【reverse 88 プレミア確定演出、廃校への疾走】
数日後。
トラ子とユッタは、近所のバイク屋にいた。
二台の原付に、純正リアキャリアが装着されていた。
「これでうちらの原付も旅出れるやんけ! つーか、羽付いてへんでも案外ダサないな! っていうかさ、逆にこのリアキャリアが『正解』に見えてきたわ。渋いやん、これ!」
「うん。むしろ羽を付けてた方が違和感があるかも……」
二人が、バイク屋を後にした。
虎柄のディオと、ジョグZRが並んで走った。
後ろに、荷台がある。
それだけで、全然違うバイクに見えた。
*
もはや常連となった喫茶どんぐりに来た。
おばあちゃんが、「ゆっくりしていってね」と笑って迎えた。
二人が、スマホを広げた。
「スマホのナビで見たら、山口まで五百五十キロくらいあるやん? 原付って時速三十キロは出せるわけやろ? っちゅーことは、十時間ブッ飛ばしたら三百キロは進める計算やんな。……てか、二日もありゃ余裕で山口着くくない? 余裕っしょ!」
「でも、ウチらは金が無いじゃん! ホテル代とかどうすんの?」
「そんなん、あいつらみたいにテントで寝たら宿代とか浮くやん? 小豆島行った時、キャンプ場でテントも寝袋も貸してくれたで。……え、あれってタダやったんかな? 記憶ないけど!」
ユッタが、スマホで尾道あたりのキャンプ場を調べた。
「嘘!? トラ子! あんた間違ってるよ! テントどころかキャンプ場にもお金がかかるよ! 高いとこだと四千円も取られるよ? レンタル代も三千円くらいするよ? これならホテルの方が安いんじゃない?」
「マジで!? っちゅーことは、小豆島の時はあのアプリのオッサンが全部ケツ持ってくれてたってこと? うわ、今の今まで気づかんかったわ、ウケる! それにしてもキャンプ場って、ただの更地やん。それでそんな取るん? エグい商売しとんなぁ……。せっかく気合い入れてリアキャリアまで付けたのに、軍資金なさすぎて笑えてきたわ。ユッタ、あんた今、なんぼ持ってる? 出せるだけ出しーや!」
「今年のお年玉がほぼ残ってるから三万円ならあるよ」
「うわ、うち全財産一万しかないわ……」
トラ子が、天井を見た。
三秒考えた。
「……よっしゃ! こうなったらスポンサーに甘えに行こ! うちらの魅力でスポンサーをメロメロにさしたったらええねん。余裕っしょ! そうと決まれば行き先変更! うちらが目指すんは小豆島や。あっこ行けばなんとかなるやろ!」
「アンタ、また奢って貰おうとしてるの? そんなに上手く行く?」
「大丈夫やって! 余裕、余裕! あのアプリのオッサンも、本田とかいうクソガキも、どう見たってモテへんタイプやん。うちらみたいな美少女と山口まで旅できるってわかったら、あいつら絶対大はしゃぎして、道中のカネなんて全部自分らで出してくれるに決まってるやん!
よっしゃ、これでもう勝ち確やん。うちらは可愛くおるだけで山口まで行けるってことやろ? 天才ちゃう?」
「でも、アイツら変なことしてこない?」
「もしそんなんになったらさ、ユッタがあいつらの相手したったらええやん! あんた、いっつも『彼氏欲しい〜、出会いない〜』ってボヤいてたやん。ちょうどええ機会やろ!」
その時、おばあちゃんがコーヒーのお代わりを持ってきた。
二人の会話を聞いていた。
「お姉ちゃん達、心配しなさんな。あの二人なら変なことはしないよ。私は接客業を四十年やってきたの。だから、人を見る目は確かなのよ。変な勘繰りはしなくていいから、あの二人を頼ってご覧なさい。必ず、素敵な方向へ向かうはずだから」
おばあちゃんが、微笑んだ。
トラ子とユッタが、顔を見合わせた。
「……ありがとうございます」
二人が、素直に言えた。
*
翌日。
二台の原付が、リアキャリアを満載にして走り出した。
着替え。
DAISOのお泊まりグッズ。
スマホホルダーが、ハンドルに装着されている。
完全な、旅仕様だった。
姫路港まで、トラ子はナビに頼らなかった。
三度目のルートだ。
すいすい進んだ。
姫路港に着いた。
トラ子が、乗船手続きをした。
「アンタ、こんな事まで出来るようになってたんだね」
「せやねん、この船乗んのも三回目やし! ぶっちゃけ、小豆島とかもうウチの庭みたいなもんやから。島のツラは全部わかってるし、ウチに任せとき!」
ユッタが、初めて見るフェリーを見上げていた。
目がきらきらしていた。
トラ子が、得意げに車両甲板について説明した。
やがて二輪の乗船が始まると、二人は胸を踊らせながら、颯爽と車両甲板へ消えていった。
*
デッキから、姫路港が遠ざかっていく。
「なんか今、めっちゃ旅してる感があるね!」
「せやろ? やっとユッタのファミコンにもカセット来たんやんか。これでやっとこさゲームできんねんで! 長かったなぁ、マジで!」
二人が、並んで海を見ていた。
*
小豆島オートビレッジヨシダに着いた。
「ここ! ここやって! ここにアプリのオッサン泊まっとんねん。……さてと、そのオッサンと本田はどこ行ったんかな……。どっかその辺におるやろ?」
キャンプ場の宿泊客を、全員確かめた。
アプリも、本田も、いなかった。
「まさか、あの二人はもう島を出たんじゃないの……?」
「ウソやろ!? あいつらおらんかったら、始まらへんねん!……どんぐりのババア、ウチにガセ掴ませやがったな!」
二人が、島を一周した。
それらしきバイクは、どこにも見つからなかった。
*
中山千枚田の近くにある、こまめ食堂に入った。
隠れ家のような店だった。
窓の外に、棚田が広がっていた。
二人が、向かい合って座った。
「なぁ、どないする? 一回、家帰ろか。あの二人がおらんのやったら、この島におる意味もゼロやしなー。……しゃあない、またバイトでもして軍資金貯め直してから、山口目指そか!」
「それがいいかもね。でも、フェリーの最終までまだ時間もあるでしょ? それなら、観光してから帰ろうよ! ここって岬の分教場ってのが有名らしいじゃん」
「せやんな! せっかくここまで来たんやし、ガッツリ楽しんどかな損やん! で、その『岬の分教場』って、一体どないなとこなん? おもろいん?」
「さあ? どんなとこなんだろ? ググってみるよ……えっとね、苗羽小学校っていう廃校らしいよ」
二人が、食後のお茶を飲んだ。
棚田が、冬の光の中に広がっていた。
振り出しに戻ったはずなのに、なぜか二人は全然落ち込んでいなかった。
むしろ楽しかった。
なぜ楽しいのかは、よくわからなかった。
でも楽しかった。
それが全部だった。
*
店を出た。
二人がスマホを開いた。
「苗羽小学校」と入力した。
「これでよし! 苗羽小学校へ行こう!」
「よっしゃあ! 苗羽小学校やな! 首洗って待っとけよ! このトラ柄のディオ様が、光の速さで廃校にしたるからな、覚悟しときや〜!」
「もうとっくの昔に廃校してるよ!!」
二人が笑った。
虎柄のディオが走り出した。
ジョグZRが続いた。
リアキャリアに、荷物が揺れている。
二人の笑い声が、冬の小豆島の空に鳴り響いていた。
アプリも本田もいない。
スポンサー作戦は見事に空振りした。
軍資金は心細い。
でも、二人にはどうでもよかった。
ただの廃校へ向かっているだけなのに、まるで黄金郷へ続く道を走っているみたいだった。
十七歳の冬というのは、そういうものだった。




