表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
133/141

【reverse END Where are you going?】

 角島大橋の白いコンクリートが、夕陽を浴びて淡いオレンジ色に染まっていた。


 その中央で、三人が泣いていた。


 肩を寄せ合って。

 声を上げて。

 子供みたいに。


   *


 本田とアプリは、少し手前でバイクを止めた。


「行きにくいですね……」


「静かに通り過ぎよう」


 本田が深く頷いた。


 二人はエンジンを切った。

 足で地面を蹴って、音を立てずに三人の横を抜けた。


 泣き声だけが、潮風に混じって背後へ消えていく。


 3人を通過しきったところでエンジンをかけた。

 バックミラーの中に、マジックアワーの紫へ溶けていく角島のシルエットが見えた。


 走り出した。


振り返らなかった。

振り返らなくても、もう分かっていた。


   *


 ライトを点灯した二台が、本州へ向かって走り出した。


 背後に、沈みゆく太陽。


 国道百九十一号から四百三十五号へ。

 特牛の山間部に入ると、辺りは急速に夜の帳を下ろしていった。


 街灯のない闇の中、プレスカブの黄色いライトとRS50の鋭い光だけが、アスファルトを照らした。


 冷たく澄んだ夜の空気が、ヘルメットの隙間から入り込んできた。


 二台が、並走した。


 言葉はなかった。

 エンジン音だけがあった。

 トコトコトコと、パラパラパラが、夜道に溶けていく。


   *


 山陽小野田市。


 暗闇の中に、ライダーハウス山陽の灯りが見えた。


「着きましたね」


「あぁ」


 本州最後の夜だった。

 二人は多くを語らず、使い込まれた寝袋に身を沈めた。


   *


 翌朝。

 晴天だった。


 山陽小野田ののどかな田園風景を抜けて、関門海峡を目指した。


 国道二号の流れに乗り、左端を慎重にトレースした。

 長府の古い街並みを抜けると、潮の香りが強くなった。


 視界が開けた。


 巨大な関門橋が、空にかかっていた。

 対岸は九州。

 門司の街だ。


   *


 関門トンネル人道の入口。


「これ、普通二輪じゃないのか?」


 係員がRS50を指して訝しげに聞いた。


 本田が手慣れた様子でスマホを差し出した。

 原付キャノンボールランの公式サイトだ。


「原付です。五十ccです」


「……失礼した。通っていいよ」


 二人は、一キロ弱の海底トンネルを黙々と押し歩いた。


足音だけが響いた。

海の下を歩いている実感は、不思議と無かった。


   *


 門司側の出口。


 地上へ出た瞬間、北九州の青い海が目に飛び込んできた。


 門司港のレトロな建物。

 小倉の市街地。

 八幡の工業地帯。

 巨大な煙突と、複雑に絡み合うパイプライン。


 北九州特有の力強い景色の中を、二台の小さな原付が駆け抜けていった。


   *


 遠賀を過ぎた。

 宗像を過ぎた。

 福津を過ぎた。

 香椎を過ぎた。


 博多湾が左手に現れた。


 ビル群が迫ってきた。


 十六時。

 福岡・天神に着いた。


 アプリの自宅だった。


   *


 本田はアプリの家に四日間滞在した。


 Uber修羅の国と呼ばれる福岡天神の配達を、共に走った。

 信号のたびに割り込んでくる車。

 入り組んだ路地。

 ビルの中を縫うように走る原付の群れ。


「これが、アプリさんの戦場か……」


「甘くないだろ」


 本田は、アプリの日常が何十倍も過酷なものだと知った。


   *


 別れの朝。


 天神の喧騒が始まる直前の、静かな路上。


「それじゃ、また」


 本田がヘルメットをかぶりながら言った。


「あぁ」


 アプリが短く応えた。


 握手もなかった。

 抱擁もなかった。


 それは、明日の放課後にまた会う時と同じ別れ方だった。


 それで十分だった。


キック一発で、エンジンがかかった。

迷いのない音だった。


 プレスカブが走り出した。


   *


 数日後。

 鹿児島。


 夕暮れ時。


 本田は、懐かしい我が家の駐輪場にいた。


 七ヶ月の旅を共にしたプレスカブから、重い荷物を解いていた。


 レッグシールドは、各地の道の駅やご当地スポットのステッカーで埋め尽くされていた。

 色とりどりのラベルが重なり合い、元の色は想像するしかない。

 旅人が歩んできた軌跡が、パッチワークのように貼り合わさっている。


 フロントバスケットの網目の一つひとつにまでステッカーが回り込み、過酷な走行による泥跳ねと日焼けが、色彩に深みと本物の質感を与えていた。


 リアキャリアの荷物は、七ヶ月の生活を支えてきた証だった。

 緑の荷締めベルトが、それを力強く固定している。

 サイドバッグの膨らみの中に、テントがある。寝袋がある。数々の夜を共にした相棒たちがいる。


 使い込まれたエンジン回りの汚れすらも、本田が超えてきた峠と、雨の日の走行を語っていた。


   *


 その時。


 聞き覚えのある乾いた排気音が近づいてきた。


 現れたのは、あの派手なくまモン柄のモンキーだった。


 鍵穴に差さったキーから、ドッグタグが夕陽を反射してキラリと輝いていた。


 本田が贈ったドッグタグだ。


 くま子はモンキーを止めると、本田のカブを凝視した。


 ステッカーで埋め尽くされたレッグシールド。

 泥と日焼けが刻み込まれたフロントバスケット。

 旅の重みを物語るサイドバッグの膨らみ。


 それは、言葉以上に饒舌に旅の軌跡を語っていた。


 くま子は堪えきれずに笑みをこぼした。

 一歩、本田に詰め寄った。


「もう! どぎゃんしたとね、あんたは! 宗谷岬でバイバイしてから、いっちょん連絡もなかと思えば……一体、何ヶ月経ったと思っとるとね!

谷中湖の約束、忘れとったっちゃなかでしょうね? うち、ずっと待っとったんだから。……それからさ、去年送ってきたホッケ! あれは何ね? あぎゃん大量に届いて、うちの親も『これ、どうしたとね!?』って腰抜かしよったよ。あんなに一気に釣れるわけなかでしょ。絶対どっかで買うてきたよね? 見栄張ってから、よか。本当のこと言いなっせ!

だいたい、四国におるって言いよったとに、次の日には浜松におるって、あんたはワープでも使うと? 意味わからんよ! ……LINEも全然よこさんし。うち、あんたがどこば走りよるか、いっちょん知らんとよ? このカブのステッカー見れば、そりゃあ凄か旅ばしてきたとはわかるばってん……とにかく遅すぎ! もう、二度と帰ってこんとかと思って……寂しかったんだからね。

……ふん。ま、よか。そがんことより……あんた、知っとる? 第二回キャノンボールランのあるげなよ! ……今度はうちも、置いてかんもんね!」


 本田は、荷解きを止めた。


 くま子の弾丸のような言葉を、ただ黙って浴びていた。


 その声は、怒っているようでいて、どこか震えていた。


 第二回キャノンボールラン。


 その言葉を聞いた瞬間、本田の唇の端が、静かに、しかし力強く上がった。


   *


 かつての、学校から逃げ出したくて下を向いていた十七歳の少年は、もうそこにはいなかった。


 潮風に灼かれ、雨に打たれ、幕末を走り、仲間と共に日本を縦断した男の顔があった。


 本田はプレスカブのハンドルをそっと握り直した。


 夕陽が、二人の影を長く伸ばしていた。


 鹿児島の街並みの向こうに、まだ見ぬ道が続いていた。





どこへ行くのかなんて、もうどうでもよかった。



行きたい場所は、走りながら見つければいい。


 


 【原付転生 reverse ―了―】


ここまで読んで頂き誠にありがとうございました。

本来は原付転生だけ書き上げるつもりでしたが、

悪ノリでreverse編まで描いてしまって本当にごめんなさい。

今度こそ本当に終わりなのでご安心くださいませ。


今は訳あって走れない身なのですが、いつかまた走れるようになりましたら、もっと凄い旅をしてみたいと思ってます!その時はまた新たな作品を描いてみたいと思ってます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ