【reverse 102 さらば、ごっくん馬路村】
室戸岬を出た。
アプリがトラ子とユッタに告げた。
「松山まで、お前らが先頭を走れ」
ユッタが先頭に出た。
トラ子の虎柄のディオが続く。
少し離れてプレスカブ。
殿をRS50が務めた。
国道55号。
左手に山。
右手に太平洋。
世界ジオパークに認定された荒々しい岩場と、見渡す限りの水平線が続いた。
信号が少ない。
原付が、気持ちよく巡航できた。
*
安田町で、国道を折れた。
途端に、空気が変わった。
日差しが消えた。
濡れた葉の香りが、ヘルメットの隙間に滑り込んできた。
安田川だ。
右手に川が現れた。
底の丸い石の模様が、手を伸ばせば触れられるほど近くに見える。
光の加減でサファイアのようにも、透き通ったエメラルドのようにも見える碧の流れだった。
トラ子がペースを落とした。
「……ちょお、待てや! 見て、あそこの深くなってるとこ! ヤバない? 透明すぎて、水がないみたいに見えるんやけど!」
ユッタがジョグを並べて、シールドを上げた。
マイナスイオンを含んだ冷ややかな風が、頬を撫でた。
「……本当だ。なんか、ゼリーみたいにプルプルして見えるね。……ねぇトラ子ちゃん。これ、掬ってそのまま飲めそうじゃない?」
「わかる! なんかこう……キンキンに冷えた『天然のごっくん』が流れてるみたいやん! 自分、ちょっとそこ降りて口つけてきぃや。お腹壊したらウチがケツ持ったるから!」
「ええっ、ボクが先なの!? トラ子ご喉渇いたって言ってたじゃない!」
「アホか! ウチは繊細な野田の乙女やねん。まずは毒味役が必要やろ? ほら、ユッタ、行けや!」
「トラ子、川から直飲み出来る川も日本には割とあるんだぞ」
二人は信じなかった。
本田だけが、アプリに食い気味で尋ねた。
「本当にそんな漫画みたいなことができる川があるんですか?」
「……フン、栃木県には尚仁沢という川があってな、そこは川の湧出点まで歩いて行けるんだ。湧出点ってのは川の先端、つまり川の始まりだな。そこは川に口をつけてダイレクトに飲めるぞ」
本田が、安田川を眺めた。
四台が、木々の香りの中へ吸い込まれるように進んだ。
*
馬路村に着いた。
ゆずの森加工場だ。
工場の中を見学した。
ロビーで、出来立てのごっくん馬路村を飲んだ。
トラ子が、缶を見つめながら言った。
「……ここが、あの謎の飲み物……『ごっくん馬路村』の工場か。……ふーん、……ええ匂いしとるやんけ。
……なぁ、これ。角島まで何本か持ってったろか? あいつ……セイラ、これ喜ぶんかな?
……昔みたいに、三人でアホみたいに走り回って、喉カラカラにして、二人で一気に『ごっくん』して……。……あはは、そんなん、……もう無理なんかな。
……いや、何しんみりしとんねんウチ! よっしゃ、箱買いや! カゴに入らん分は本田、お前のカブにくくりつけたるからな! ……誠意は数で勝負じゃ、ボケェ!!」
トラ子とユッタは、セイラへのお土産にごっくん馬路村を数本買った。
*
やまなみ食堂で昼を食べた。
トラ子がオムライス。
ユッタとアプリと本田が唐揚げ定食だった。
*
馬路村を出て、安田川を下った。
国道五十五号に戻った。
安芸市に入ると、道路脇の景色が変わった。
黄色と黒の看板が増えてきた。
タイガースカラーだ。
トラ子が、明らかにペースを落とした。
「……おい本田! 三月の安芸いうたら、キャンプの熱狂が冷めやらぬ、最高の残り香が漂っとる時期やないか!
キャンプ期間中みたいな人混みもなくて、原付でスイスイ回れるから、実は一番の穴場なんやで!」
安芸球場の前に来た。
トラ子が、バイクを停めた。
球場の周りにタイガースの歴代優勝記念パネルが並んでいた。
トラッキーのオブジェがあった。
タイガース仕様の自動販売機が光っていた。
「ここやで。ここが聖地や」
トラ子が、球場前駅の駅名標の前にディオを停めた。
スマホを取り出した。
写真を撮った。
本田が隣に並ばされた。
「……本田ァ! お前日ハムファンやのに、虎の空気に染まっとるやん。そのポーズ最高やぞ! もう今日から日ハムじゃなくてタイガースでええやろ!」
「僕は日ハムファンのままですよ……」
アプリが、駐車場の端でRS50のエンジンをかけたまま待っていた。
「そろそろ行くぞ」
「……ちょっと待ってーな! 安芸漁港の黄色い看板だけ見てくるわ!」
トラ子が防波堤の方へ走った。
巨大な黄色い看板が、海の向こうに見えた。
「……あーあ、近本よ。ウチはちゃんと来たでな。角島行ったら必ず帰ってくるからな」
トラ子が、静かに呟いた。
ユッタだけが聞いていた。
*
ALOHA Village・BaseCampに着いた。
四人でテントを設営した。
「それじゃ、僕が今夜の夕飯を買ってくるよ」
「……おい! 本田ァ! 自分に夕飯買いに行かせたら、また『のり弁一択』の暴挙に出るやろがい! 今夜はウチが行ってたるわ。
ええか、ウチの虎柄のディオをなめんなよ! このスクーターはな、買い物にも、逃走にも、爆走にも使える万能機なんじゃ!
……ほら、お前ら! 全員二千円ずつ出し! 合計八千円……これだけあったら、野田の女豹と呼ばれたウチが、お前らに『至福の夕飯』を食わせたるからな! 指くわえて待っとけ、カスッ!!」
トラ子が、どこかへ走り去った。
*
しばらくして、トラ子が戻ってきた。
袋を、三人に配った。
一同が、中を見た。
唐揚げ弁当。
ファミチキ。
からあげクンレッド。
「「え?」」
本田とユッタが、同時に声を上げた。
「!?」
アプリが、袋を見た。
「トラ子、私、昼も唐揚げ定食だったのに……」
「僕だって馬路村で唐揚げ定食だったよ……」
「俺も唐揚げ定食だった……」
「トラ子! これワザと!?」
「……お? なんなん自分ら、そのリアクションは! 弁当の定番いうたら、唐揚げ弁当に決まっとるやろがい! 逆に、お前らが全然喜ばんことにウチが驚いとるわ!
ええか、よう見ろよ。メインの唐揚げ弁当に、サイドはファミチキとからあげクンレッドやぞ! どこを見てもチキン、チキン、チキンや! これ以上ない『チキンづくし』で、ハレンチに豪華やないか!
……あ? 栄養バランス? 野菜? そんなん欲しかったら、安田川のほとりに生えとる草でも毟って食うとけや! 今夜は『脂身の日本シリーズ』や言うたやろ! 黙って揚げ物詰め込め、ボケェ!!」
太平洋が、テントの向こうに広がっていた。
焚き火を囲んで、四人が唐揚げとファミチキとからあげクンを食べた。
昼も揚げ物だったことは、もう全員が気づかないふりをしていた。
胸焼け確定の夜が、更けていった。
角島まで、もうすぐだった。




