方らあかえ?」
鈴菌は、何も答えなかった。
答える代わりに、花の方を向いた。
「花ちゃん、余計なことを喋らずにアプリ達を呼んできてくれ」
花が、走った。
砂浜に、足跡が残った。
*
鈴菌と龍馬が、二人になった。
波の音だけが、続いている。
鈴菌は、ウエストポーチに手を入れた。
バイクの鍵を取り出した。
キーホルダーを外した。
SUZUKIのKATANA。
ラバー製の小さな刀だ。
スズキ歴史館で、鈴菌が三人分まとめて買ってくれた、あのキーホルダーだ。
鈴菌が、それを龍馬に差し出した。
「これが俺の刀だ。これを龍馬さんにあげるから、龍馬さんの刀を見せてくれないか?」
龍馬が、キーホルダーを受け取った。
ひっくり返した。
また表にした。
目が、輝いている。
「これまた、えろう高そうな舶来もんしゃのう! こがな高いもんを、わしにくれるがかえ? たかが、この刀を見せるばあで?」
龍馬が、腰の刀を抜いた。
鈴菌に、柄を向けて差し出した。
鈴菌は、両手で受け取った。
刀身を、少し引いた。
刃が、朝の薄明かりを反射した。
本物だ。
すぐに戻した。
龍馬も、すぐにサヤに収めた。
「もうええがかえ? そこの枝らあを、ちょっと試し斬りばあしてみせても構わんぜよ?」
「いや、いい。見たいものは見たから」
鈴菌は、貰ったキーホルダーを嬉しそうに眺めている龍馬を見た。
(逆打ちしたからか? それとも龍光寺の事で俺がふざけたからか?)
答えは出ない。
でも、信じるしかなかった。
*
やがて、砂浜に足音が増えた。
花に連れられて、アプリと本田が来た。
二人は、龍馬を見た。
龍馬を見て、鈴菌を見た。
花から事情を聞いていたのだろう。
何も言わなかった。
ただ、黙って鈴菌の顔を見た。
鈴菌が、一言だけ言った。
「本物だ。バック・トゥ・ザ・フューチャーだ」
アプリが、目を細めた。
本田が、小さく頷いた。
花が、唇を結んだ。
全員、鈴菌の隠語の意味がわかった。
*
鈴菌が、龍馬に向き直った。
「龍馬さんはここに何しに来たんですか?」
龍馬が、水平線を眺めた。
少し間があった。
「家の居心地がのう、どうもいかんがじゃ。いつもここで、ぽうっと黄昏ちゅう。この歳になっても実家の世話になっちゅうような男らあ、土佐にもおらんに。義母さんも兄さんも、わしには甘うてよ。家に居りゃあ、ただ食うて寝るばあの生活になってしもうて……。こりゃあ、いかんぜよ」
砂浜に、沈黙があった。
本田が、口を開いた。
「わかります。少し前の僕も同じでしたから……」
龍馬が、本田を見た。
「おんしゃあも同じやったがかえ? 昔の自分っちゅうことは、今は違うがじゃねえ。羨ましいのう……。おんしゃあ、どうやってその生活から抜け出したがぜ?」
「僕は鹿児島から……あ、違うか。えっと、薩摩から北海道……じゃなくて蝦夷まで旅に出たんですよ。ここにいる仲間はその時に知り合ったんです。今も旅は続いてますけどね」
龍馬の目が、大きくなった。
「なんじゃと!? おんしゃあ、いくつながなぜ? 薩摩から蝦夷地まで旅をしたっちゅうがかえ? そんな芸当、ほんまにできるがぜよ?」
「出発した時は17歳でしたけど、旅の途中で18歳になりました! 薩摩を出た時は一人でしたが、今はこうして旅仲間も出来たので毎日が楽しいですよ! 僕は旅が無ければいまだに家にひきこもってたと思います」
龍馬が、本田の両肩をガッシリと掴んだ。
「おんしゃあ、まっこと凄い男じゃのう! 今も旅の真っ最中なら、しばらくうちへ泊まりや。おんしゃらあの旅の話を、ゆっくりと聞かせてほしいがぜよ!」
「ちょ、ちょっとまって下さい! 仲間と相談させて下さい!ぜよ!」
本田が、仲間たちに向かって走った。
*
四人が、固まった。
龍馬が気にしないよう、鈴菌がウエストポーチから単眼鏡を取り出して龍馬に手渡した。
龍馬は目を輝かせて、夢中で水平線を眺め始めた。
花が、声を落として言った。
「こ、これはドッキリとかじゃないよね?」
「刀は間違いなく真剣だった。これはタイムスリップだと思う」
鈴菌が、静かに答えた。
本田が、目を輝かせた。
「なろう小説ではよくあることなんで皆さん、ここは僕に任せて下さいよ! 伊達になろう小説を読み漁ってた訳じゃないですから! それでは恒例の……」
本田が、背筋を伸ばした。
「ステータスオープン!!!」
三人が、本田に注目した。
間があった。
「あ、あれ? ステータスが見えないぞ?」
「そもそもリゼロ設定だとステータスは無いじゃん!」
花が言った。
その目が、うっすら潤んでいた。
「えっ? チート能力無しなの?」
本田が、狼狽えた。
アプリが、静かに言った。
「いや、俺達にはツーリングマップルがある。地形を知っているだけでもチートだろ」
「そうだぞ? それに大雑把な歴史も知ってるんだ。これもチート能力だぜ?」
鈴菌が続けた。
「チート能力なんていりませんよ! 現代に帰らなくちゃ!」
花が、声を上げた。
本田が、ふと呟いた。
「これはもしかしたら……バイク神社の声がこうなる事を予言してたのかも……」
「その声は俺も聞こえた」
「実は私も……」
「俺もだ……」
四人が、顔を見合わせた。
沈黙があった。
鈴菌が、砂浜に視線を落とした。
「こうなったら現代に帰れるまで龍馬さんの家で匿って貰うのも、案外いいのかもしれないぞ?」
「歴史に干渉しないか?」
アプリが言った。
「俺はタイムパラドックス系は頭の中がぐちゃぐちゃになるから、深く考えないようにしてる……」
「今はその空気の読めなさが羨ましいですよ……」
本田が言った。
嫌みではなかった。
本当にそう思っていた。
「私も龍馬さんの家で潜伏する方が安全だと思う」
花が頷いた。
「そうだな」
アプリが、静かに言った。
「決まりだ。龍馬さんに世話になろう。その前に——」
鈴菌が、背筋を伸ばした。
「ステータスオープン! ………俺もダメだ。チート能力無しだ」
「ステータスオープン…… 私もダメです……」
花が、消え入るような声で言った。
アプリが、静かに目を閉じた。
「ステータスオープン……」
首を、横に振った。
四人が、チート能力なしで、幕末の土佐に立っていた。
*
鈴菌が、単眼鏡で夢中になって水平線を眺めている龍馬の元へ歩いていった。
「今日から暫く世話になるよ。よろしくお願いします」
鈴菌が、頭を下げた。
アプリが、本田が、花が、続いた。
四人が、砂浜で頭を下げた。
龍馬が、単眼鏡から目を離した。
笑った。
眩しいくらいに、笑った。
「よう来てくれた! 才谷屋は大きい家じゃき、遠慮せずにおりや!」
朝日が、桂浜を照らしていた。
波が、打ち寄せていた。
龍馬の笑顔が、朝の光の中にあった。
この男がいつか歴史を動かすことを、四人はまだ知らない。
いや、知っている。
でも今この瞬間、目の前にいるのは、ただ実家でくすぶっていた、二十八歳の若者だった。
本田は、その笑顔を見ながら思った。
(なろう小説だったら、ここでチートが発動するはずなんだけどな……)
でも、道楽守が、ポケットの中でほんのわずかに温かかった。
気のせいかもしれない。
でも、気のせいにしては、少し鮮明すぎた。




