【reverse 95 ついに終わりの始まり、そして…】
バイトが全て終わった。
昼から小豆島オートビレッジヨシダに来ていた。
今夜からのテント生活に備えて、設営の練習だ。
「まずはテントの中身を全部出しちゃって良いよ」
トラ子とユッタが、袋から中身を出した。
「……はぁ? なんか、ごっつ面倒くさそうなこと言っとんなぁ。
自分、ウチのこと分かっとる? ウチな、一回これ出してもーたら、二度としまえる自信なんか一ミリもあらへんからな。
もし元通りに戻せんかったら……自分、分かっとるやろな? 責任取って、自分できっちり片付けぇや。ウチの手ぇ煩わせたら、タダで済む思たら大間違いやぞ。あぁ、ダル……」
「ハハハ、大丈夫。必ず慣れるから。慣れたら設営は五分で出来るようになるから。まずはそのポールを繋いで一本にして」
二人が、ポールを二本組み立てた。
「今度はその白いメッシュの四隅にそのポールを十字に噛ませるとポールだけ自立するから、そのポールに白いメッシュを吊り下げるんだ」
二人が、メッシュを全て吊り下げた。
「本当だ! 簡単じゃん!」
「……ちょ、待てや! これ、もうほぼテントやんけ!
いや、笑かすなや。中身スケスケやん! 丸見えすぎて、逆におもろなってきたわ。
でもこれ、意外と風通って気持ちええんちゃう? 景色もガッツリ見えとるし。このままにしとこや! 変に隠すより、開放感あって最高やん。な? ええやろ、これで!」
「まあ、誰もいないとこなら、それでも良いとは思うけど、このままじゃすぐに倒れるよ」
本田が説明を続けた。
二人とも、あっさりと設営を完了した。
「うん! バッチリ! それじゃ今度は畳んでみようか」
「……はぁ? 自分、何ぬかしとんねん。せっかくウチらが体張って設営したんに、もう畳むんけ? 正気か、ボケッ!
んなもん、いちいち片付けるのごっつ面倒くさいやん。そんなん明日でええわ! 今日はもうこのままにしとくねん。水差すようなマネすんなや。なっ?」
「それならそれでいいけどさ、設営よりも畳む方が難しいよ。それこそ、その袋に入らなくなるし、なんなら、その袋が何故か無くなることも多いんだよ」
ユッタだけが、黙ってテントを畳み始めた。
「……ユッタぁ、自分ホンマ真面目やなぁ。せっかく気合い入れて建てたテント、もう畳むんけ?
元々はこの袋にパンパンに詰まってたんやろ? ほんなら、次入らんわけないやんけ!
本田ぁ! 自分も横からガタガタぬかしてビビらせすぎやねん! 力ずくでギュウギュウに押し込んだら入んねん!」
ユッタが袋に収納しようとした。
少しだけはみ出した。
「マジで入らないね。これはテントのたたみ方が悪いの?」
「そういうこと。新品のうちは折り目が残ってるから綺麗にたためるんだけど、これは中古だからね。でも、それくらいなら問題無いよ! そのうちちゃんとしまえるようになるから」
ユッタが、テントを張り直した。
*
「今度は焚き火だね。その袋の中に焚き火台が入ってるから組み立ててごらん」
ユッタが焚き火台を組み立てた。
「……はぁ? 焚き火なんて、その辺の地面の上でチャチャッとやったらええやんけ!
なんでいちいち台とか出さなあかんのよ。ええか、この焚き火台はな、せっかく貰った大事なモンなんじゃ。そんなん火ぃつけて、ススだらけのボロボロに焼きたくないねん!
地面やったらタダやし、後で土被せといたら分からんやろ。この綺麗な台はな、飾っとくのが正解なんよ。ガタガタぬかさんと、直で火ぃ熾さんかい、ボケッ!」
「焚き火台を使わないままバイクに積む方が持ったないよね!」
「……あー、まぁ、そらそうか。しゃあない、そこまで言うんやったら、このピカピカの焚き火台、下ろしたろやんけ!
ウチの太っ腹に感謝しぃや? ほら、ガタガタぬかしとらんと、とっとと準備せんかい! 最高の火ぃ熾したるからな!」
ユッタが薪を乗せて、トラ子が枯葉に火をつけた。
炎が立ち上がった。
二人が、しばらく焚き火を見つめていた。
「……なぁ、ユッタ。自分、知っとんけ?
このメラメラ燃えとる焚き火をな、ボサーッと眺めながらすするカレーヌードル。これがこの世で一番エグいほど美味いんやで。
今夜はもう、御託ええからカレーヌードルに決まりや。本田! 自分もとろとろしてんと、お湯沸かせや! 箸忘れたら承知せえへんからな!」
「こんな真昼間にもう食べるつもりなの? カレーヌードルは冷えた夜だから美味いのに……」
「え〜、キャンプに来たのにカレーヌードルなんて食べたくないよ〜」
「……ええか、ユッタ。その言葉、夜まで絶対に忘れんなよ。
夜の暗闇の中でな、焚き火の明かりだけで食うカレーヌードル……。あれがな、一番の『真価』を発揮する瞬間なんや。
見とけや。今日の夜、ウチが自分をその一杯でガチで泣かしたるからな! 本田! 自分も余計なもん食わんと、胃袋空けとけよ。最高の夜にしたるからな、ボケッ!」
*
本田がメスティンでのご飯の炊き方を教えた。
炊事場で、米の研ぎ方から教えた。
アプリが、マルナカ内海店へ買い出しに行った。
ちょうどメスティンご飯が炊き上がる頃、アプリが食材とBBQ用の網を持って戻ってきた。
「この肉って高いやつじゃないんですか?」
「オリーブ牛って肉らしいぞ」
「めちゃくちゃ美味い!」
「ご飯もすごく美味しいです! 炊きたてだからかな?」
「うん、メスティンで炊くと何故か美味しいよね」
「これ家でもやりそうです! 炊飯器には戻れないかも……」
四人で、焼肉を食べた。
なのに。
トラ子だけが、どこか寂しそうな顔をしていた。
「トラ子、どうしたの? 肉だよ! 肉。」
「……なぁ。なんか、めっちゃ楽しいなって思ってさ……。
ネーブルの時期も終わってもうたし、本田も、アプリも……もうこの島、出んねやろ?
こんなに……こんなに楽しいのにな。自分ら、ウチらを置いて、さっさと四国に渡ってまうんやな……。
……チッ、なんやねん。そんな顔すんなや。ウチがガラにもなく湿っぽいこと言うたからって、調子乗んなよ。……あーあ、今日が終わるの、ごっつ嫌やわ……。」
「それは仕方ないよ。私らも早く山口県に行こう!」
「……なぁ、ユッタ。
ウチらも……四国、行かへん?
……自分らがおらんようになるって思ったら、なんか胸のあたりがザワザワして、どないしようもなかってん。
このまま山口県へ走るんもええけどさ……やっぱり、自分らとおるんが一番おもろいんや。
……ええやろ? ウチも連れてってや。足手まといにはならんからさ。」
アプリと本田が、口を揃えた。
「「だが断る!」」
「「なんでやねん!」」
四人が、大笑いした。
トラ子が、途端に元気になった。
「……なぁユッタ、自分も異議なしやんな? 四国ぶち抜いて山口まで突っ走ったらええだけやんか!
おい、アプリのオッサン! ウチら連れてった方が絶対おもろいって。
……しゃあないなぁ、そこまで渋るんやったら、とっておきの『特典』付けたるわ。なんなら毎晩、ユッタがオッサンのテントの中で添い寝したるから! ユッタ! これくらいで山口まで行けるんやったら安いもんやんなぁ!? よっしゃ決まり! 荷物まとめんぞ、コラァ!」
「ちょっとトラ子!!」
*
「それじゃ、条件がある。俺たちは訳あってお遍路を逆回りしている途中だ。だから、俺と本田は四十一番札所の龍光寺という所からスタートすることになってる。お前らはちゃんと順回りして一番札所からスタートして来い。いずれどこかで俺たちにぶつかる。そこまで二人で来ることが出来れば、俺たちは責任もって山口県まで付き合おう」
トラ子とユッタが、考え込んだ。
「私ら二人で……一番札所から……」
「……ハッ! 自分、なかなかもろいこと言うやんけ! さすがアプリのオッサン、伊達に歳食うてへんな。
けど……なぁ、ユッタ。ウチら二人で、ホンマにそんな『お遍路』なんてシブいこと、やり遂げられるんけ?
お経? そんなもん、一文字も分からへんわ! 『南無阿弥陀仏』以外に、なんかバリエーションあんの?
唱えなあかん時に、間違えて阪神の応援歌とか口走ってもーたら、バチ当たるんちゃうか……。自分、大丈夫そう?」
「お経とか白装束とかいらないよ。ただのスタンプラリーだと思えば気が楽でしょ?」
「あ、それなら出来そうです!」
「……おぅ、見とけや! アプリのオッサンより、エグい数のお寺ブチ回して、腰抜かしたるからな!
ウチらにはな、オッサンにはない『若さ』っていう最強の武器があんねん。体力も気合いも、自分とはケタが違うんじゃ!
オッサンがチンタラ歩いとる間に、ウチらは光の速さで札所なぎ倒してくるからな。覚悟しとけよ!
ユッタ、行くぞ! 誰よりも速く、誰よりも多く回って、どっちが本物のお遍路か分からしたるんや。オッサン、後で泣きついても知らんで、ボケッ!」
*
四人が、四国の地図を広げた。
日が暮れるまで語り合った。
トラ子とユッタは、アプリが立てた計画の深さに大いに驚いていた。
本田も驚いていた。
(逆回りと順回りで、いずれ四国のどこかでぶつかる……)
本田は、アプリの顔を見た。
アプリは、地図を指でなぞっていた。
何も言わなかった。
ただ、トラ子とユッタを四国のタイムスリップに巻き込まないために、二人を別ルートで走らせようとしているのだということは、本田にはわかった。
それ以上は、何も言わなかった。
「……自分、やるやんけ! さすがアプリのオッサンやな。自分、旅のプロか何かなんけ?
こんだけオモロイもん考えたご褒美や。オッサン……今夜はユッタのこと、好きなだけ抱いてええぞ!
おいユッタ! 自分もそんなシケた顔すんな。今夜は黙ってオッサンの相手したれや! これだけのことしてもろたんやから、それぐらいの『誠意』見せんのが、野田の……いや、人間のスジってもんやろがい! よっしゃ、宴や、ボケェー!!」
こうして、四人のお遍路陣取りレースが開幕することが決まった。
*
夜も更けた。
寒さが強くなった。
本田がお湯を沸かした。
四人がカレーヌードルにお湯を注いだ。
三分、待った。
冬の澄んだ空気の中、星空が瞬いていた。
焚き火の明かりだけが、四人の顔を照らしていた。
ユッタが、一口食べた。
昼間のオリーブ牛が美味かった。
メスティンのご飯も美味かった。
でも、このカレーヌードルが、今日一番美味かった。
四人が、無言のまま啜った。
トラ子が、星を見上げていた。
何も言わなかった。
でも、その顔は、もう寂しそうではなかった。




