【reverse 33 銀色の正義と、鉄板の再会】
モドキのトレーラーハウスの前。
三台が並んでいる。
プレスカブ、RS50、モトラ。
荷造りが終わった。
モドキが、腕を組んで立っていた。
ロリが、リトルカブの横に立っていた。
リンが、自転車のそばで手を振っていた。
「世話になった」
アプリが言った。
モドキが頷いた。
それから、本田に向かって言った。
「箱根も中々厳しいぞ?」
「はい。頑張ります!」
ロリが、胸を張った。
「本田! 弟子らしく堂々と走りなさいよ!」
「はい、師匠!」
リンが、手を振った。
「また会おうね。気をつけてね」
三台のエンジンがかかった。
走り出した。
バックミラーの中で、三人が手を振っている。
モドキが、腕を組んだまま頷いている。
ロリが、両手を大きく振っている。
リンが、笑っている。
角を曲がった。
見えなくなった。
*
国道1号線を南へ。
神奈川に入った。
相模川を渡った。
山が、近づいてくる。
小田原を過ぎた。
道が、登り始めた。
箱根だ。
勾配が、きつくなってきた。
プレスカブのエンジンが、唸り始めた。
でも、登れる。
ローギアに落とした。
着実に登っていく。
本田は、登りながら思った。
(あれ……草津温泉の方がきつかったな)
数日前の記憶が蘇ってきた。
八ッ場ダムを過ぎたあたりの、あの長い上り坂。
時速十五キロで必死に登った。
それに比べると、箱根は確かに勾配がある。
でも、体が慣れている。
プレスカブも、あの時よりも軽く登っている気がする。
(ミルミルさんの草津温泉ツーリングは、意味があったんだ!)
そうか、と本田は思った。
草津温泉への道は、箱根の練習だったんだ。
ミルミルさんはわかっていたんだ。
これから南下するなら、箱根を越えなければならない。
だから先に草津で坂道を経験させてくれた。
意識してやったのかどうかはわからない。
でも、確かに草津があったから、今の本田がある。
プレスカブが、箱根の頂上に近づいていく。
視界が開けた。
駿河湾が、光っている。
富士山が、右手に白く、大きく立っている。
花が、隣で叫んだ。
「富士山!!」
アプリが、黙って富士山を見た。
三台が、頂上で少し止まった。
誰も何も言わなかった。
それで、十分だった。
*
静岡に入った。
鈴菌邸に着いた。
一階が、全部ガレージだった。
シャッターが開いている。
SUZUKIが、並んでいる。
ガンマ、RG50、GSX-R750、GAG、GSX-R1000R、モレ、カーナF3、ハスラー50、SW-1等々.....。
その奥に、異形がある。
花が、首を伸ばした。
「あれ……なんですか?」
「サイクロン号だ」
アプリが、短く答えた。
6本出しのマフラーが、ガレージの奥で存在感を放っている。
「おい、本田! よく来たな!!」
真っ赤な幌のジムニーの横から、声が来た。
鈴菌さんだ。
豪快に笑っている。
キャノンボールの時と、全然変わっていない。
「鈴菌さん! 久しぶりです!」
「鈴菌さん、そのサイクロン号……まさかレプリカですか?」
「おう、レプリカだがな! どうだ、最高だろ?!」
本田が感動した。
その横で、アプリの温度が急激に下がった。
サイクロン号の前に立った。
6本出しのマフラーを、無言で見た。
それから、口を開いた。
「……この6本出しマフラーは何だ。2ストの排気効率を完全に無視した、ただの重りじゃないか。こんなのまともなチャンバーを俺が作ってやる」
「バカ野郎! これはロマンなんだよ!!」
一触即発になった。
花が、二人の間で固まった。
奥から、奥さんが現れた。
コーヒーを四つ持ってきてくれた。
香りがいい。
「まあまあ、コーヒーでも飲んでくださいな」
緊張が、少し解けた。
*
「腹が減ったな。静岡名物のさわやかへ行くぞ! 準備してくるから待ってろ!」
鈴菌さんと奥さんが、二階へ上がった。
三人がガレージに残った。
花が、サイクロン号を改めて見た。
「6本もマフラーがあるんですね」
「ロマンらしい」
アプリが言った。
本田が笑った。
数分後。
階段を降りる音がした。
三人が、階段の方を向いた。
夕日に輝く銀色のスーツが、現れた。
銀色のマスク。
肩のプロテクター。
完璧な宇宙刑事ギャバンが、そこに立っていた。
その隣に、ミミーの衣装を纏った奥さんが立っていた。
本田がコーヒーを吹き出した。
アプリがコーヒーを吹き出した。
花が、固まった。
「行くぞ! ジムニーへ蒸着だ!」
「……本気ですか、その格好で」
「当たり前だ!紅いジムニーに普段着で乗るバカがいるものか! これが俺たち紅いジムニー乗りの正装だ!!」
*
ジムニーの後部座席に、本田と花が押し込められた。
鈴菌さんが運転席に座った。
奥さんが助手席に座った。
アプリは、ジムニーには乗らなかった。
RS50のエンジンをかけた。
黙って、ジムニーの後ろについた。
鈴菌さんがエンジンをかけた。
カーステレオのボリュームを、最大にした。
ギャバンのテーマが、車内に炸裂した。
♪男なんだろ グズグズするなよ〜♫……
本田の顔が、赤くなった。
花の顔が、赤くなった。
窓の外を歩いている人たちが、ジムニーを二度見している。
信号待ちで、隣の車のドライバーが目を丸くしてこちらを見た。
ギャバンが助手席の窓から手を振った。
隣の車が、そっと車間を開けた。
本田は、俯いた。
花も、俯いた。
二人の目に、うっすらと光るものがあった。
恥ずかしくて、少し泣いていた。
*
信号待ちになった。
奥さんが、鋭く叫んだ。
「ギャバン! あそこよ!」
指の先に、コンビニがある。
レジの奥で、店員にナイフを突きつけている男がいた。
鈴菌さんが、静かに言った。
「……正義の使命を注入してやるぜ」
ドアが開いた。
銀色の背中が、コンビニへ一直線に歩いていった。
犯人が、入ってきた銀色の不審者を見た。
呆然とした。
「ギャバン ダイナミック!」
その一瞬に、鈴菌さんの右ストレートが、犯人の顔面にめり込んだ。
「グハッ!」
一撃だった。
奥さんが、素早く結束バンドで手足を固めた。
鈴菌さんが立ち上がって言った。
「警察は呼んどいたから。ハンバーグが冷めるんで」
銀色の背中が、ジムニーに戻った。
信号が、青になった。
花が、後部座席で小声で言った。
「……今のは、夢ですか?」
「現実だ」
バックミラーの中のアプリが、正面を向いたまま答えた。
*
さわやかに着いた。
店に入った瞬間、子供たちが気づいた。
「ギャバンだ!!」
「サインちょうだい!!」
鈴菌さんが、上機嫌でペンを走らせた。
何枚も書いた。
テーブルについた。
げんこつハンバーグが運ばれてきた。
鉄板の上で、ジュージューと音を立てている。
湯気が上がっている。
「よし、食うか」
鈴菌さんが、子供たちが見ている前でマスクに手をかけた。
ガバッと、外した。
汗だくで、ハンバーグを凝視する、バイク好きのおじさんの顔が現れた。
子供たちの視線が、凍った。
やがて、席に戻り始めた。
手の中のサインが、ゴミ箱の中に静かに落ちていった。
鈴菌さんは、それを見ていなかった。
ハンバーグを、幸せそうに食べていた。
花が、本田の耳元でそっと言った。
「……サイン、捨てられてましたよ」
「見なかったことにしよう」
本田は、げんこつハンバーグを割った。
中から、肉汁が溢れた。
旨い。
今まで食べたハンバーグの中で、一番旨い。
静岡まで走ってきた甲斐があった。
*
鈴菌邸に戻った。
夜になっていた。
「泊まっていけ」
鈴菌さんが言った。
今夜は素直に甘えることにした。
ギャバンのスーツが、ガレージの隅にかけられた。
奥さんのミミーの衣装も、きちんとハンガーにかけられた。
二人が、部屋着に着替えて戻ってきた。
さっきまでの宇宙刑事が、ただの静岡在住のバイク好き夫婦になった。
その落差が、なぜか一番笑えた。
テーブルに、缶ビールジュースが並んだ。
鈴菌さんが、冷蔵庫から次々と出してくる。
奥さんが、つまみを持ってきてくれた。
五人で、缶を開けた。
乾杯した。
「お前ら、よくここまで走ってきたな」
鈴菌さんが言った。
本田が答えた。
「鈴菌さんに会いたかったですから」
「俺に?」
「キャノンボールで一緒に走った人に、また会いたかったんですよ」
鈴菌さんが、少し照れた顔をした。
缶ビールを、一口飲んだ。
アプリが、サイクロン号の方を見ながら言った。
「チャンバーの件は、まだ諦めていないからな」
「バカ野郎、ロマンに触るな!」
また言い合いになった。
奥さんが笑っていた。
花が笑っていた。
本田も笑っていた。
ガレージの奥で、サイクロン号の6本出しマフラーが、静かに光っていた。
その横に、使い込まれたストリートマジックが、誇らしそうに立っていた。
夜が、更けていった。
静岡の夜は、穏やかだった。
缶ビールが、また開いた。
SUZUKI ジムニー 1000
型式 SJ40V
最高出力 52ps / 5,000rpm
SUZUKI RG50Γ
型式NA11A
最高出力 7.2ps / 8,500rpm
SUZUKI RG50E
型式 RG50E
最高出力 7.2ps / 9,000rpm
SUZUKI GSX-R750
型式 GR71F
最高出力 77 ps / 9,500 rpm
SUZUKI GAG
型式 LA41A
最高出力 5.2 ps / 7,000 rpm
SUZUKI GSX-R1000R
型式 DM11G
最高出力 197 ps / 13,200rpm
SUZUKI モレ
型式 BA14A
最高出力 6.1 ps / 6,500 rpm
SUZUKI カーナF3
(ヨシムラ・カキモトカラー)
型式 CA18A
最高出力 6.7 ps / 7,000 rpm
SUZUKI ハスラー50
型式 SA11A
最高出力 7.2 ps / 8,500 rpm
SUZUKI SW-1
型式 NJ45A
最高出力 20 ps / 8,000 rpm
サイクロン号 / SUZUKI T20
型式 サイクロン号 / T20
エンジン 原子炉 / 2st並列2気筒247cc
最高出力 500ps / 25ps / 8,000rpm
最高速度 400km/h / 155km/h




