【reverse 89 時は動き出すとタイムスリップした件。】
苗羽小学校の正門前に、二台が止まった。
コンクリート造の、三階建ての校舎だった。
ベージュとグレーの落ち着いた壁面。
大きな窓が並んで、光をたっぷり取り込んでいる。
バリアフリーのスロープ。
正門の門柱には「小豆島町立苗羽小学校」と刻まれていた。
「ちゃんと苗羽小学校って書いてるよね? でも、中に人がいない? いるよね? 絶対に!」
「おい、マジやんけ……! 間違いなく人の気配しとるし、これ、ガチの給食の匂いやろ! なんで廃校のくせにメシの匂いさせとんねん!? 道理に合わんやんけ、絶対おかしいわ。
……なぁユッタ、これってもしかして……うちら、いつの間にかタイムスリップとかいうやつ決めてもうたんちゃう!? そうや! この虎柄のディオ様が時止めた拍子に、過去にぶっ飛んだんやわ! 勝ち確やん!」
「え? マジで? これってタイムスリップなの? 私ら帰れるの? ディオなんて名前のバイクに乗るから、こんな事になるんだよ!」
ユッタが、泣きそうな顔になった。
「ビビんなやユッタ! 大丈夫やって! このトラ柄のディオは、うちの最強のスタンドやんけ! 元の時代戻るくらい朝飯前や。
そんなんより、今の優先事項はアレやろ。このガキ共に、『あんたらの学校、将来なくなるで!』って教えたらなあかんのちゃうん? 今ここで楽しそうにメシ食うてる連中は、まさか自分らの母校がハコになるなんて夢にも思てへんはずや。
……せや! きっと神様が、『トラ子、あんたがこのガキ共を救ったれ!』って言うて、うちらをこの時代にブチ込んだんやわ! よっしゃ、行くぞユッタ! 気合入れんかい!」
「そ、そうだよね……。子供達を救えるのは、私とトラ子しかいないんだよね!」
*
二人が、教室の窓から中を覗き込んだ。
女教師と生徒たちが、給食を楽しそうに食べていた。
トラ子が、ガラス窓を叩いた。
女教師が気づいて、窓を開けた。
「何か御用ですか? ウチの生徒の身内の方かしら?」
「おい先生! ビビらんと落ち着いて聞きや。うちら、実は未来から来たんやわ。……ええか? この小学校、もうすぐ廃校になるで。やから今のうちに、このガキ共にガッツリ思い出作らせたってくれや。自分の母校が跡形もなく消えるっちゅーんは、後からジワジワ精神に来るもんやからな……。これは未来を知っとる、うちからのアドバイスや!」
「あ、はい……。確かにこの小学校は二〇二七年には廃校しますけど、すぐ近くの小学校と統合されるだけですよ?」
トラ子とユッタが、顔を見合わせた。
「二〇二七年? どういう事?」
「……は? 二〇二七年? ちょっと待てや、それ、うちらがおる時代よりも先の話やんけ……。え、マジでどないなっとんねん!? もしかしてこれ、あれか? 『タイムパラドックス』っちゅーやつか!? 過去に来たつもりが、未来の未来に飛ばされたんか!?
おい先生、一応確認や。……今、西暦何年やと思って喋っとんねん?」
「今日は二〇二六年の一月二十三日ですよ? それが何か? 未来から来られたのならお二人は何年の世界からいらしたの?」
沈黙が、降りた。
トラ子の顔が、みるみる赤くなった。
ユッタの顔も、みるみる赤くなった。
教室の中の十人の生徒たちが、大笑いしていた。
「なんやねん……うちら、タイムスリップもクソもしてへんかったんかい! 紛らわしいねん、ビビらすなや!
これ、全部あのアプリのオッサンと本田のせいやからな! あと、どんぐりのババアもや! せっかく小豆島まで乗り込んできたのに、うちらにこんなクソ恥かかせやがって、マジで許さんわ!
次あいつらに会うてみろ、あのアプリリアRS50のカウル、素手でバキバキに剥ぎ取って全裸にしたるからな! 首洗って待っとけよ、ボケナス!」
「あら? お二人はあのRS50とプレスカブの知り合いですか?」
「おっ、自分! あいつらのこと知っとんのか!? あいつら今どこにおるんか分かる? うちら、あいつらに会うためだけに、はるばる小豆島まで乗り込んできたんや! ほら、モタモタせんと、とっとと教えてや! なぁ!」
「知ってるっていうか、あの二人もここに来ただけなので、私は名前すら知りません。あ、でも、彼らが泊まっていそうな場所はわかるかもしれないわ? 無駄足になるかもしれないけど、夕方にまたここへ来てくれたら、彼らが泊まっていそうな宿まで案内しますよ?」
「マジで!? うわ、助かるわぁ! 夕方またここ戻ってきたらええんやな? 分かった、絶対来る! ありがとな、先生! おおきに!」
*
女教師から岬の分教場の場所を教えてもらって、二人は島の観光を満喫した。
そして放課後、苗羽小学校へ戻ってきた。
正門の前に、SDR200が現れた。
「お待たせ! さあ、行きましょう! 着いてきて下さい」
SDRが、ゆっくり走り出した。
トラ子が、後ろを着いていきながら小声で言った。
「先生のバイクもまあ、そこそこええツラしとるけどな……。けど、無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァー!! うちのトラ柄のディオ様の方が、圧倒的に速いっちゅーねん! 勝負にもならんわ、ボケェ!」
三台が、ゆっくりと小豆島の道を行く。
西の空がゴールデンアワーに染まっていた。
オレンジ色の光が、醤油蔵の黒い板壁に反射している。
SDRが先導して、虎柄のディオが続き、ジョグZRが後ろを走る。
三台とも、速度は揃っていた。
誰も急かさなかった。
それがプチマスツーリングというものだった。
*
小石先生が、とある廃校の前で止まった。
「たぶん、彼ならここに泊まってると思うんだけど……彼らのバイクが見当たらないわね……」
「先生、ここは学校……ですよね?」
「そう、ここは廃校を利用したゲストハウスなの。彼らは廃校について興味がありそうだったから、きっとここに泊まってると思ったんだけどなぁ……。とりあえず、ここの管理人さんに聞いて来ますね!」
小石先生が、ゲストハウスの中に入っていった。
「トラ子、そろそろ帰りのフェリーの時間だよ?」
「ここ探しておらんかったら、もう速攻でフェリー乗り場まで爆走するで! あとは小石先生次第やな……。もしフェリー間に合わんかったらさ、小石先生の家に泊めてもらえばええんちゃう?
……てか、あの先生って独身なんかな? もし一人暮らしやったら、うちらが転がり込んでも問題ないやろ!」
小石先生が戻ってきた。
笑顔だった。
「ビンゴ! やっぱりここに泊まってるって! 今は二人ともバイトに行ってるから、もうすぐ帰ってくるみたい! 良かったね!」
「バイトぉ!? なんでこんな島まで来て、わざわざバイトなんかしてんねん! あいつら、うちらに奢り倒せるくらいの金持ちちゃうんかい!
話がちゃうやんけ! 金持ってへんのやったら、うちらの山口までの旅費、誰がケツ持ってくれるん!? マジで意味分からんねんけど!」
小石先生はSDRのシートを撫でながら呟く。
「あの二人はお金が無いわけじゃないと思いますよ? たぶん、この宿が居心地いいから連泊するついでの暇つぶし程度のつもりなんだと思う」
ユッタもジョグのシートを撫でながら呟く。
「暇つぶし……なんかわかるかも……。見知らぬ土地で未体験の仕事をするってなんか憧れちゃう」
「そうね、きっとあの二人はそんな旅をしてるんじゃないかな?」
三人が、宿の前で待った。
空が暗くなっていった。
「あ! トラ子! 船の時間! もう過ぎてた!」
「マジか……! 最終の船、完全に逃してもうたやんけ。詰んだわ〜。
なあ、小石先生! もしあのアプリのオッサンがシブって宿代貸してくれへんかったらさ、今夜うちらのこと泊めてくれへん? 見ての通り、うちら一文無しやし、テントすら持ってへんねん。このままやと、うちら女子高生が野垂れ死ぬことになんで? 先生、そんなん寝覚め悪いやろ? なぁ、頼むわ!」
「そんな事でいいなら私も大歓迎よ」
「小石先生、ありがとう。助かります」ユッタが安堵して笑顔になる。
*
その時、遠くから甲高い二ストの音が聞こえてきた。
「この音!」
アプリリアRS50が、颯爽と現れた。
アプリが降りた。
三人を一瞥した。
夜の宿の前に立っている人たち、という認識だったのだろう。
それだけだった。
アプリは何も言わず、さっさと宿の中へ入っていった。
三人が、固まった。
「ウリリリリリリリリイイイイーッ!! ちょ、待てや! うちら、いつの間にか透明人間にでもなったんかい!?
あのアプリのオッサン、うちらのこと見えてへんのか? それとも眼科行った方がええレベルの節穴なんか!? あんなに華麗にスルー決め込むとか、マジで人間業ちゃうやろ! 人としてどないなっとんねん、ボケェー!!」
宿の灯りが、三人の顔を照らしていた。
そこへ、トコトコとプレスカブが現れた。
本田が降りて、三人を見た。
「あれ? トラ子? どうしたの? こんなとこで……」
三人が、ようやく自分たちが透明人間ではないことを確認した。
本田が、不思議そうに三人を見つめていた。
宿の灯りが、煌々と小豆島の夜を照らしていた。




