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【reverse 29 時給2000円の天職と、30キロ制限の現実】

 ミルミルの家で朝食を食べていた。


 ミルミルの旦那さんのミルダンも一緒だ。


 テーブルが、久しぶりに賑やかだった。



 ミルミルが、奥の部屋から何かを持ってきた。


 バッグだ。


 三つ、並べた。


 四角くて、黒くて、背負うタイプのバッグだ。



「アプリさん、例のものが届いてるわよ」



「これがUberバックですか!」



「意外と軽いんですね」


本田と花が嬉しそうにUberバックを背負って見せた。


それを見ていたミーハーも羨ましそうに呟く。

「Uberも楽しそうよね。私もやりたかったなぁ〜」


「ミーハーさんも、もう一泊すれば良いのに…」

名残惜しそうに花がミーハーを引き留めようとするが、




「もう会津若松と新庄のホテルを予約しちゃったのよね〜」



 ミーハーが、残念そうに言った。


 でも、目は既に次の旅に向いていた。



 朝食が終わった。


 ミーハーが、荷物をまとめた。


 AV50の前に立った。


 リアキャリアを確認した。


 達磨が、しっかり固定されている。


 赤い顔が、朝の光の中で輝いている。



 ミーハーが愛しい達磨の頭を撫でながら振り返った。


 本田と花とアプリに向かって、二本指を立てた。


 Two-finger saluteだ。


 それから、一言だけ言った。



「I have a low exhaust!」



 AV50が走り出した。


 リアキャリアの達磨が、本田たちを見つめながら遠ざかっていった。


 角を曲がった。


 見えなくなった。


 最後まで、達磨だけがこちらを向いていた。



 三人が残った。


 ミルミルの家の前に、三台が停まっている。


 Uberバックが、三つある。



   *



 本田が、先にUberにログインした。


 アプリの指示だ。


 まずは一人でやってみろ、ということらしい。



 待った。


 十秒も経たなかった。



 アラーム音が、スマホから鳴った。


 Uber独特の、あの音だ。


 本田が、画面を見た。


 オーダーが来ている。


 慌てて受けた。



「受け取れました!」



「ピックアップ先までのナビが出ただろ? その通りに進め」



 本田がプレスカブのキックを踏んだ。


 ナビの通りに走った。


 ピックアップ先の店に着いた。


 スマホのオーダー番号を見せた。


 店員が、袋を渡してくれた。


 Uberバックに丁寧にしまった。



「今度はお届け先のナビに変わっただろ? その通りに進め。一応今のうちに先方の住所を確認しておけ。部屋番号や番地のない住所を入力してるマヌケな奴も多い。今のうちに間違いに気づいておけば本人にメッセージを送って聞くことができる。本人からの応答がない場合は運営に先に報告だけしておくと後々楽になる。現地に行ってウロウロ探さなくても良くなるからな」



 本田が、住所を確認した。


 正確な住所だった。


 ナビ通りに進んだ。


 届け先の家に着いた。


 置き配にして、写真を撮った。


 運営に画像を送った。


 完了した。



 報酬が、画面に表示された。



 本田と花が、同時に画面を覗いた。


 二人の目が、丸くなった。



「これだけで……」



「こんなに簡単なの……」



 拍子抜けした。


 気合いが、空回りした。


 でも、すぐに気持ちが切り替わった。


 簡単なら、何度でも出来る。


 早く次がしたい。


 体が、うずいていた。



 アプリが、本田と花それぞれにログインさせた。



「ここからは三人バラバラで配達する」



 その言葉が終わる前に、花のスマホが鳴った。


 花が、画面を確認した。


 モトラのキックを踏んだ。


 その場から走り去った。


 迷いが、全くなかった。



 続いて、アプリのスマホが鳴った。


 RS50が走り去った。


 本田のスマホが鳴った。


 プレスカブが走り出した。



 三台が、高崎市の中へ散っていった。


 その場に、誰もいなくなった。



   *



 本田は走りながら考えていた。



(原付に乗るだけで金が稼げるなんて、天職だ!)



 ピックアップ先に着いた。


 商品を受け取った。


 届け先へ走った。


 現金払いのお客さんだった。


 釣り銭を渡した。


 無事に完了した。



(現金払いされると使っちゃいそうだな)



 次のオーダーを待つために、店舗の多い地区へ走った。


 繁華街に着く前に、また鳴った。



(これを受けたらもう千円だ! Uberって時給二千円も本当に可能なんだ!)



 ニヤニヤしながら走った。


 止まれなかった。


 止まりたくなかった。



(アプリさんがUberの専業配達員なのも納得できる。こんなに楽しい仕事が他にあるんだろうか)



 ランチタイムになった。


 スマホが、常に鳴り続けた。


 一件ずつ受けていたのが、二件、三件と同時に受けられるようになった。


 高崎市内を、縦横無尽に駆け巡った。



 途中で、花とすれ違った。


 Uberバックを背負ったモトラが、交差点の向こうを走っていた。


 花が笑顔だった。


 本田も笑った。


 すれ違った瞬間に、また別の方向へ走った。



 他の配達員ともすれ違った。


 同じUberバックを背負っている。


 知らない人だが、仲間のような気がした。



 十四時を過ぎた頃、ぴたりと止まった。


 鳴らない。


 全く鳴らない。


 高崎市内をうろついたが、鳴らない。


 諦めて、ミルミル宅に帰った。



   *



 すでにアプリも花も帰っていた。


 二人とも、昼食を食べている。



 本田がUberバックを降ろした。


 中から、袋を取り出した。


 ULSTAという店のウルスタ丼だ。


 ピックアップの時に美味そうだと思って、自分のぶんも買ってきた。



「あー! ウルスタでしょ! 私もピックアップで行ったんだよ! 美味しそうだよね!」



「花さんはどこで昼ご飯を買ってきたの?」



「GGC KITCHENのハンバーグだよ。今日だけで二回もピックアップに行ったんだよ。やっぱり人気店だから美味しかったよ」



「あぁ! 僕も行った! 確かにあそこも美味しそうだった!」



 二人の話が止まらない。


 どの店が混んでた、どの道が走りやすかった、あの住所がわかりにくかった。


 話題が尽きない。



 アプリが、バンズパンを齧りながら二人を見ていた。


 口元が、少し緩んでいた。



「次のピークは十八時以降だから、それまでは休んでいても良い。街中を彷徨いてオーダーを受けても良い。Uberは自分で働く時間を決めるんだ」



 花が、アプリと一緒にミルミル宅で休むという。


 本田は、それでも走りたかった。


 少なくてもいいからオーダーを受けたくて、高崎市内へ戻った。



   *



 マクドナルド十七号高崎店の前を通った時、見かけた。


 スクーターの横に、女性が座っている。


 Uberバックを背負っている。


 黄昏ている。



 本田が、近づいた。



「お疲れ様です」



「おつかれー」



 女性が、笑顔で返した。


 プレスカブのナンバープレートを見た。



「鹿児島なんだね。日本一周でもしてるの?」



「はい。宗谷岬まで行って、今は鹿児島まで帰る途中です」



「凄いね! カブで日本一周なんてできるんだね〜。ところで、今日は稼げた?」



 本田がスマホを見た。



「今のところ三千四百円ですね」



「私はまだ千六百円。十二時半から始めたからね〜」



「高崎市の一日の平均ってわかりますか?」



「多い人なら二万円くらいじゃないかな? 私はいつも五千から六千円だよ」



 女性のスマホが、鳴った。


 彼女がスクーターのエンジンをかけた。


 走り去った。



(なかなかコミュニケーションを取れない仕事なんだなぁ)



 本田のスマホも、鳴った。


 走り出した。



   *



 十八時半を過ぎた頃から、また常に鳴り続けるようになった。


 昼間の喧騒が戻ってきた。


 辺りは暗くなっていた。


 でも、プレスカブのライトが道を照らしている。


 高崎の夜の街を、Uberバックが走る。



 とある家に置き配を置いた。


 写真を撮った。


 送った。


 完了した。


 繁華街に向かって走り出した。



 さっきの女性が、いた。


 スクーターの横に立ち尽くしている。


 さっきとは違う表情だ。



「どうしました?」



「パンクみたい……」



「まさか配達中ですか?」



「うん……でも、もうキャンセルしたから大丈夫」



「ロードサービスとか、呼んだんですか?」



「まだ呼んでない。近くにバイク屋があるから、そこまで押し歩こうかと思ってさ。ただ、時間も時間だから、まだ空いてるか不安なんだよね」



「それなら僕がそのバイク屋さんに行って、空いてたらここまで連れてきますよ!」



「本当に良いの?」



 女性が、スマホでバイク屋の場所を教えてくれた。



「私はセイコ。それじゃお願いします!」



「僕は本田。すぐ戻ってくるから待っててくださいね」



 プレスカブが、バイク屋へ走った。


 閉店作業中だった。


 店主が、顔を上げた。



「すいませ〜ん! 助けてください! 近くでスクーターがパンクしちゃいまして、軽トラで迎えに来てもらえると助かるんですが……」



「車種は?」



「前カゴの着いたスクーターでした」



「それならすぐ直せますよ。軽トラで着いていくので案内してください」



 本田が、軽トラを誘導した。


 セイコの待つ場所まで戻った。



「セイコさん! 連れてきました〜!」



「ありがとう! 本田くん」



「34 ディオだね。すぐ直るよ」



 店主が言った。


 三人でバイク屋へ移動した。


 パンク修理が終わった。



   *



 セイコが案内してくれた。


 Cafe&bar nanoという店だ。


 席についた。


 季節限定のソフトクリームパフェが来た。


 セイコが奢ってくれるという。



「本田くんのおかげで助かったよ。でも配達の邪魔してごめんね」



「いえ、もう帰るところでしたから問題ないですよ!」



「なら、良かった!」



 本田がスマホを見た。


 今日の売上を確認した。



「セイコさんは今日は稼げました? 僕は朝から始めて一万四千円でした!」



「凄いね! 私は四千八百円だよ。私はいつもこれくらいなんだ」



「僕は今日が初めてのUber配達員だったのでハリキリ過ぎちゃいましたね。原付に乗るだけでお金が稼げて、めちゃくちゃ楽しかったんです!」



 本田は、本当に楽しそうだった。


 目が輝いていた。


 パフェを食べながら、高崎の街を走り回った今日一日を思い出していた。


 花とすれ違った交差点。


 同じバックを背負った知らない配達員。


 お客さんに直接渡した時の「ありがとう」の一言。


 全部が、楽しかった。



 セイコが、本田の顔を見た。


 少しだけ、目が曇った。



「原付って楽しい? 本田くんは若いから、まだわかんないのかな?」



「えっ? セイコさんは原付が楽しくないの?」



「原付なんてめんどくさいじゃない。三十キロ制限とか、二段階右折とか……」



 本田が、答えられなかった。


 セイコの言葉を、ゆっくりと受け取った。



「……確かに、セイコさんみたいな考え方もあるんですね……」



 パフェを食べながら、本田は考えた。



 アプリが言っていた言葉が、蘇ってきた。


 キャンピングカーで走ると、目の前に常に誰かの車がいる。


 自分で進路を決められない。


 それがストレスになる、と。



 セイコは、車の流れに乗っていないと不安なんだ。


 原付は、常に先頭車両がいない。


 全部、自分で判断する。


 どこを走るか。


 どの信号で曲がるか。


 どの道が速いか。


 それが本田には楽しくて仕方ない。


 でも、セイコには重荷なんだ。


 三十キロ制限は、縛りじゃなくて、本田にとっては景色を見る余裕だ。


 でも、セイコにとっては遅さだ。


 同じ原付が、全然違うものに見えている。



 パフェを食べ終えた。


 セイコが立ち上がった。


 伝票を持った。


 レジに向かった。



「まだうちの子供が小さいから、私は帰るね」



 会計を済ませた。


 ディオチェスタのエンジンをかけた。


 夜の街へ走り去った。



 本田は、店の前に残った。


 街灯の光が、プレスカブを照らしていた。



 セイコは、午前中はスーパーで働いている。


 午後からはUberをやっている。


 楽しいからじゃない。


 必要だから、やっている。


 原付は、セイコにとって仕事の道具だ。


 ただ、それだけだ。



 本田は、鹿児島で新聞配達をしていた頃を思い出した。


 あの頃も、原付に全く興味がなかった。


 配達が終われば、すぐに駐輪場に置いた。


 パンク修理も、自分ではできなかった。


 だれかに直してもらっていた。



 今は、プレスカブのパンク修理なら一人でできるようになっている。


むしろパンク修理ですら楽しい。


 そう思えるようになった。


 この旅で。


 アプリと走る中で。



(今度、アプリさんにチューブレスタイヤのパンク修理のやり方を習っておこう)



 本田がプレスカブのキックを踏んだ。


 エンジンがかかった。


 Cafe&bar nanoの明かりが、後ろで揺れた。


 高崎の夜が、前に広がっていた。


 ミルミルの家へ向かって、走り出した。








HONDA ディオ チェスタ


型式 A-AF34

最高出力 5.4PS / 6,500rpm

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