【reverse 101 空と、海と、同行する二人】
お遍路陣取りレースの最終日。
本田とアプリは、室戸スカイラインの展望台で待っていた。
「今日中にトラ子とユッタは着きますかね?」
「どうだろうな……順当に行けば明日だろうな」
「そうですよね……」
日が落ちた。
トラ子とユッタは、来なかった。
二人で宿に戻った。
*
翌朝。
本田とアプリは中岡慎太郎像の前で語り合っていた。
「この人も龍馬さんの仲間なんですよね?」
「まあ、そうだな」
「でも、この人には会いませんでしたね」
「一応、コイツも勤王党だからな。沢村惣之丞とは面識はあったはずだぞ」
「龍馬さんも勤王党だったんですか?」
「まあ、歴史の教科書ではそうなってるな」
「それなら、何故、龍馬さんは中岡慎太郎の事を知らなかったんですか?」
「龍馬は俺たちと脱藩するまでは『開国』という言葉すら知らなかったんだ。実はこれは龍馬だけがバカだった訳じゃない。あの頃の日本人は自国が鎖国してるという認識がそもそも無い。鎖国して三百年近くも時が流れてたからな。外国があるという事すら知らなかった日本人も少なからずいたそうだ。そんなクズニートだった龍馬さんは勤王党のリーダーである武市半平太という人物の親戚なんだよ。今で言うコネ入社ってやつだったんだろうな。そんな社長の親戚ってだけでコネ入社した男の周りには誰も近づかないだろ? だから、勤王党中でも龍馬さんは居心地が悪かったんだろうな……」
「なるほど、つまりコネ入社したっていう後ろめたさから、龍馬さんは勤王党の仕事もせずにニート生活突入してたって感じですか……」
「まあ、そんな感じだろうな」
「でも、この中岡慎太郎って人がどうして龍馬さんと共にハワイに行くんですか? 勤王党はどうなったんですか?」
「武市半平太が切腹して勤王党は倒産する。そして、中岡慎太郎も沢村惣之丞も失業するんだよ」
「は? なぜ、その武市半平太って切腹するんですか?」
「まあ、俺もよく知らん。ただ、当時の切腹ってのは悪い意味では無いからな。そこは誤解するなよ」
「悪い意味では無い?」
「武士にとっての切腹は誉だった時代だ。これが打首などの処刑なら勤王党は倒産ではなくテロ集団になってたかも知れない」
「は? 意味がわかりません! なんで切腹が、誉なんですか?」
「会社をクビになるか、円満退社するかの違いだと思えば良い」
「円満退社なのに死ぬんですか!?」
「そんな時代なんだ。その違和感に気づけた人だけが明治時代まで生き延びることが出来たんだ」
「なんか二ストみたいですね……」
「たまに本田はいい事を言うな……武市半平太は二ストを捨てられなかったのかもな……」
中岡慎太郎像が、太平洋を向いていた。
*
夕方。
空が赤くなり始めた頃。
遠くから、甲高いエンジン音が聞こえてきた。
「来た! 来ましたよ!」
虎柄のディオとジョグZRが、展望台に現れた。
トラ子が、ヘルメットを脱いだ。
疲れ果てた顔をしていた。
「……あ、あちゃー……。マジか、もう……アプリのオッサン……ゴールしてんのかよ……。
……はは、完敗やん。……私らの……負け……かぁ……。
……アホみたいに……一生懸命……。ケツ痛いん……我慢して……走り抜いたのに……。
……あーあ……。……悔しい、なぁ……。……めっちゃ……頑張ったんや……けど、な……」
「疲れた〜〜」
ユッタが、バイクに寄りかかった。
二台のスクーターに、「同行二人」のステッカーが貼られていた。
泥がこびりついていた。
それでも、剥がれていなかった。
「いや、本当にトラ子とユッタは凄いよ。お遍路って疲れるよね」
「……はぁ、……はぁ……、ちょ、……待てや……。
あんな……、あんなエグい階段あるなんて……聞いてへんぞ……ボケェ……。
……先に、言うとけよな……。……殺す気か……、……足、……もう……自分のもんちゃうみたいに、笑うとんねん……。
……なぁ……、……ほんま……先に……言うとけや……。……あー……、……しんど……。……死ぬ……、マジで……」
「本当に寺って階段多すぎるよ〜」
本田が、ごっくん馬路村を二本差し出した。
二人が、一息で飲み干した。
アプリが、静かに言った。
「よくやった」
トラ子の目が、みるみる赤くなった。
ユッタが、肩を震わせた。
*
海面に太陽が触れた。
真っ赤な「だるま」が、水平線に完成した。
その光に照らされて、泥だらけのディオとジョグが金細工のように輝いていた。
「アプリのオッサンがユッタを泣かせた〜〜!」
トラ子が、鼻水をすすりながら叫んだ。
ユッタが、子供のように泣いていた。
「泣くな!……ったく」
アプリが、二台のスクーターに貼られた「同行二人」のステッカーを見た。
「お前らは……この『同行二人』の本当の意味に、気づいたか?」
ユッタが、涙を拭いながら頷いた。
「はい……」
一人で走っているようで、実は誰かの思いや見えない支えがある。
それをユッタは、あの長い道中で肌で感じていた。
トラ子が、赤くなった目で自信満々に言った。
「わかってる! 明日からはまた四人で旅をするから、『同行四人』のステッカーを新しく買わないかんねんな! 二人じゃ足りへんもんな!」
「……いや、まだお前らには早かったか……」
アプリが深いため息をついた。
本田と顔を見合わせた。
だるま夕日が、ゆっくりと海に沈んでいく。
感動の余韻は、トラ子の「ステッカー理論」によって、ハレンチなほど日常の色に塗り替えられてしまった。
*
岬観光ホテルに入った。
トラ子とユッタが風呂に直行した。
湯船の中で、二人が爆笑していた。
*
四人がアプリの部屋に集まると、本田がほっともっと室戸店から帰ってきた。
弁当を、両手に持っていた。
「二人の分も買ってきたからね。皆で食べよう」
「ありがとうございます。どんなお弁当を買ってきたんですか?」
「のり弁」
テーブルの上に、弁当が並んだ。
八個あった。
全部のり弁だった。
「他には?」
「え? のり弁だよ?」
「いや、八個もあるじゃないですか?」
「うん、全部のり弁にしたよ? ほっともっとって結局、のり弁だよね?」
「……はぁ!? ちょお待てや、結局……のり弁ってどういう理屈やねん! 誰の理論やねん、それ!
……なぁ、のり弁八個も並べてドヤ顔すなや! なんが『お待たせ』やねん、アホか! これ、ただの『茶色い山』やんけ!
……ほっともっとの店員さんも、『……え、室戸にのり弁の軍団でもおるんか?』ってビビり倒して、……明日からバイト来んようなるわ! ボケェ!!」
「ほっともっとでいちばん美味いのがのり弁なんだよ? 知らないの?」
「……おい、本田ァ! 美味い不味い以前の問題やろ! 四人も人間がおるのに、……全部のり弁って、お前狂っとんのか!?
八個も買ってくる体でおるんやったら、八種類買ってこいや!
……お前、カブに乗りすぎて頭まで『オーソドックス脳』になっとるぞ! 野球の時からずっと思ってたけどな……、お前の脳みそ、いぶし銀過ぎるんじゃ! ボケェ!!」
四人が、大爆笑した。
一人二個、のり弁を食べた。
食べてみると、意外と旨かった。
アプリもユッタもトラ子も、それは秘密にしておいた。
*
のり弁を食べ終えてから、トラ子が口を開いた。
「オッサン、やっと山口連れてってくれるんやんな! マジで待ったわ。んで、こっから山口までどないして行くん? 四国ぶち抜いて、そのまんま山口までカチ込む感じ? なぁ、はよ教えろや!」
「四国縦断は冬季間は不可能だ。だから、明日からは松山を目指す」
「松山ぁ? それ、うちらほぼ四国一周まわってもうてるやん! まー、ええわ。来た道戻るとかダルいし、走ったことないとこブッ飛ばす方がおもろいやん。それより早よ次の道の駅行けや! 『同行四人』のステッカー人数分買うて、みんなでお揃いで貼らな気合い入らんやろ!」
「でも、そこまでしてなんで二人は山口県にこだわるの?」
ユッタが、俯いた。
「角島に友達がいて……」
「……うちら、昔のダチにさ、マジで取り返しつかんぐらい、ひっどいことしてもうたんよな……」
トラ子とユッタが、アプリと本田へ打ち明けた。
セイラのことを。
原付の免許を取って浮かれていたこと。
LINEに返信できなかったこと。
ずっと謝りたかったこと。
「角島に引越しただと?」
「はい……」
「あいつが角島に引っ越してからは、マジでそれっきりやねん……。なんも……連絡も取ってへんわ……」
「案外、簡単に解決できるかもな……」
「そうやろか……」
アプリが、窓の外を見た。
室戸の夜が、静かだった。
*
翌朝。
御厨人窟から、水平線の向こうに朝日が昇った。
空海が悟りを開いたとされる場所に、四人が立っていた。
空と海の境界線が、橙色に染まっていた。
トラ子が、前を向いたまま言った。
「……ええか、よう聞けよ。
ウチら、これから角島行くぞ。
ウチはどうしてもあの真っ青な海、あの橋を、お前らと一緒に渡らなあかんねん。
ガソリン満タンか? 気合は入っとんのか?
道中、何があってもウチがケツ持ったる。
……よっしゃ、行くで。気ぃ引き締めてついてこい!」
四台が、走り出した。
お遍路は終わった。
角島へ向かって、四人が四国を後にした。




