表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
130/141

【reverse 102 さらば、ごっくん馬路村】

 室戸岬を出た。


 アプリがトラ子とユッタに告げた。

「松山まで、お前らが先頭を走れ」


 ユッタが先頭に出た。

 トラ子の虎柄のディオが続く。

 少し離れてプレスカブ。

 殿をRS50が務めた。


 国道55号。

 左手に山。

 右手に太平洋。


 世界ジオパークに認定された荒々しい岩場と、見渡す限りの水平線が続いた。

 信号が少ない。

 原付が、気持ちよく巡航できた。


   *


 安田町で、国道を折れた。


 途端に、空気が変わった。


 日差しが消えた。

 濡れた葉の香りが、ヘルメットの隙間に滑り込んできた。


 安田川だ。


 右手に川が現れた。

 底の丸い石の模様が、手を伸ばせば触れられるほど近くに見える。

 光の加減でサファイアのようにも、透き通ったエメラルドのようにも見える碧の流れだった。


 トラ子がペースを落とした。


「……ちょお、待てや! 見て、あそこの深くなってるとこ! ヤバない? 透明すぎて、水がないみたいに見えるんやけど!」


 ユッタがジョグを並べて、シールドを上げた。

 マイナスイオンを含んだ冷ややかな風が、頬を撫でた。


「……本当だ。なんか、ゼリーみたいにプルプルして見えるね。……ねぇトラ子ちゃん。これ、掬ってそのまま飲めそうじゃない?」


「わかる! なんかこう……キンキンに冷えた『天然のごっくん』が流れてるみたいやん! 自分、ちょっとそこ降りて口つけてきぃや。お腹壊したらウチがケツ持ったるから!」


「ええっ、ボクが先なの!? トラ子ご喉渇いたって言ってたじゃない!」


「アホか! ウチは繊細な野田の乙女やねん。まずは毒味役が必要やろ? ほら、ユッタ、行けや!」


「トラ子、川から直飲み出来る川も日本には割とあるんだぞ」


 二人は信じなかった。


 本田だけが、アプリに食い気味で尋ねた。


「本当にそんな漫画みたいなことができる川があるんですか?」


「……フン、栃木県には尚仁沢という川があってな、そこは川の湧出点まで歩いて行けるんだ。湧出点ってのは川の先端、つまり川の始まりだな。そこは川に口をつけてダイレクトに飲めるぞ」


 本田が、安田川を眺めた。


 四台が、木々の香りの中へ吸い込まれるように進んだ。


   *


 馬路村に着いた。


 ゆずの森加工場だ。


 工場の中を見学した。

 ロビーで、出来立てのごっくん馬路村を飲んだ。


 トラ子が、缶を見つめながら言った。


「……ここが、あの謎の飲み物……『ごっくん馬路村』の工場か。……ふーん、……ええ匂いしとるやんけ。

……なぁ、これ。角島まで何本か持ってったろか? あいつ……セイラ、これ喜ぶんかな?

……昔みたいに、三人でアホみたいに走り回って、喉カラカラにして、二人で一気に『ごっくん』して……。……あはは、そんなん、……もう無理なんかな。

……いや、何しんみりしとんねんウチ! よっしゃ、箱買いや! カゴに入らん分は本田、お前のカブにくくりつけたるからな! ……誠意は数で勝負じゃ、ボケェ!!」


 トラ子とユッタは、セイラへのお土産にごっくん馬路村を数本買った。


   *


 やまなみ食堂で昼を食べた。

 トラ子がオムライス。

 ユッタとアプリと本田が唐揚げ定食だった。


   *


 馬路村を出て、安田川を下った。

 国道五十五号に戻った。


 安芸市に入ると、道路脇の景色が変わった。


 黄色と黒の看板が増えてきた。

 タイガースカラーだ。


 トラ子が、明らかにペースを落とした。


「……おい本田! 三月の安芸いうたら、キャンプの熱狂が冷めやらぬ、最高の残り香が漂っとる時期やないか!

キャンプ期間中みたいな人混みもなくて、原付でスイスイ回れるから、実は一番の穴場なんやで!」


 安芸球場の前に来た。

 トラ子が、バイクを停めた。


 球場の周りにタイガースの歴代優勝記念パネルが並んでいた。

 トラッキーのオブジェがあった。

 タイガース仕様の自動販売機が光っていた。


「ここやで。ここが聖地や」


 トラ子が、球場前駅の駅名標の前にディオを停めた。

 スマホを取り出した。

 写真を撮った。


 本田が隣に並ばされた。


「……本田ァ! お前日ハムファンやのに、虎の空気に染まっとるやん。そのポーズ最高やぞ! もう今日から日ハムじゃなくてタイガースでええやろ!」


「僕は日ハムファンのままですよ……」


 アプリが、駐車場の端でRS50のエンジンをかけたまま待っていた。


「そろそろ行くぞ」


「……ちょっと待ってーな! 安芸漁港の黄色い看板だけ見てくるわ!」


 トラ子が防波堤の方へ走った。


 巨大な黄色い看板が、海の向こうに見えた。


「……あーあ、近本よ。ウチはちゃんと来たでな。角島行ったら必ず帰ってくるからな」


 トラ子が、静かに呟いた。


 ユッタだけが聞いていた。


   *


 ALOHA Village・BaseCampに着いた。


 四人でテントを設営した。


「それじゃ、僕が今夜の夕飯を買ってくるよ」


「……おい! 本田ァ! 自分に夕飯買いに行かせたら、また『のり弁一択』の暴挙に出るやろがい! 今夜はウチが行ってたるわ。

ええか、ウチの虎柄のディオをなめんなよ! このスクーターはな、買い物にも、逃走にも、爆走にも使える万能機なんじゃ!

……ほら、お前ら! 全員二千円ずつ出し! 合計八千円……これだけあったら、野田の女豹と呼ばれたウチが、お前らに『至福の夕飯』を食わせたるからな! 指くわえて待っとけ、カスッ!!」


 トラ子が、どこかへ走り去った。


   *


 しばらくして、トラ子が戻ってきた。


 袋を、三人に配った。


 一同が、中を見た。


 唐揚げ弁当。

 ファミチキ。

 からあげクンレッド。


「「え?」」


 本田とユッタが、同時に声を上げた。


「!?」


 アプリが、袋を見た。


「トラ子、私、昼も唐揚げ定食だったのに……」


「僕だって馬路村で唐揚げ定食だったよ……」


「俺も唐揚げ定食だった……」


「トラ子! これワザと!?」


「……お? なんなん自分ら、そのリアクションは! 弁当の定番いうたら、唐揚げ弁当に決まっとるやろがい! 逆に、お前らが全然喜ばんことにウチが驚いとるわ!

ええか、よう見ろよ。メインの唐揚げ弁当に、サイドはファミチキとからあげクンレッドやぞ! どこを見てもチキン、チキン、チキンや! これ以上ない『チキンづくし』で、ハレンチに豪華やないか!

……あ? 栄養バランス? 野菜? そんなん欲しかったら、安田川のほとりに生えとる草でも毟って食うとけや! 今夜は『脂身の日本シリーズ』や言うたやろ! 黙って揚げ物詰め込め、ボケェ!!」


 太平洋が、テントの向こうに広がっていた。


 焚き火を囲んで、四人が唐揚げとファミチキとからあげクンを食べた。


 昼も揚げ物だったことは、もう全員が気づかないふりをしていた。


 胸焼け確定の夜が、更けていった。


 角島まで、もうすぐだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ