【reverse 91 大山か山川か今川か】
kasadera転生にてこの回の後日談を書いてます!
『k-02 寒ボラとライデルと、罪悪感のフライ』参照。
トラ子が、マウンドに立った。
「おらおら、お前ら! 一人ずつ順番に打席立たんかい! アプリのオッサン! 何ボサッとしてんねん、キャッチャー入ってや!
本田と手ぇ空いてる奴は球拾い走れ! ほら、グズグズせんと、さっさと打席立たんかボケ!」
アプリが、素直にキャッチャーミットをはめた。
トラ子とアプリが、まずキャッチボールを始めた。
球が走っている。
*
最初のバッターは六年生の男の子だった。
運動神経がよさそうだった。
右打席に立った。
トラ子が振りかぶって投げた。
空振り。
空振り。
空振り。
バットがボールを捉え始めたのは数球後だった。
かすりはしたが、初めて振るバットで、男の子はもうへとへとだった。
トラ子の指示で、次のバッターへ。
*
次に打席に立ったのは、五年生の身体の大きな男の子だった。
トラ子が投げた。
バットが、ボールを捉えた。
ヒット性の当たりが、転がった。
もう一球。
また芯に当たった。
「よっしゃ、合格や! 自分、ええツラしとるやんけ。今日からウチが、自分を『大山悠輔』としてビシバシ鍛え上げたげるわ!
名前も今日から『大山』な。返事は『はい』か『イエス』しか認めんから。ええか、自分ならウチのチームの四番張れるって信じてんねん。ガタガタぬかさんと、しっかりついてきや。期待しとるで、大山!」
捕手のアプリが、静かに立ち上がった。
「おいおい……コイツはどう見ても山川穂高タイプだろ。おい!坊主、お前は今日から山川穂高だ。山川と呼ぶからな!」
トラ子が、マウンドを降りてアプリに詰め寄った。
「アホ抜かせ! あんなん体デカいだけのピアノ弾きやんけ!
いっつもピアノばっかりポロポロ弾いとるから、足はもつれるし、バットにカスりもせえへんねん。あんなポンコツ、子供らに見せたらあかんで。教育に悪いわ!
ええか、あいつはバット振るより鍵盤叩いとる方が似合っとんねん。どすこい言うてる暇あったら、もっと走り込みせんかい、ボケッ!」
アプリが立ち上がった。
「大山悠輔なんて遊び心の無い大人を子供に教えるなど言語道断だ! 大山悠輔のヒーローインタビューを見たことがあるのか? あんなものは全校集会の校長先生だろ。とにかくコイツは俺が山川穂高として育て上げる!」
一触即発だった。
本田が慌てて間に入った。
「二人とも落ち着いて! トラ子もアプリさんもちょっと贔屓チームに引っ張られすぎですよ!」
「……はぁ? ほんなら聞くけどな、本田ぁ。自分、どこの球団推しなんよ? 野球のことカスほども知らんクセに、首突っ込んでくんなや!
ええか、ウチら阪神からしたらな、ホークスなんてのは『宿敵』中の宿敵なんじゃボケ! 日本シリーズの借りは一生忘れへんからな。
プロ野球のイロハも分かっとらん本田は、隅っこで指くわえて黙っとけ! 外野がガタガタぬかすんじゃねぇわ、カスッ!」
「一応、僕も贔屓のチームくらいはあるよ!」
「……んで? 自分、結局どこのファンなんよ、本田ぁ。さっきからガタガタぬかしとるけど、まさか、強い時だけ乗っかるニワカちゃうやろな。正直に吐けや。自分、一体どこの回しモンやねん!」
「日ハム!」
トラ子が、固まった。
「……はぁ? 自分、鹿児島出身やんな? なんで鹿児島やのに、よりによって日ハムなんよ! 脳みそ湧いとんのか、自分!
ええか、阪神とホークスの『頂上決戦』の邪魔すんなや。日ハムみたいな雑魚、ウチらの前にツラ見せんな、ボケッ!
……あぁ、そっか。自分ら日ハムファンって、『日本シリーズ』っていう言葉、教科書に載ってないから知らんのやな。
あのな、教えてあげるわ。シーズン終わった後もな、ホンマに強いチーム同士で日本一決める試合があんねん。自分とこ、いっつも早めに冬休み入るから知らんかった? 恥ずかしー!」
「そんな……酷い……ちゃんと僕でも日本シリーズは知ってるよ。それに、この子の打ち方を見ても僕から言わせてもらえば山川穂高でも大山悠輔でもないよ! この子こそ今川優馬が一番合ってると思う」
アプリとトラ子が、口を揃えた。
「「それ、万年二軍のヤツ!」」
「……自分、正気か? 目ぇ覚ませや! 今川なんて、どこの馬の骨かも分からんヤツ、誰が知っとんねん!
そんな二軍の補欠みたいなヤツ、子供らに教えんなや。自分、この子の将来潰すつもりか? ええ加減にせえよ!
もしこの子がな、いっつもケガばっかりしとるような、モヤシみたいなひ弱な男に育ったら、自分どない落とし前つけんねん!
ええか、教えるんなら、もっと根性据わった『本物のプロ』見せたれや。ガタガタぬかしとらんと、表出ろ、ボケッ!」
「本田……今川だけはダメだ。ヤツが一軍で活躍する未来がまるで見えん」
「でも、今川はメンタルさえ克服出来れば化けますよ?」
「……アホか。プロ野球選手まで登り詰めといて、まだ『鉄の心臓』持ってへんとか、その時点でもう終わっとんねん。
ええか、打席に立ったらな、周りに誰がおるよ? 結局は自分一人、孤独な戦いなんじゃ!
それって原付と一緒やろがい! 原付なんてな、一人で跨って、一人でアクセル回してナンボなんよ。
一人でシャキッと乗れんようなヘタレはな、原付乗る資格も、打席に立つ資格も、ハナからないんじゃボケ! 四輪の助手席で大人しく指くわえとけや!」
*
その瞬間だった。
トラ子とアプリが、ガッチリと握手した。
「この坊主は悔しいがトラ子に譲ろう。大山悠輔として育て上げる方が良いだろうな。確かに山川穂高は小学生に勧めるような人物では無かったな」
「せやろ! 分かってんやん、オッサン! 話が早いわ!」
一秒前まで一触即発だった二人が、急に肩を叩き合っていた。
本田が、黙って球拾いにトボトボと戻っていった。
(日ハムファンは、いつもこうだ……)
*
こうして、ホークスファンと阪神ファンの激突を経て、ようやくレギュラーメンバーが揃った。
その日のバッティング練習はそれだけで終わった。
*
職員室では、小石先生とユッタが世間話に花を咲かせていた。
お茶を飲んでいた。
グランドを見てもいなかった。
窓の外に、夕日がグランドを照らしていた。
トラ子のドヤ顔が、その夕日の中で眩しく輝いていた。
子供たちが、何かよくわからないまま、バットを振っていた。
野球教室初日は、そうして静かに終わった。
■ 大山 悠輔(阪神タイガース) 虎の不動の四番打者。どんな時も全力疾走を怠らない姿は「全校集会の校長先生」並みに誠実で、聖人君子と称えられる人格者。トラ子が心酔するのも納得の「根性の塊」だが、ヒーローインタビューの真面目すぎる受け答えは、確かにある種の「遊び心の無さ」を感じさせる。阪神ファンの誇りであり、道徳の教科書に乗るべき男。
■ 山川 穂高(福岡ソフトバンクホークス) 圧倒的な飛距離を誇る「どすこい」の体現者。西武からホークスへ移籍し、パ・リーグを恐怖に陥れる長打力の持ち主だが、実はピアノの腕前はプロ級という意外すぎる一面を持つ。アプリが「山川タイプ」と見抜いた身体の大きな男の子が、将来ピアノを弾き始めるかバットを振るかは、今のところ小豆島の神のみぞ知る。
■ 今川 優馬(北海道日本ハムファイターズ) 「執念!」の叫びと共にフルスイングを貫く、日ハムファンから絶大な支持を受ける熱血漢。元々ガチのファイターズファン(公文員)からプロになったという異色の経歴を持つ。メンタルと確実性さえ噛み合えば「化ける」と信じられ続けて数年、本田くんのようなファンは彼の一軍定着を涙ながらに待ち続けている。




