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【番外編 reverse 6 渡良瀬へ】

 渡良瀬遊水地に、七台が到着した。


 谷中湖だ。


 上空から見るとハートの形をしているという、四つの県にまたがる広大な遊水地だ。


 くま子は留萌市で本田と交わした約束を果たせたはずなのに、アプリとミルミルとトラ子とユッタとセイラが全員ついてきていた。


 少しだけ、ガッカリしていた。


 そんなくま子の様子を見て、アプリが口を開いた。


「この辺りには森高の渡良瀬橋もあるぞ? 谷中湖は飛行機で見なければハート型には見えないぞ?」


 トラ子が、真っ先に飛びついた。


「なんやて? 飛行機から見んとハートに見えへんの? そやったら、渡良瀬橋行く方がお得やんけ! 橋やったら陸から見えるんやろ? そいじゃ、渡良瀬橋へレッツゴーや!」


 アプリとミルミルと少女達が、谷中湖から走り出した。


 少女達が歌いながら走っていた。


「「「♪私は今。生きている〜♪」」」


   *


 二人だけが残った。


 くま子がウキウキになった。


「はよはよ! 鍵ば付けに行こっ! 早く行かんばいっ!」


   *


 道の駅かぞわたらせ。


 谷中湖がハートの形をしていることから、二〇一二年に「恋人の聖地」に選定された場所だ。

 その記念として建てられたのが、ハートのモニュメントだ。

 メッシュ状のフェンスが張られた銀色のハートの枠に、カップルたちが南京錠を付けていく。

 その鍵を「愛鍵」という。

 道の駅の屋上で買って、その場で取り付けることができる。

 鍵を付けて、鍵を投げ捨てれば、永遠の誓いになるという。


 くま子が、買ったばかりの鍵を本田へ手渡した。


 本田が、ハートのモニュメントを前にして、少し躊躇した。


「この鍵って普段から使えそうで、ここに付けちゃうのが勿体なくない?」


 くま子が、本田のケツを蹴り上げた。


「こぎゃん所まで来といて、愛鍵ば付けんとかありえんたい! ほら? さっさと鍵ば付けよっ! 誰んも取られんごつ、一番上に付けなっせ!」


 本田が、一番高い場所へ鍵を付けた。


「ほら? ここなら誰からも取られないよ! 鍵付けられて良かったね! 留萌市もハートの街だったけど、留萌市よりも谷中湖の方がちゃんとしたハートの形だね! 留萌市の約束を果たせて良かったよ! また、いつかここに二人で来ようよ。この鍵を確かめにね!」


「ん! 必ず二人きりたい! 二人きり! 知っとる? 二人きりっちいうとは、二人で来ることば二人きりっちいうとばい? 一足す一は? はい! わかる?」


「うん。 一+一は二? だよね? たぶん……あれ? 三だっけ?」


 くま子が、本田の頭をポカポカと叩いた。


 二人が笑っていた。


 ハートのモニュメントに、風が吹いた。


 鍵が、かすかに揺れた。


   *


 一方、渡良瀬橋では。


 足利市の中央を渡良瀬川が流れるこの場所に、アプリとミルミルとトラ子とユッタとセイラが立っていた。


 森高千里が一九九三年に発表した名曲「渡良瀬橋」の聖地だ。


 橋があった。


 普通の橋だった。


 どこにでもある、ごく定番の橋だった。


 欄干も、川幅も、長さも、何もかもが「普通」という言葉以外に表現しようがなかった。


「おい! オッサン! なんやねんこの普通の橋ぃ! こんなフツーの橋にドヤ顔で連れてくんなや!」


「仕方ないだろ。森高千里本人も渡良瀬橋という名前の響きだけで歌詞を書いたと言われてるからな。直接、この橋を見てもいないのに作った曲だ。まあ、大抵の聖地巡礼とはこんなものだ」


「あらあら、それにしても、これは本当に普通の橋よねぇ〜」


「はい……これは本当にガッカリ橋です……」


「ほら? 皆、アプリさんが悪い訳じゃないでしょ? それによく見ると真っ直ぐな橋で綺麗でしょ?」


「なんや、角島大橋マウント取っとんのかい! セイラは角島大橋ば毎日見とるから、こんなフツーの橋見ても感動できるんかもしれんけど、うちら野田の人間はこんな橋なんて百箇所は知っとるわ! あまりにもフツーすぎて、一周回ってシュールすぎて、ほんま……ちょびっとだけ笑うてまうわ! なんか……だんだんおもろなってきたやんけ!」


 河川敷の鴨たちが、一同を不思議そうに眺めていた。


 夕日が、渡良瀬橋のシルエットをゆっくりと浮かび上がらせていった。


 普通の橋が、夕日の中で少しだけ綺麗に見えた。


 ほんの少しだけ。


 それでも、トラ子は認めなかった。


 橋の上で、醜い争いが続いていた。


 鴨たちが、川面に帰っていった。


   *


 谷中湖で鍵を付けてきた本田とくま子が合流した。


 全員がバイクに跨がった。


 夕日を背に、七台が走り出した。


 渡良瀬川が、橙色に輝いていた。


 ハートの湖の上空には、すでに星が出始めていた。


 鍵が、モニュメントの上で静かに風に揺れていた。










(あとがき)


渡良瀬橋は、実在します。


そして本当に、びっくりするくらい「普通の橋」です。


初めて行った人の多くが、

「あれ?」と思うことでしょう。


でも――


不思議なもので、

夕方にあの橋に立ってみると、

ほんの少しだけ、特別な景色に見えてきます。


歌を知っているかどうか。

誰と来たか。

その日の空の色。


そういうものが全部重なって、

「ただの橋」が「思い出の場所」になるのかもしれません。


谷中湖のハートも、

渡良瀬橋の普通さも、

どちらも同じくらい大事なものです。


……とはいえ、


トラ子の言う通り、

昼間に行くと本当にただの橋なのでご注意ください。


できれば夕方をおすすめします。


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