【reverse 103 私の最後の夜】
ユッタ視点
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山口県上陸の朝を迎えた。
トラ子が、少し緊張していた。
いつものボケが少なかった。
本田くんとアプリさんは素早く荷物をバイクに積み終えてしまう。
私とトラ子は、まだそこまで早くはできない。
四人で走るようになってから、毎日笑っている。
室戸岬では本田くんがまさかののり弁地獄だったし、昨夜はトラ子のチキン地獄だった。
そして今朝は、そんな二人に食事を任せられないと言ってアプリさんが買い出しに行ってくれた。
アプリさんが買ってきた朝食は、食べきれない量の魚肉ソーセージとコンビーフの缶詰だった。
「ちょお待てやオッサン! 十七歳のピチピチな乙女に向かって、この大量のギョニソは何さらしてくれとんねん! 圧倒的にカロリー足らんすぎやろボケッ!
今日から山口突撃すんねんぞ? 気合い入れなあかん日ィやんけ! 朝からガツンとステーキ焼くか、四万十のええ鰻でも用意しとけや! なめとんかワレ、はよスタミナつくもん出さんかい!」
アプリさんが笑っていた。
本田くんも私もお腹を抱えて笑ってしまった。
ここにセイラがいてくれたら、と思うと、山口県に近づくのが少しだけ怖くなる。
あの日から、私もトラ子もセイラとは連絡を取れなくなっていた。
なんてLINEを打ったら良いのか分からなかったから。
本田くんとアプリさんに出会わなければ、私もトラ子も一生、角島までは走らなかったと思う。
スクーターでこんなに遠くまで走れることを、知らなかったから。
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桂浜を出発した。
朝日に照らされた龍馬像を背に、走り出した。
アプリさんと本田くんが、龍馬像に何かを言って別れを告げていた。
私もトラ子も坂本龍馬についてほとんど知識がないけど、きっとあの二人には聖地巡礼なんだと思う。
よく漫画に出てくるから、男の人には人気なんだろうな。
今日はトラ子が先頭を走る。
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国道一九四号に入ると、仁淀川が現れた。
仁淀ブルーだ。
安田川も綺麗だったけど、仁淀川はまた違う色をしていた。
透明というより、青かった。
こんなに青い川が、本当に存在するんだと思った。
四国って川が綺麗すぎる。
これが川の本当の姿なんだと思う。
大阪の川が汚れているだけなんだと思う。
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道の駅近くで休憩を挟んで、コミベーカリーに寄った。
朝食が魚肉ソーセージとコンビーフだけだったので、パンを買って四人で食べた。
本田くんがバターロールを二個食べていた。
オーソドックスだった。
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寒風山トンネルの前で、アプリさんが丁寧に説明してくれた。
「日本でもトップクラスに長いトンネルだ。後ろに車が溜まってきたら、避難スペースに入り後列の車を先に行かせろ」
トンネルに入った。
暗くて、長かった。
車が来るたびに、避難スペースに退いた。
抜けるまで十分以上かかった。
トンネルを抜けた瞬間、空が広がった。
愛媛県だった。
「四国一周したんだ」と、そこで初めて実感した。
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松山の三津浜港近くで昼を食べた。
お好み焼き日の出で、三津浜焼きを頼んだ。
「なんなんこれ、生地薄っす! お好み焼きはキャベツと粉をしっかり混ぜて、ふっくら焼くのが正解やろ。麺入れるんは焼きそばの仕事や!」
「トラ子、まあまあ。これはこれでおいしそうよ」
鉄板から、牛脂の香りがした。
ちくわが見えた。
トラ子が一口食べた。
黙った。
もう一口食べた。
「……まあ、広島のとはまた違うわな。麺にしっかり味ついてるし、このちくわがええ仕事しとるわ。野田の店でもこれ出したらウケるんちゃう?」
「気に入ったんじゃん。やっぱり美味しいものは美味しいよね」
「何言うてんの! でもな、一番はやっぱり私が焼く混ぜ焼きやからな。そこは譲らへんで!」
四人が、鉄板を囲んでいた。
大阪人二人が認めたくない顔をしながら食べていた。
美味しかった。
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十五時過ぎ。
三津浜港のフェリー乗り場に来た。
防予フェリーに原付を積んだ。
四国を離れた。
甲板に出ると、松山の街が小さくなっていく。
さすがのトラ子も、しんみりと三津浜港を眺めていた。
私も何故だか寂しくなった。
(今度来る時は、セイラと三人で来れると良いな)
今の私らなら、四国を思う存分案内できる自信がある。
スクーターで一周してきたんだもん。
きっとアプリさんは、わざと私らにお遍路を回らせたんだと思う。
私らがアプリさんや本田くんと別れた後に、二人きりになっても旅を続けられるようにって。
瀬戸内海の島々が、夕陽の中に浮かんでいた。
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十七時半。
柳井港に着いた。
山口県だった。
私もトラ子も、目の前の道を見ていた。
この道が角島まで続いている。
でも、辺りはもう暗くなってしまっていた。
今夜はキャンプ場へ向かった。
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皇座山キャンプ場に着いた。
本田くんに頼めばのり弁しか買ってこない。
トラ子に頼めばチキンづくしになる。
アプリさんに至っては何を買ってくるか分からなくて怖い。
だから、私が行くことにした。
三千円ずつ集めて、麓のファミマへ一人で走った。
最後の夜だから、ちゃんとしたご飯が食べたかった。
様々な種類のお弁当とおやつとデザートを買って帰ると、トラ子が言った。
「チッ……ボケろやボケぇ! 最後の晩やぞ? 自分、一応は大阪人ちゃうんけ。もっとこう、ガツンとボケんかいな!
なんやねんこの、あまりにも普通すぎる晩メシは! どこにでも売ってるようなもん並べやがって……。逆に、逆にオモロイわ! 一周回ってシュールすぎて笑けてくるわ、ボケ!
ほら、見てみぃや。本田がツボってもうて、必死に笑いこらえとるやんけ! アイツの顔、プルプルしすぎてヤバいことなってんで!」
本田くんとアプリさんが大爆笑した。
私も笑ってしまった。
ボケたつもりじゃなかったんだけど、皆が笑ってくれて良かった。
最後の夜にふさわしく、四人で大笑いできた。
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笑いが収まって、静かになった。
明日、セイラに会う。
セイラに会ったら、アプリさんと本田くんは九州へ向かう。
私とトラ子は大阪へ帰る。
四人でいる時間は、今夜が最後だ。
アプリさんが「なんとかなる」と言ってくれていた。
その言葉だけを頼りにしていた。
テントに入った。
皇座山の空には、満点の星が広がっていた。
でも今の私には、それを見る余裕がなかった。
トラ子は、テントの中で黙っていた。
私も、黙っていた。
ただ、明日が来るのを、二人で待っていた。
(これが、私たち四人で過ごす最後の夜だった)




