【番外編 reverse 1 くま子の夏休み】
【日間4位御礼】
何故か日間4位と言うドッキリみたいな事が起こったので、ここまでお付き合いして頂いた皆様に御礼の意味を込めまして番外編を書いてみました。今回の目的地は栃木県の谷中湖。ハートの街留萌市で本田とくま子が約束したハートの貯水池の谷中湖までの旅になります。
くま子はウキウキモードに突入していた。
熊本の実家で、溺愛の両親から通常の札入れには入りきれないほどのお小遣いを貰い、銀ピカのゴリラに旅の荷物を手慣れた手つきで積み込んでいた。
そこへ、兄の文太が話しかけてきた。
「随分、気合い入ってるな。くま子。そのおめかししたゴリラを出すってことはデートか?」
「ん! デートだけん、がばいおめかしして銀ピカのゴリラにしたったい! ツヤツヤして綺麗かろ? そいに、過給機ば付けとっとは音が下品になっけん、デートん時くらいはNAの綺麗か音色のよかよね。 このゴリラなら、どがん男ん子もメロメロになっはずばい!」
インターフォンが鳴った。
「来た!」
くま子がガレージから飛び出すと、門の前には一九九〇年製のプレスカブと本田が立っていた。
「そんじゃお兄ちゃん! 行ってくるけんね! たぶん、二週間くらいで帰ってくるばい!」
くまモンモンキーとは全く違うバイクが出てきたので、本田が少しだけ驚いていた。
「凄いピカピカのバイクだね」
くま子がドヤ顔になった。
「ちょっと本田君! そん地味ーなプレスカブも良かばってん、あたしのこのゴリラば見て、腰抜かさんでよ?
よーく見て! このフレームからタンクまで全身鏡のごたる輝いとっとは、一九九九年にたった三千五百台しか作られんかった伝説の『スプリングコレクション』、本物の限定メッキ仕様たい! 今どき、こがん綺麗な状態で残っとっとは、なこつ(本当に)珍しかとよ?
そいだけじゃなかと。中身ば見てよ。ヘッドがポコッと出とるでしょ? これ、ただのエンジンじゃなか、DOHC・ツインカムに載せ替えとっとたい! 本田君の仕事用カブとはワケが違うもね。キック一発でかければ、『クォォォーン!』って澄んだ音のして、まるでバイオリンのごたる美しか音色の響くとよ。過給機ごたる下品な音はせんと。これぞ大人の余裕、NAの極致ばい!
どがん? 本田君。このゴリラなら、街中ば走ればどんな男ん子も振り返ってメロメロになっし、本田君もあたしの後ろば付いてきたくなったろ? 二週間の旅に出る前、この最高傑作ば拝めて良かったね!」
「やっぱりくま子は限定モデルが良く似合うよ」
くま子が、途端に照れた。
「な、な、なんね……急にそがん褒めらるっと、返事に困るたい。本田君は、なこつ(本当に)女殺しばいね……」
*
二人は栃木県谷中湖を目指して走り出した。
くま子が先頭を走って、崇城大学の前まで来た。
「そうたい! ここ通っとっとよ。家からも近かろ? 学食とか案内してあげよっか?」
「せっかく熊本に来たんだし熊本ラーメンが食べたいなぁ〜」
「わあ、それなら大黒ラーメンに行こっ! 熊本ラーメンば食べるなら、まずは大黒ラーメンば食べにゃんもんね!」
*
にんにくの入った熊本ラーメンを堪能して、二人は本格的に走り出した。
国道三号線を北上した。
銀ピカのタンクに熊本の青空が映った。
山鹿市内を抜けると、峠道らしくなってきた。
ツインカムエンジンが、気持ちよく回った。
久留米エリアに入ると、巨大な成田山の救世慈母大観音様が左手に現れた。
珈琲ボロン亭というレトロな喫茶店でコーヒーを飲みながら、本田が幕末のタイムスリップの話を打ち明けた。
「は? 幕末? 坂本龍馬? 本田君、頭は大丈夫ね? タイムスリップとか言いよったら、厨二病て思わるっバイ?」
「それが本当なんだよ。だから、桂浜からいきなり浜松にワープした理由なんだ。幕末では僕らは桂浜から約二ヶ月かかって浜松まで旅したんだよ」
「……は? 桂浜から二ヶ月かかった? そがん馬鹿なことのあるわけなかでしょ……。
……ばってん、見て。この桂浜の写真も、翌日の浜松の写真も……。加工したごたん跡はなかね。なこつ(本当に)本物に見える……。
それに、この江戸時代の街並みの動画……。CGじゃなかよね? 埃の舞いよる感じとか、人の歩きよる姿の、がばいリアル……。
……ねぇ、本田君。そいじゃ……この、隣で笑っとる男の人の、本物の坂本龍馬……なの?」
「そうそう。その人が龍馬さん。二十八歳までクズニートだったよ」
「龍馬がニート?……なんか、なこつ(本当に)リアルたいね。そいじゃ……本当に本田君は、幕末ば旅してきたと?
……ねぇ、大丈夫ね? 歴史ば狂わせたりしとらんと? 変なこと教えて、今の日本がひっくり返ったりしとらんよね……?」
くま子が本田のスマホをスワイプしながらガン見していた。
すると、くま子の手が止まった。
「ちょっと待って、本田君……。ところで、この『花』って女の人は誰ね?
……なんか、距離感の近すぎん? 二人の間の空気の、なこつ(本当に)怪しかばってん。
しかも、なんね。がばい可愛かやん……! 幕末には、そがんモデルみたいな子の普通におったというね?」
「あぁ、それは花さんって言う青森からずっと一緒に旅してた女の子だよ。モトラに乗ってるんだ」
「ちょっと! あんた、この子と……まさか付き合っとるわけじゃなかよね!? 何ヶ月も連絡のなかと思えば、ずっと帰ってこんかったとは……この子に夢中になっとったけんじゃなかと!? 答えんね、本当のこと言いなっせ!」
「花さんと僕が? 花さんはたぶん、龍馬さんが好きなんだよ」
「龍馬? もしそいが本当なら、あんたたちは歴史ばちゃかちゃかに干渉しまくっとるたい! マジで幕末で何ばしよっとね!」
本田が、穏やかなドヤ顔で答えた。
「アプリさんが完璧なシナリオを考えてくれたから大丈夫!」
くま子が、キョトンとしてドヤ顔の本田を見つめていた。
*
夕方、矢筈山キャンプ場に着いた。
くま子が慣れない手つきでテントを設営しようとしていると、本田が手伝った。
「ありがと」
「これくらい任せてよ」
テントが建った頃には、辺りが暗くなり始めていた。
関門橋のライトが灯った。
北九州の街の灯りが輝き始めた。
二人が椅子に座って、その景色を眺めていた。
本田が、夜空を見上げた。
月が浮かんでいた。
本田が、呟いた。
「月が綺麗だね」
くま子の心臓が跳ね上がった。
隣を見ると、本田は夜空を見上げたままだった。
「え? もう一度言って」
「月が綺麗だね」
本田は、その言葉の意味など知らなかった。
ただ、月が綺麗だと思ったから言った。
それだけだった。
くま子には、それがわかった。
それがわかって、なお嬉しかった。
関門海峡の夜景が、二人を照らしていた。
くま子は、テント泊が好きになった。
*
翌朝。
関門人道トンネルの前へ来た。
くま子は昨夜のロマンチックな夜の余韻を大切に持ったまま歩いていた。
そこに、真っ赤なRS50が停まっていた。
「お久しぶりです! アプリさん!」
本田が嬉しそうに声をかけた。
くま子が固まった。
「な、なんでこぎゃんとこにオッサンが!? ま、まさかオッサンも栃木県まで走るつもりね!? そのRS50に積んどる旅支度は何ばしよっとね〜!」
本田が、悪びれもなく、純粋な眼で答えた。
「うん! 僕が声掛けたんだ。アプリさんも一緒に走るってさ! 前に栃木県にはダイレクトに口をつけて飲める川があるって聞いたから、そこの場所を教えてもらおうと思ってね!」
くま子は本田の目を見た。
全く悪意がなかった。
純粋そのものだった。
怒れなかった。
ため息しか出なかった。
「はぁ〜、しょんなか。あぎゃん川の水ば飲みたかて言うなら、オッサンも連れていこっかね〜。オッサンも、ちったぁ気ば利かせなっせよ。……ほんのこて、バイクバカは馬鹿ばっかりたい!」
プレスカブとRS50が、人道トンネルの前に並んだ。
長年連れ添った相棒のように、自然に並んだ。
くま子は、その二台をしばらく眺めていた。
(……しょんなか)
諦めた。
でも、完全には諦めきれなかった。
谷中湖まで一千二百キロ。
三人と三台の旅が、今、始まろうとしていた。
くま子の夏休みは、まだ始まったばかりだった。




