【reverse 93 異世界レベル】
野球教室も、だいぶ形になってきた。
勝手に名前を付けられた子供たちは、目指すべき選手に近づこうと、誰も怠けなくなっていた。
そして今日、最難関のポジション問題が浮上した。
ショートとキャッチャーだ。
*
「おい、アプリのオッサン! ええ加減ショートとキャッチャー決めんかい!
……ま、ショートはやらせるとしたら、あそこで泥だらけになっとるあの子しかおらんわな。あいつ、ハンドリングのセンスがハレンチにええやんけ。体もええ具合にしなっとるし、器用な動きさしとるわ。あの子やったらな、将来の中野拓夢……いや、中野を超えた『虎の核弾頭』に絶対なれるわ!」
「中野は誰もが認める男ではあるが、残念ながら野村勇には負けているぞ。中野は牽制死が多すぎるし、常に全力すぎて、ベンチに戻る時やアウトになった時の動きが、なぜかハムスターみたいに『ちょこまか』している。『排気量は小さいけどずっとレブリミットまで回してる小型バイク』みたいな、落ち着きのなさが笑えるな」
「アプリのオッサン、野村勇が中野より上やと? 笑わせんなや! あいつ、バット振ったら自分の勢いで後ろにひっくり返っとるやんけ! バイクで言うたら、ウィリーしようとしてそのままバク転しとるようなもんやぞ。ハレンチ極まりないわ!」
「……う、うるせえ! あれは『制御不能のパワー』なんだよ! 綺麗にまとまってる中野とは火力が違うんだ。……たまにブレーキが効かなくて三塁を回ってから転ぶこともあるが……それは、あいつの魂が加速しすぎてるからだ!」
「それを世間では『アホ』言うんじゃ、ボケェ!!」
本田が、球拾いから駆け寄った。
「……二人とも、落ち着いて! 日ハムの上川畑選手なら、確実にゴロを転がして進塁打を打ってくれるし、守備で転んだりもしないよ? あんないぶし銀な選手はなかなかいないと思うんだ!」
アプリとトラ子が、口を揃えた。
「「それ、誰だ(や)!」」
本田が、二人が本当に上川畑を知らないことを確認して、黙って球拾いに戻った。
*
職員室では、マネージャーの南ちゃんが律儀に報告していた。
「今日は中野拓夢って人と、野村勇って人と、上川畑って人だってさ」
「また増えたのね……」
南ちゃんが、グラウンドへ戻っていった。
「あ! 先生! ここに上川畑のカードがたくさんあります!」
「え? 本当に?」
小石先生が受け取って、首を横に振った。
「これは違うんじゃないかしら……。この人は上川ハタダイゴさんじゃないかしら?」
「上川……ハタダイゴ……。あ、そうか。苗字が上川なんですね。すいません。紛らわしくて。南ちゃんはカミカワバタって言ってましたよね。危うく間違えるところでした」
「野球選手って難しい苗字が多いのね……」
二人が、ウンザリしながら今日も開封作業に明け暮れた。
*
グランドでは、新たな問題が発生していた。
「おい、アプリのオッサン! ショートもビシッと決まったことやし、最後は一番肝心なキャッチャーやな!
ええか、野球なんてな、キャッチャーさえ『まとも』やったら、格上のエリート軍団相手でもひねり潰せるんじゃい!
……そう考えたら、あそこでミット構えとるあの子……あの子が最適やわ。構えに迷いがないし、ピッチャーへの目線がハレンチなほど座っとる。あの子やったら、阪神の坂本(誠志郎)みたいな、相手の脳みそかき回すようなエグいリードができるようになるで! ……決まりやな、オッサン!」
「坂本誠志郎? あれはダメだな。まず、肩が弱い。そして、『裏の裏の、そのまた裏』をかこうとしすぎて、結局ど真ん中にミットを構えて痛打されることがある。これをファンは『策士、策に溺れる』と笑ってるんだろ?
俺に言わせれば『キャブのセッティングを細かく弄りすぎて、結局アイドリングすら安定しなくなったバイク』みたいな状態だな。
あと、喋りがおじいちゃんすぎる。ヒーローインタビューやYouTubeでの喋りが、三十代前半とは思えないほど落ち着き払っていて、もはや『隠居した名工』のような風格だ。こんな小学生は嫌だろ?
キャッチャーとして育て上げるのなら、海野隆司か、少し古くなるが城島健司一択だろ。あの『座ったままの二塁送球』は、物理法則を無視したRS50のフルスロットルと同じだぜ。今やジョーはCBOとしてホークスの全軍を統括してる。あいつの魂が今のチームを支えてるんだ」
「ハァ!? 城島ァ? 誰やそれ、古すぎて知らんわ! あんなん、日曜の朝から磯で魚釣っとるだけの『釣り番組のタレント』やろがい!
そんなタレントがフロントにおるから、ホークスはいつまで経っても『お坊ちゃん球団』言われるんじゃボケッ!」
「……てめぇ、トラ子。今、何て言った? ジョーはな、メジャーで正捕手張った『世界のジョージマ』だぞ! 阪神にも一時期いただろうが!!」
「……あぁ、なんかそんなんもおったなぁ。でもウチらにとって城島は『怪我しに来た豪華な外車』みたいなもんや! 結局、阪神の扇の要は、叩き上げの矢野さんか坂本なんや! タレントと一緒にするな、ハレンチな!」
本田が、また間に入った。
「まあまあ、二人とも。落ち着いてよ。確かに城島も坂本誠志郎も最高のキャッチャーだけど、世界レベルで言うと日ハムにも世界レベルのキャッチャーがいるよ! ウチのマルティネスこそ世界に通用するキャッチャーさ! 打てるし守れるし、全盛期の城島よりも凄いんだよ! 奥さんも凄く美人なんだよ?」
アプリとトラ子が、口を揃えた。
「「それ、誰だ(や)!」」
「……あぁん? いま何て言うた? 『世界レベル』やとォ!?
自分、調子に乗るんも大概にせえよボケェ! 阪神の坂本がな、どれだけ日本の『湿度』と『情』を汲み取って、ドロドロのインサイドワークしとるか分かってんのか! そんなもん、横文字の名前のヤツにできるわけないやろがい!
世界がどうとか、メジャーがどうとか、そんなハレンチな看板振り回して野球ができるか! 野球はな、『甲子園の砂の匂い』と『ヤジの罵声』の中で磨かれてナンボなんじゃ!
城島より凄い? 奥さんが美人? やかましいわ!! 野球に関係ないこと持ち出しとんちゃうぞ!
ええか、本田。この日本で一番狭くて、一番しんどい『扇の要』を守るんはな、世界レベルのパワーやなくて、『近所のおばちゃん並みの気配り』ができる坂本みたいな男なんや!
どこの誰かも分からんアリエルやかなんやかしらんけど、そんな『世界』とかいうデカい言葉でウチらを丸め込めると思うなよ、このハレンチがぁーッ!!」
「そのマルティネスって奴は釣りをするのか? 城島は野球だけじゃなくて釣りも世界レベルだぞ? どうせマルティネスなんて野球しか出来んだろ? 城島は違う! 野球はむしろお遊びだ。彼は釣り師の要素の方が強いんだ。彼が本気で野球をやっていれば、もっと凄い選手になっていただろう……」
本田が、静かに球拾いに戻っていった。
(上川畑もマルティネスも、この世界では存在しないことになっている……)
*
職員室では、南ちゃんが今日の報告をしていた。
「坂本誠志郎って人と、海野隆司って人と、城島健司って人とマルチネスだってさ!」
南ちゃんが、グラウンドへ戻っていった。
職員室で、今日も黙々と開封作業が続いていた。
「あ! 小石先生! アッサリとマルティネスが出ましたよ! しかも、キラカードです!」
「やったね! その調子で頑張りましょう!」
二人が、拳を合わせた。
ユッタが、カードを高く掲げた。
そのカードには、「RAIDERS MARTINEZ」と書いてあった。
背番号は、35番だった。
所属球団は、中日ドラゴンズだった。
二人は知らなかった。
全く知らなかった。
疑う理由が、一切なかった。
「マルティネス」というカードを見つけた。
それだけで、十分だった。
「……これで今日の分は揃ったかしら」
「やっと終わりが見えてきましたね!」
二人が、達成感に包まれながらポテチを一袋開けた。
食べた。
美味かった。
*
夕暮れ時。
グランドの片付けが終わった。
本田が、職員室の小石先生とユッタのところへ顔を出した。
「今日集まったカード、見せてもらえますか?」
机の上を見た。
坂本誠志郎。
海野隆司。
城島健司。
そして、ライデル・マルティネス。
本田が、そのカードをしばらく見た。
「……あの、これ、別人です」
小石先生とユッタが、固まった。
「え?」
「これ、ライデル・マルティネスっていう、中日のクローザーです。アリエル・マルティネスとは別人で……」
二人が、カードを見た。
もう一度見た。
本田の顔を見た。
カードを見た。
「……ちなみに、ライデル・マルティネスっていうのは」
「セ・リーグの全打者が泣いて嫌がる、球界最強のクローザーです。本物を引いてましたね」
小石先生が、ため息をついた。
「……そう」
ユッタが、机に突っ伏した。
「……今日だけで何個開けたと思ってるんですか……」
窓の外に、夕日がグランドを照らしていた。
ポテチの山が、職員室の隅でひっそりと積み上がっていた。
アリエル・マルティネスのカードは、まだ出ていなかった。
■ 中野 拓夢(阪神タイガース) 虎の誇る「全開加速のリードオフマン」。圧倒的な運動量で内野を駆け巡る姿は、トラ子いわく「143試合フルスロットルで走り抜けても壊れない、最強の国産スポーツエンジン」。 派手なホームランこそ少ないが、泥臭く安打を積み重ね、どんなに厳しい打球も諦めずに追うその姿勢は、まさに「原付の旅」における不屈の精神を体現している。本田の推す上川畑が「静の職人」なら、中野は「動の鉄人」である。
■ 坂本 誠志郎(阪神タイガース) 投手陣のポテンシャルを120%引き出す「虎の精密制御ユニット(司令塔)」。 バッターの心理を読み切り、裏をかくそのリードは、アプリが舌を巻くほどの狡猾さと安定感を誇る。トラ子いわく「城島みたいな大排気量のパワーはないけど、どんな気難しい投手でも完璧に同調させて走らせる、最高のメカニック捕手」。アリエル・マルティネスのようなパワー型とは対極にある、「知性の壁」として君臨する。
■ 野村 勇(福岡ソフトバンクホークス) 圧倒的な身体能力を誇る内野手。2026年、今宮との激しいポジション争いの中で、その長打力を武器にショートの座を脅かす存在。アプリいわく「ホークスの加速装置」。
■ 海野 隆司(福岡ソフトバンクホークス) 「ポスト甲斐」の筆頭。強肩だけでなく、2025年シーズンの経験を経てリード面でも急成長。若手投手をリードする姿は、まさに新時代の司令塔。
■ 城島 健司(福岡ソフトバンクホークス CBO) 日米の歴史を塗り替えた最強の捕手。2025年からは球団の新役職『CBO』に就任。引退後は**『城島健司のJ的な釣りテレビ』**の看板タレント(?)として10年以上活動していたため、トラ子からは「野球もできる釣り師」というハレンチな認識をされている。アプリいわく「マウンドの孤独を知る、孤高のフィッシャーマン」。
■ アリエル・マルティネス(北海道日本ハムファイターズ) キューバ出身。NPBでは極めて珍しい「外国人捕手」として出場し、打撃でも主軸を担う強打の司令塔。トラ子に「誰や!」と叫ばれたが、本田いわく「異国の地で日本の配球を学び、チームを支えるその姿は、逆輸入のカスタムパーツのような美学がある」とのこと。日ハムファンの間では「アリエル様」と崇められる、北の絶対的守護神ならぬ守護捕手。
■ 上川畑 大悟(北海道日本ハムファイターズ) 社会人野球を経てドラフト9位(全体77番目)という「最後の一人」で指名された苦労人。トラ子から「ソレ、誰や!」と一蹴されたが、その守備能力はパ・リーグ屈指。どんな難球も涼しい顔で捌く職人芸は、本田いわく「カブのエンジン内部のように精密で、一切の無駄がない」。派手さはないが、通好みのファンを唸らせる最強の「隠し玉」的存在。
■ ライデル・マルティネス(中日ドラゴンズ) 中日の絶対的守護神。小石先生とユッタに「偽物のマルティネス」扱いされたが、球界最強のクローザー。もし彼が本当に偽物だったら、セ・リーグの全打者が泣いて喜ぶレベルの怪物。




