【reverse 99 もう一つの答え合わせ】
龍光寺の参道だった。
「それじゃお参りしてきます」
「あぁ」
本田が、一人で参道を上っていった。
アプリが、参道の入り口で待った。
風が吹いた。
杉の枝が揺れた。
幕末にもここへ来た。
あの時、タツが参道でじっと待っていて、虚無僧が現れた。
アプリは、そのことを思いながら、今は何も来ない参道を見ていた。
*
本田が戻ってきた。
「アプリさん! どうでした? 虚無僧は現れましたか?」
「いや、今回は来なかったな。やつも燃料切れなのかも知れないな」
「そうかもしれませんね。僕らが歴史に干渉しすぎて色んな神様に怒られてるのかもしれませんよね」
二人が、笑った。
その笑い声が、参道に響いた。
虚無僧は来なかった。
それだけで、少し軽くなった気がした。
*
四十二番・仏木寺。
茅葺き屋根の鐘楼が渋かった。
四十三番・明石寺を打ち終えると、いよいよ高知へのロングドライブが始まった。
鳥坂峠を越えた。
エンジンが唸った。
愛媛を抜けた。
高知県に入った。
*
宿毛の豚太郎に入った。
味噌カツラーメンが来た。
「……は? 味噌ラーメンの上に、カツが乗ってますよ?……いや、そんなん合うわけないよ。別々に食べた方が美味しいに決まってる」
まずスープを一口飲んだ。
「……ん、この味噌、甘みがあって旨い。ニンニクが効いてる。鹿児島の甘い味噌とはまた違うけど、これはこれでガツンとくるな」
意を決して、スープを吸い始めた衣を纏ったカツを口へ入れた。
「……! な、なんだこりゃ! 衣がトロッとして、中から肉汁と味噌スープが混ざって出てくる。……お、美味しい。……いや、すごく旨い! サクサクも良いけど、この『ひたひた』になったカツ、ご飯が止まらんなるやつだ!」
完食した。
どんぶりの底まで攫い上げた。
「高知の人、天才か……? 最初は『邪道』とか思ってすみませんでした」
アプリが、黙って二杯目のスープを飲んでいた。
*
三十七番・岩本寺の天井画を見た。
七子峠から太平洋を一望した。
三十三番・雪蹊寺にすべりこんだのは、納経所が閉まるギリギリの時間だった。
高知市内のブライトパークホテルに入った。
豪雨だった。
*
夜、とさごはん酔鯨亭で地酒と土佐の肴を前に、高知市の地図を広げた。
「文久二年の面影が残ってるところは少ないんですね……なんか切ないです……」
「百六十年経てば建物は朽ちるからな」
「本当にそうなんですね。あの才谷屋でさえ綺麗に無くなってるなんて……」
「逆に今でも残っていたら春猪は函館には行ってない事になるぞ?」
「そうですね! 無くなることが必ずしも悪いということではないんですね!」
「まあ、明日は今の土佐の街を俺たちが見届ける必要がある」
「そうですね……。少なくても花さんと鈴菌さんの分まで見届けますよ!」
アプリが、盃を傾けた。
雨が、窓を叩いていた。
*
翌日。
高知城の搦手門跡へ行った。
石垣だけが残っていた。
本田が、石垣に手を当てた。
冷たかった。
でも、確かにここにあった。
文久二年にも、この石垣があった。
あの頃、龍馬と共に歩いたのはこのあたりだったかもしれない。
城の空気は変わっていた。
でも、石だけは変わらなかった。
「ここは変わってない」
本田が、小さく言った。
追手門は、百六十年前と同じように立っていた。
かつて武士たちが番所として詰めていたその門が、今も追手筋の突き当たりに立っている。
本田は、その門をしばらく見上げていた。
(あの時、この門の向こうを走っていた人たちは、今どこにいるんだろう)
龍馬はハワイにいる。
春猪は函館に渡った。
タツは浜松で鈴木平七の養女になった。
みんな、それぞれの場所に生きている。
本田は、前を向いた。
*
大川筋の武家屋敷資料館に寄った。
長屋門の横に、門番が詰めていた当時のスペースがあった。
アプリが、その場所に立った。
「ここだ」
それだけだった。
それだけで十分だった。
*
才谷屋跡へ行った。
「ここが本当に才谷屋ですか……」
「わからん……」
「記念碑はあるけど、周りの景色が違いすぎて、ここが正確な場所なのかすらわかりませんね」
石碑には「坂本龍馬先生先祖ゆかりの地 才谷屋跡」と刻まれていた。
近所の人が、自転車で通り過ぎた。
買い物帰りらしかった。
石碑など、目に入っていない様子だった。
本田は、その後ろ姿を見ていた。
(この街角に、あの才谷屋があった。春猪さんに初めて会ったのも、このあたりだった。あの賑やかな店の声が、今は聞こえない)
百六十年というのは、そういう時間だった。
「ここにいても仕方ない。次に行くぞ」
アプリが歩き出した。
本田が続いた。
*
桂浜に着いた。
三月の海風が、浜に吹いていた。
冬の風ではなかった。
春の匂いがした。
龍馬像が、海を向いて立っていた。
二人が、像の前に立った。
「今日はちゃんとした像でしたね」
本田が、安堵したように笑った。
アプリも、龍馬像を見上げて笑っていた。
「あんなタイムスリップなんてそうそう起こらないさ」
「そうですよね! 龍馬像をこの目で見るまでは、正直、もしかしたら歴史が狂っててここには鈴菌さんの像が建ってるんじゃないかと思ってましたからね!」
「そうだな。鈴菌は歴史干渉し過ぎてたからな」
二人が、龍馬像の前で大笑いした。
波の音が、笑い声に混じった。
*
本田がスマホを取り出した。
龍馬像を撮った。
花と鈴菌にLINEを送った。
「桂浜の龍馬像です。変化なし。一件落着です」
送信した。
すぐに花から返信が来た。
スタンプだけだった。
両手を上げて万歳しているやつだった。
少し遅れて鈴菌からも来た。
「フェリー代返せ!……いや、やっぱりいい。ありがとう。」
本田が、画面を見て笑った。
アプリが、海を見ていた。
波が、砂浜に白く打ち寄せていた。
龍馬がかつて見ていたのと、同じ海だった。
文久二年の高知市は、今の高知市だった。
変わっているものと、変わっていないものがあった。
でも、歴史は狂っていなかった。
それだけが、答えだった。
*
「なんか安心したら、久しぶりに手結の餅を食べたくなりましたよ。澤餅茶屋って今も残ってるんですよね? 行ってみますか!」
「そうだな。文久二年の頃の味と違うのかを確かめに行くぞ」
二台が、桂浜の駐車場を出た。
春の風が、後ろから押した。
龍馬像が、海を向いたまま立っていた。
百六十年前と同じように。
これからもずっと、同じように。
高知の空の下、桂浜の龍馬像の前でようやく確信しました。 歴史は狂っていない。鈴菌さんの巨大なブロンズ像が建っていることもなく(笑)、龍馬さんはちゃんと160年後の今も、日本の夜明けを見つめていました。
でも、僕にとっての「本当の答え合わせ」は、資料館の展示品じゃなくて、国道55号線を走った先にある**「澤餅茶屋」**にありました。
皆さんは知っていますか?高知名物「手結の餅」。 見た目は平べったい大福に見えるかもしれませんが、地元の人、そして僕ら「幕末を知る居候」に言わせれば、これは大福なんて生易しいもんじゃありません。あれは、**「ニッキ(肉桂)という名の爆弾を抱えた、とろける魔法の塊」**なんです。
実は、才谷屋に居候していた文久二年の頃、この餅は僕らにとって最高のご褒美でした。 特に、龍馬さんの姉の乙女さん! あの体格ですからね、食べる量も半端じゃない。「本田、これ食べや」と言いながら、自分は一パック(10個入り)を一人でペロリと平らげていた姿が今も目に浮かびます。ニッキの粉を豪快に鼻の頭につけてガハハと笑う乙女さん……。あの豪快な食べっぷりこそが、土佐の夜明けを支えていたのかもしれません。
今回、160年ぶりにその味を確かめに行きましたが、箱を開けた瞬間に鼻をくすぐるあの刺激的な香りは、まさに才谷屋の縁側で嗅いだあの匂いそのものでした。 建物は跡形もなく消え、才谷屋跡には石碑が立つだけになってしまいましたが、この「餅」の柔らかさだけは、160年の時を超えて僕の指先に、そして舌に、当時の記憶を鮮烈に呼び戻してくれました。
歴史というのは、教科書の文字だけじゃない。 こうして、今も誰かが守り続けている「味」の中にも、確かに息づいているんだと実感しました。
もし皆さんも高知を訪れることがあれば、ぜひ「手結の餅」を食べてみてください。 そして、ニッキの粉をこぼしながら空を見上げてみてください。 そこには、きっと僕らが一緒に笑い転げた、あの騒がしくて温かい「土佐の日常」が、今も優しく漂っているはずですから。
あ、ちなみにニッキの粉は服に付くとなかなか取れません。乙女さんによく怒られたっけ……。 皆さんも、食べる時は「誠意」の準備を忘れずに!
本田
澤餅茶屋(手結の餅) 住所: 〒781-5622 高知県香南市夜須町手結1468 営業時間: 8:00〜売り切れまで(火曜定休) ※160年前から変わらぬ、究極の「柔らかさ」をぜひ。




