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【reverse 24 サキホコレと、謙虚な人達】

 ミーハーの家に上がった。


 五人が、リビングに並んだ。


 ミーハーが、腕を組んで立っていた。



「奥尻からLINEを貰ってから何日経ってると思うのよ! 言っておくけどホッケなんてもう全部食べちゃってないからね!」



「あ、ホッケ届いたんですね! 良かった! あれは僕とアプリさんで釣ったんですよ!」



「そんな事はどうでもいいのよ! あれから何日経ってるのかって言ってんのよ! 人がせっかく待ってあげてたのに!」



「待ってた?」



「当たり前でしょ! サキホコレよ! サキホコレ、あんた達が来るって言うから刈り取りせずに待ってたんだからね! これ以上遅れてたら畑のサキホコレが全滅するところだったわよ!」



「先に誇れ? 何を?」



「お米のサキホコレ!」



「米?」



「そうよ。皆が来るって言ってたから収穫を皆が来るまで待ってたのよ!」



「それってまさか……」



「久しぶりの農家バイトだな」



 アプリが言った。


 花が「農家バイト?」と呟いた。



「おーいおーい、俺ぁここまで道案内してきただけだてぉ?」



 zyo-yaが、一歩後退した。


 ミーハーが、zyo-yaを見た。



「男子は外の納屋を使って良いわ。女の子はこの家に泊まってちょうだい。明日は朝から稲刈りだから早めに寝なさいよ?」



「zyo-yaさん、諦めましょう」



「まじかてぉ……。うちの実家も米農家でさ、せっかく今年の刈り上げ終わってソロツーリング楽しんでたとこだったがんて……」



「あら? 貴方も米農家なのね! ベストメンバーじゃない!」



 ミーハーの顔が、一瞬で明るくなった。


 zyo-yaが、困惑した顔で本田を見た。


 本田が、小さく首を横に振った。


 諦めの首振りだった。



   *



 納屋に案内された。


 中に入ると、KAWASAKIのDトラッカーX125が停まっていた。



「これってミーハーさんの?」



「お兄ちゃんのよ」



「お兄さんもカワサキ乗りなんですね」



「お兄ちゃんはバイクに興味がないから、私が選んであげたんだもん」



「なるほど」



 土間の奥が、小上がりになっていた。


 畳が敷かれている。


 三人分の布団が並べられていた。


 納屋とは思えない快適さだ。



 zyo-yaが、畳に座った。


 「まじかてぉ……」と、もう一度言った。


 でも、その顔は悪くなさそうだった。



   *



 翌朝。


 DAIHATSUハイゼットトラックに乗ったミーハーの義姉、ミアネが畑まで案内してくれた。


 五台がその後ろをついていった。



 畑に着くと、ヤンマーのコンバインが止まっていた。


 コンバインから、男性が降りてきた。



「今日はありがとうございます。妹が皆さんが手伝ってくれると言うのでお力をお貸しください」



 ミアニだ。


 ミーハーの兄だ。


 ミーハーとは顔が似ているが、声が穏やかだ。



「俺げも米農家だっさかい、段取りは分かってっつぉ。男衆は積み降ろしでいいがけ?」



「そうですね。軽トラにお願いします。女の子は妹から四隅刈りのやり方を習って下さい」



 こうして、稲刈りが始まった。


 本田とアプリが、刈り取られた米を軽トラに積み込んでいく。


 zyo-yaがコンバインの横で、米を袋に積める作業をこなしている。


 動きが、手慣れていた。


 本物の米農家の動きだ。



 リリーと花が、ミーハーとミアネから四隅刈りを習っていた。


 コンバインが入れない畑の四隅を、手作業で刈っていく。


 リリーが鎌を持った。


 少し腰が引けていた。



 作業の合間に、リリーがミーハーに話しかけた。



「あの〜、ミーハーさん。私、YouTubeの動画を撮ってるんですけど、ミーハーさんに私の動画に出て欲しくてここまで来たんです」



「本田くんがそんな事をLINEしてきてたわね。そんな事で良いなら協力するわよ。同じkawasaki乗りでしょ?」



「本当ですか! これでやっとバズらせることができますよ!」



「kawasakiに乗ってるくせに今までバズらなかったの?」



 リリーが、顔を引きつらせながら、鎌を握り直した。


 愛想笑いするしかなかった。



   *



 作業を終えた後。


 本田とアプリは五輪坂温泉としとらんどへ来ていた。


 展望露天風呂だ。


 横手盆地が、眼下に広がっている。


 田んぼが、遠くまで続いている。


 刈り取りを終えた田んぼが、夕暮れの光の中に広がっている。



「何故か収穫までやらされるとは思いませんでしたね……」



「まあ、これもミーハーからの俺たちへの援助のつもりなんだろ」



「はい。ミーハーさんは僕のことを貧乏だと決めつけてましたからね……」



「いや、俺も本田も世間的には貧乏なのは違いないだろ」



「そうですね。自由と富はどちらも手に入らないんですね」



「そうだな。でも、年収百億円を超えるような企業のお偉いさんが、寒い十和田湖で食べるカレーヌードルの美味さを知っていると思うか?」



「ある意味でそれを知らないのは、本当に可哀想ですね」



 本田は、露天風呂から見える西馬音内の景色を眺めた。


 茅葺き屋根が、夕暮れの中にある。


 水路が、その間を流れている。


 静かな街だ。


 この街に来るまで、自分は知らなかった。


 日本にこんな場所があることを知らなかった。



 高速道路で旅行する人は、この景色を知らない。


 飛行機で飛ぶ人は、この街を通らない。


 新幹線では、この田んぼは見えない。


 でも、原付で走ると、ここに来てしまう。


 来てしまうから、知ることができる。



 今日は米の収穫もした。


 軽トラに米を積んだ。


 農家バイトは今日で何度目だろう。


 旅行では絶対に体験できないことだ。


 でも、原付で旅をしていると、なぜかこういう事になる。



 鹿児島に帰っても、今の自分ならなんでもできる気がした。


 新聞配達しかできない自分ではない。


 あの頃の自分とは、違う。



   *



 ミーハーの家に戻ると、ミアニが全員を集めた。



「今日は皆さん助かりました。それではお約束の給料をお渡ししますね」



 ミアニが、一人一人に手渡していった。


 色紙だった。


 本田が受け取った。


 見た。


 謎のサインがされていた。



「ミアニさん、これは誰のサインですか?」



「うちの妹に決まってるじゃないですか! デビュー前のサインですからね! 貴重ですよ〜」



「は? まさかこれが給料?」



「良かったでしょ? 僕も妹に頼み込んで書いてもらいましたからね!」



「いや、全然嬉しくないです……」



 ミアニが、目を丸くした。



「は? 嘘でしょ?」



「現金が良かったです……」



「サインよりもお金がいいんですか? 本田くん、頭大丈夫?」



「いや、僕だけじゃなく皆もお金が良いんですけど……」



 ミアニが、首をかしげた。


 全員の顔を見回した。


 全員が、微妙な顔をしていた。



「随分、謙虚な人達だね〜」



 ミアニが財布を取り出した。


 裸のまま、一万円札を一枚ずつ配った。


 全員が、微妙な顔のまま、財布にしまった。


 色紙も、一応しまった。



 zyo-yaが本田に耳打ちした。


「デビュー前のサインって、そんなに貴重なんかのぉ?」


「ぜんぜんわかりません」


「だよのぉ」


 二人は小声でそう言い合った。



   *



 翌日。


 朝早くから、リリーとミーハーがAV50とボルティで出かけていった。


 YouTube動画の撮影だ。


 ミーハーの顔で、ミーハーの地元で、ミーハーのバイクで。


 リリーは撮れ高が読めているらしく、行きがけに「これは絶対バズる」と言っていた。



 本田とアプリと花とzyo-yaは、横手市へ走った。


 横手やきそばを食べに行く。



 横手市に入った。


 やきそばを食べた。


 半熟目玉焼きが乗った、出汁が染みた太麺のやきそばだ。


 福神漬けが添えてある。


 横手やきそばは、他のやきそばとは違う。


 ソースが主張していない。


 甘みがある。


 目玉焼きと絡めて食べると、それが完成する。



 食べ終えてバイクを走らせていると、道に迷った。


 zyo-yaが「増田ってとこさ通るはずだったんだども……」と言いながら、スマホを見ていた。


 四台が、ゆっくり走りながら周囲を見回した。



 古い建物が見えた。


 黒い板塀だ。


 西馬音内に似ている。


 でも、違う。


 もっと密集している。


 もっと、時代が違う。



 四台が、自然と速度を落とした。


 誰も何も言わなかった。


 でも、全員が速度を落としていた。



 内蔵の商家が、通りに並んでいる。


 家の中に、蔵がある。


 外からは見えない蔵が、家の内側に収まっている。


 その屋根が、通りに張り出している。


 ここは何百年も前から、こうして人が暮らしてきた通りだ。



「アプリさん、私たち、まさかタイムスリップしてないですよね?」



「原付旅をしてるとよくある事だ」



「「「えっ?」」」


3人の驚きが見事にハモった。



「タイムスリップしたわけじゃない。日本にはまだ名が知られていないこんな古い街が数え切れないほどある。京都や金沢だけが古い街じゃない」



 四台が、歩くほどの速度で通りを走った。


 アプリも、知らなかった。


 zyo-yaも、知らなかった。


 地図にも載っていない、名もなき古い街が、ここにあった。



「ここ、誰かに教えたい……」



 花が言った。


 本田も頷いた。


 原付だから来れた場所だ。


 車でも来れる。


 でも、車では速すぎてここには気づかなかっただろう。



   *



 増田まんが美術館に気づいたのは、花だった。



「え、ちょっと待って、あれ……美術館?」



 看板に気づいた瞬間に、花の顔が変わった。


 バイクを止めた。


 もう止めていた。


 ヘルメットを取る前に、看板を読んでいた。



「横手市増田まんが美術館……!!」



 花が振り返った。



「入りましょう!」



「え、やきそばの腹ごなしにちょうどいいんじゃない?」



 リリーがいたらGoProを構えていたところだ。


 でも、今日リリーはいない。


 花の目が、キラキラしていた。



 中に入った。


 原画が、展示されている。


 本田が知らない作家の原画も、本田が知っている漫画の原画も、ガラスケースの中に並んでいる。


 花が、最初のケースから動かなかった。


 顔が、ガラスの五センチ手前にある。


 食い入るように見ている。


 次のケースに移った。


 また動かなくなった。



「これ……実際に描いた紙なんですよね……線が……線が全然違う……!」



 誰に言っているのか、わからない。


 でも、誰かに言わずにいられなかったらしい。



「すごい……すごいです……本田くん、これ見て、この線……!」



 本田が覗き込んだ。


 よくわからなかった。


 でも、花がすごいと言っているから、すごいんだろう。



 アプリとzyo-yaは、原画よりも収蔵庫の仕組みの説明を読んでいた。


 原画の保存方法に、二人とも興味があるらしかった。



 一時間後、花はまだいた。



「もう少しだけ……」



 zyo-yaが「まじかてぉ」と言った。


 アプリが缶コーヒーを買って飲んでいた。


 本田は、花の後ろで花が「すごい」と言うたびに「うん」と言い続けていた。



 結局、一時間半後に花を連れ出した。



「全部見られなかった……」



「また来ましょうよ」



「来ます! 絶対来ます!」



 花の目が、まだ輝いていた。


 ここに来られて良かった、と本田は思った。


 道に迷ったおかげで、来られた。


 原付旅は、迷うことも旅の一部だ。



   *



 ミーハーの家に帰ると、リリーが満足げな顔をしていた。



「明日で函館に帰りますね!」



「やっぱりそうですよね」



「そだね。雪が降る前に帰らなくちゃ。花ちゃんはどうする? 私と一緒に帰る?」



「私はまだ帰りません。もっとモトラと旅を続けます」



「やっぱりね。花ちゃんはそう言うと思ってた。でも、雪が降る前には青森に帰らないと大変なことになるからね。気をつけてよ!」



「はい! 青森市内は十二月までは積もることがないので、まだ旅を続けられそうです!」



 zyo-yaが、横から言った。



「リリーさん、そんがんなら俺れと一緒に大間まで走らねぇけ? 元々俺ぁ大間まで行くつもりだっさかいさ!」



「本当に? 良かった〜! 一人じゃ不安だったからさ〜!」



 リリーが、ぱっと顔を明るくした。


 zyo-yaが、少し照れた顔をした。



   *



 夜。


 居酒屋あうんに、六人が集まった。



 ミーハーの案内だ。


 西馬音内の、小さな居酒屋だ。


 カウンターと、テーブルが二つ。


 それだけの店だ。


 でも、地元の人で賑わっていた。



 大人四人が飲み始めた。


 本田と花は、ジュースだ。


 未成年だから仕方ない。


 でも、それで十分だった。



 花が、本田に小声で言った。



「明日で急に人が減っちゃうね」



「うん……」



「本田くんは寂しくないの?」



「まあ、どうせまたすぐに会えるからね」



「すぐに?」



「うん、きっと僕は来年も走るんだよ。だって、まだハセストにも行ってないし、青森市内にも行けなかった所が沢山あるからね。あれだけ日本中を走りまくってるアプリさんだってまだまだ知らない景色とか知らない経験をしてるからね。今日の増田地区なんて、アプリさんもzyo-yaさんも知らなかったみたいだしね」



「そうだね。きっと私ももっと走ると思います。モトラに色んな思い出を見せる約束もしちゃったし!」



 カウンターの向こうで、ミーハーが地元の日本酒を頼んでいた。


 アプリが、黙って飲んでいた。


 リリーがzyo-yaに、函館の話をしていた。


 zyo-yaが、真剣に聞いていた。



 ミーハーが、本田に向かって叫んだ。



「本田くん! 来年も来なさいよ! 今度は田植えの時期に来たら田植えバイトをさせてあげるわよ!」



「ありがとうございます……たぶん来ます……」



「たぶんじゃなくて必ずでしょ!」



 花が笑った。


 本田も笑った。



 大人たちが、どんどん陽気になっていった。


 本田と花が、酔った大人たちの面倒を見た。


 水を持っていった。


 お絞りを渡した。


 リリーのGoProが倒れそうになったのを、花が支えた。



 店が閉まる時間になった。


 六人が、夜の西馬音内を歩いた。


 かがり火通りが、静かだった。


 水路の音がする。


 月が、茅葺き屋根を照らしていた。



 明日になれば、リリーとzyo-yaがいなくなる。


 でも、湿っぽくはなかった。


 またどこかで走る。


 そういう人たちだから、また会える。


 原付乗りは、どこかでまた会う。


 それだけのことだ。



 本田は、夜の西馬音内を歩きながら、そう思っていた。


 月明かりの中、水路がさらさらと流れていた。












カワサキ D-TRACKER X


型式 JBK-LX250V

最高出力 24ps / 7,000rpm


ダイハツ ハイゼット トラック


型式 3BD-S510P

最高出力 46ps / 5,700rpm


ヤンマー 自脱型コンバインYH 7135A


型式 YH7135A

最高出力 135ps / ----

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