【reverse 104 なかよし】
セイラに、会いに行く。
セイラは許してくれるだろうか。
アプリのオッサンは「大丈夫だ。なんとかなる」と言うてくれてるけど、ウチにはその自信が無い。
でも、来た。
来たからには、進むしかない。
*
皇座山キャンプ場を出た。
朝の瀬戸内海が、山の向こうに広がっていた。
柳井市内のコーヒー屋でトーストを食べた。
コーヒーを飲んだ。
セイラはコーヒーが好きだった。
旅の途中で、ウチもユッタもコーヒーが好きになった。
今なら昔よりもっとセイラと話せる気がする。
許してくれたら、だけど。
*
国道百八十八号線。
通称、瀬戸内海沿いのシーサイドロード。
左手に穏やかな海が続いた。
波がなかった。
鏡みたいだった。
ウチが先頭を走った。
ユッタが続いた。
本田が続いた。
アプリが殿を務めた。
道路標識に「角島」の文字が見え始めた頃、ウチの胸がざわついてきた。
バックミラーに映るユッタも、緊張した顔をしていた。
*
宇部・山陽小野田あたりで給油した。
アプリのオッサンが、ウチとユッタのタイヤの空気圧を確かめてエアを入れてくれた。
「これからは全て自分たちだけでやるんだぞ」
そう言った。
ウチは黙って頷いた。
角島に着いたら、この二人との旅も終わる。
でも、また必ず会える。
彼らは旅人だし、ウチらもいつか九州まで走りに行く。
アプリのオッサンも本田も、関西を通りかかった時は絶対に声をかけてくれるはずだ。
もう、ウチらは旅仲間なのだから。
*
「角島」の標識が、はっきりと見えてきた。
*
角島大橋の前に来た。
海士ヶ瀬公園から、橋が見えた。
コバルトブルーの海に、一本の白い橋が真っ直ぐ伸びていた。
千七百八十メートル。
向こうまで、続いている。
こんなに綺麗な橋を、タダで走っていいのか。
アプリのオッサンに尋ねたら、無言でハンドサインをした。
ウチはアクセルを回した。
橋の上に出た。
両側が海だった。
風が吹いていた。
向こうにセイラがいる。
アクセルを、もう少しだけ開けた。
*
セイラの家に着いた。
表札を確かめた。
ユッタがビビっていた。
ウチは、昔みたいにドアを叩いた。
「セイラ!」
セイラママが出てきた。
ウチらを見て、懐かしそうに笑った。
「まあまあ! トラ子ちゃん! ユッタちゃん! どうして角島まで来たの? 新幹線?」
「セイラママ! セイラは?」
ユッタがセイラママに詰め寄った。
ウチが答えた。
「なーなー、聞いてやオカン! うちら、わざわざ原付で飛ばして来てん。もう、セイラに逢いたすぎて、マジ無理!思てな。ケツ痛いん我慢して、ここまで爆走よ。愛やろ、愛!」
「スクーターで来たの? どうやって!? セイラなら出かけてるのよ。今夜はトラ子ちゃんもユッタちゃんもウチに泊まれるでしょ? さあ、上がって、上がって! セイラは夕方まで帰ってこないから上がって待ちなさい」
「あ、セイラママ。その前に私らをここまで連れてきてもらった人達がいるから、後でまた来るよ」
「なーなー! セイラママ! セイラって、あの橋渡って帰ってくんの? うちら、橋のたもとでアイツのこと待ち伏せしといてもええかな!? サプライズでビビらせたいねん、ええやろ?」
「あらそう? セイラはこっちに来てよく下関まで出掛けてるのよ。結構ここからは遠いから遅くなるかもよ?」
「……ん、わかった。ええよ、それでも。うちら、あの橋のとこでずっと待ってるわ。なんか……あいつが帰ってくるの見えたら、それでええねん。何時間かかってもええし。アイツの顔見るまで、うちら一歩も動かんからさ」
*
セイラの家を出て、アプリと本田に告げた。
「セイラは今、外出中だって……。だから私らは夕方まで橋で待つつもりです」
「なぁ、オッサン。ちょっと教えてや。下関って、こっからまだ遠いん? セイラのオカンがな、あいつ、そこからあの橋渡って帰ってくるって言うててん。だいたい何時ぐらいになったら、あいつ帰ってくんのかな?」
「原付なら五十分ってとこだろうな」
「……えっ、なんで原付で例えんねん! セイラは、普通の高校生やねん。原付で帰ってくるわけないやん。バスかチャリか……。原付で五十分かかる道を、あいつチャリで帰ってくんの?……うわ、結構しんどいやん。あいつ、毎日そんな遠いとこ頑張って通ってたんやな」
「なので、私らはセイラが帰るまで橋で待つつもりです。アプリさんも本田くんも最後まで付き合わなくても良いよ。角島のキャンプ場も夏しか空いてなかったんだもん。そろそろアプリさん達の野宿先を探さないとならないよね? 私らを放っておいてキャンプ場に向かっていいですよ」
「オッサン、本田……。今まで、ほんまに、ありがとうございました。
あとは、うちが責任持ってやっとくから。……もうええよ。自分らもそろそろ、キャンプ場を探さないかんやろ? さっさと行って、ええ場所見つけな。
……。
あのな、関西戻ってくることあったら、絶対連絡せなあかんで。絶対やからな。うちらもこっちで死ぬ気でバイトして、金貯めるわ。……ほんで、いつか九州まで行ったるから。
……せっかく美少女二人がわざわざ会いに行ったんねんから。そん時は、ちゃんと、……ちゃんと、相手してや。な?」
「そうだね。それじゃ僕らは島を回ってからキャンプ場を探すよ。もしも、トラ子もユッタもセイラさんの事、ダメだったら僕らのキャンプ場に集合しなよ」
「ありがとうございます。もし、ダメだったら必ず合流します」
「せやな。もしあかんかったら合流するわ。その時は、しっかり慰めてや?」
アプリが、二人に言った。
「大丈夫だ。必ず、お前らの望む結果になると思うぞ。だから、ここで黙って待ってろ。橋から離れるなよ!」
トラ子とユッタの顔が、ほんの少しだけ笑顔になった。
本田とアプリが、島を一周するために走り去った。
*
橋の前に、二台だけが残った。
虎柄のディオ。
黒いジョグZR。
大阪の野田から、ここまで走ってきた。
小豆島を渡った。
四国をぐるりと回った。
瀬戸内海を越えた。
あの青い橋を渡った。
泥が乾いて、白くなっていた。
傷がついていた。
それでも、二台は黙って立っていた。
トラ子とユッタは、スクーターの上に座って、橋の向こうをじっと眺めていた。
*
夕方の海は、金色だった。
西の太陽が、角島大橋の白い橋を真っ直ぐに照らしていた。
海面がきらきらと光っていた。
橋の影が、長く伸びていた。
風が、凪いでいた。
その時。
橋の向こうに、一台のスクーターが現れた。
ゆっくりと走ってくる。
SUZUKIヴェルデだった。
橋の中程で、そのスクーターが止まった。
ヘルメットの向こうで、女の子がこちらを見た。
虎柄のディオ。
見間違えるはずがない。
ハンドルが、震えた。
次の瞬間、原付はゆっくりと路肩に寄って、止まった。
ヘルメットのまま、泣きだした。
橋の上で。
*
トラ子とユッタは、もう走り出していた。
「「セイラ!」」
二台の原付が、橋の上を駆けていく。
三台が、夕日の中で止まった。
誰も、言葉にならなかった。
三人はヘルメットのまま、ただ泣いた。
子供みたいに泣いた。
*
「……なんでセイラがスクーターに?」
トラ子が泣きながら聞いた。
「今は定時制に通ってるから、原付の免許が取れたの」
セイラも泣きながら答えた。
誰も何も言えなくなった。
原付の免許で疎遠になった三人が、原付で再び出会った。
それだけのことだった。
それだけで、十分だった。
*
遠くから、小さな排気音が近づいてきた。
トコトコトコ……
パラパラパラ……
トラ子とユッタは気づいた。
振り向かなくても、わかった。
本田とアプリだ。
二台の原付は、速度を落とさなかった。
三人の横を、静かに走り抜けた。
夕日を背負って。
トコトコトコ……
パラパラパラ……
排気音が、橋の向こうへ消えていく。
三人は振り向かなかった。
ただ泣いた。
また必ず会える。
だから、振り向かなかった。
*
沈みかけた夕日が、橋の上の三台の原付を長い影にしていた。
虎柄のディオ。
黒いジョグZR。
白いヴェルデ。
三台が、橋の上に並んでいた。
海風が、三人の頬を撫でた。
三人の旅が、ここから始まる予感がした。
SUZUKI ヴェルデ
型式 BB-CA1MA
最高出力 6.3ps / 6,500rpm




