【reverse 85 寒空の激アツ虎柄カレーヌードル】
翌朝。
本当に来た。
虎柄のディオが、キャンプ場の入口に現れた。
黄色と黒の配色が、冬の朝の山道に場違いなほど映えていた。
「っしゃ、カップヌードルミュージアムまで行くで! 案内したるねんから、ウチの分のマイカップヌードルもきっちり奢りや、分かってんな!」
本田が、アプリを見た。
アプリが、サングラスをかけながら何も言わなかった。
*
止々呂美の冷たい朝の空気の中、三台が走り出した。
国道423号を南下する。
左右を山に挟まれた急な下り坂だ。
朝の霧が、低いところに漂っていた。
「ここ、エンジンブレーキ使わなブレーキ焼けるで! うちのディオ、最高速チャレンジすんのいつもここやねん!」
トラ子が、笑いながら叫んだ。
虎柄のディオが、坂を駆け下りていく。
本田が、慎重にエンジンブレーキをかけながら後を追った。
池田市街に近づくと、道が細くなった。
民家が増えた。
「この辺、道狭いからダンプに気ぃ付けや。アイツら、原付おっても関係なしに寄せてくるからな」
やがて、阪急宝塚線の高架が見えてきた。
信号が増えた。
池田の街中だ。
「やっと池田の街中や。自分ら、お腹空いてへん? コンビニ寄るか?」
*
喫茶どんぐりに入った。
サカエマチ商店街を抜けた先の、古い喫茶店だ。
朝七時から開いているらしい。
入り口のレンガが、長い時間の色をしていた。
すりガラスの扉。
手書きの看板。
店主のおばあさんが、「ゆっくりしてってね」と笑って迎えてくれた。
三人が席に着いて、モーニングを頼んだ。
「自分ら、カップヌードルミュージアム終わったら次どこ行くん? またあのキャンプ場戻るんけ? ったく、あんな寒いとこよう寝れるな、自分ら」
「いや、僕らはこの後は小豆島に行くんだよ」
「はぁ? なんでまたあんなとこ。あっこらへんホンマに何もないで。行ってどないすんの、アホなん?」
「まあ、それでも行ってみたいんだよ。僕は鹿児島を出てからまだ一度もつまらなかった街は無かったからね」
「はぁ? マジで言うてんの? ほんならこの池田駅のどこがええねん。こんなん、どこにでもあるスカスカの商店街やんけ。どこがオモロいんか、ウチに説明してみぃや!」
本田が、少し考えた。
「……例えば、このお店。入り口のレンガからしてもう、積み重ねてきた時間が違うっていうか……。看板の文字も、すりガラスの感じも、わざと作ったレトロじゃなくて、ずっとここで大切にされてきた『本物』って感じがするよね。店主のおばあさんも、あんなに優しく笑って『ゆっくりしてってね』なんて……。初めて来たのに、実家に帰ってきたみたいにホッとしちゃいました。こういうお店がまだちゃんと残ってるって、いいなぁ……」
トラ子が、店内を見回した。
入ってからずっと何も見ていなかった自分に、初めて気がついたようだった。
「ほんまや……。めっちゃ渋いやん、ここ。今まで何回も通ってたのに、全然目に入ってへんかったわ……。なぁ、なんでウチ、こんなん気づけへんかったんやろ……」
本田が続けた。
「原付ってさ、本気で走れば六十キロで走れるよね? でもね、ゆっくり走ることも出来るんだよ。こんな事を車でやると後ろの車に迷惑になるけど、原付ってゆっくり走っても後続車がいる事が無いからさ。誰にも迷惑にならないんだよ。初めて走る街はなるべくちゃんと見て走りたいからね。だから、今から小豆島も楽しみだし、姫路のフェリー乗り場まで走るのも楽しみなんだ!」
トラ子が、黙っていた。
コーヒーカップを両手で包んで、窓の外の商店街を見ていた。
「……確かにそうかもな。ウチ、今まで『ゆっくり走る』なんて考えたこともなかったわ」
それから、少し間を置いて言った。
「なぁ、自分らは小豆島で泊まるとこ決まってんの? ウチも行きたいねんけど……今から探して宿とか見つかるかな?」
本田が、困り果ててアプリを見た。
アプリが、スマホを取り出した。
しばらく操作して、顔を上げた。
「キャンプ場の予約は取れたぞ。テントのレンタルもある。あとは親の了承を貰え」
トラ子が、その場で電話した。
三十秒で戻ってきた。
「オカン、OKしてくれたわ! なぁアプリのおっさん! 金貸してーな! 船代とか全部頼むで、マジで! あとウチ、姫路まで走ったことないねんけど、いけるかな? 道とかさっぱり分からんし、ちゃんと連れてってや!」
「わかってる。金の心配はするな」
「トラ子も一泊くらいなら遠慮しないで良いからね! 一昨日まで名古屋でかなりいいバイトにありつけたんだ!」
おばあさんが、コーヒーのお代わりを持ってきた。
「ゆっくりしてってね」
また笑った。
トラ子が、今度はちゃんとその笑顔を見ていた。
*
カップヌードルミュージアム大阪池田に着いた。
三人が、マイカップヌードルの体験コーナーに並んだ。
カップに絵を描いて、スープを選んで、具材を選ぶ。
三人全員が、謎肉仕様のカレーヌードルを選んだ。
「なんで自分ら、全部一緒やねん」
「だってカレーが一番だから」
「……まあ、そうやな」
トラ子が、自分のカップに虎の絵を描いた。
本田は、プレスカブを描いた。
アプリは、何も描かなかった。
(アプリさんのカップ、無地だ)
本田が見ていると、アプリが短く言った。
「絵は描けない」
*
カップヌードルミュージアムを出た。
国道171号を西へ走った。
加古川を越えて、姫路の街が近づいてきた。
姫路港に着いた。
十六時。
フェリーの乗船手続きをした。
バイクを並べた。
係の人に誘導されて、車両甲板に乗り込んだ。
トラ子の目が、見開いた。
「ハァ!? バイクで船乗れるとか知らんかったわ! えぐッ! 最高やんけ自分!!」
「僕も初めてフェリーに乗ったときはそんな感じだったよ! 本当にこの瞬間は最高だよね!」
出港した。
トラ子が甲板に飛び出した。
姫路港が、遠ざかっていく。
岸壁が小さくなっていく。
街の灯りが、水面に滲んだ。
「マジで、おもんない街なんてどこにも無いんやな……。こんなただの港町やのに、めっちゃオモロいやんけ!」
トラ子が、しばらく港を眺めていた。
アプリが、船内でコーヒーを飲んでいた。
本田は、甲板でトラ子の隣に立った。
冬の海風が、二人の頬を叩いた。
*
十九時五分。
小豆島、福田港に着いた。
フェリーのランプが降りた。
三台が、島に上陸した。
「ハァ!? 『アズキの島』って書いて『しょうどしま』って読むんかよ! わけわからんけど、えぐいな! なんでウチ、今日までこんなん気づかんかったんやろ。原チャって……こんなにオモロいもんやったん? マジでやばいわ!」
「ほらね? つまらない街なんて無いんだよ。でも、今夜はもっと驚く事があるよ! さあ、キャンプ場へ行こう!」
*
小豆島オートビレッジヨシダに着いた。
管理人が待っていてくれた。
トラ子用のレンタルテントを手渡してくれた。
本田が、あっという間にテントを張った。
アプリが、焚き火を起こした。
本田がお湯を沸かした。
三人が、カップヌードルミュージアムで作ったカップを取り出した。
虎の絵のカップ。
プレスカブの絵のカップ。
無地のカップ。
お湯を注いだ。
三分、待った。
フタを剥がした。
蒸気が、冬の夜気に白く溶けた。
カレーの匂いが、焚き火の煙と混ざった。
*
トラ子が、一口食べた。
黙った。
もう一口食べた。
また黙った。
謎肉が、カレースープに沈んでいる。
自分で選んだ具材が、ちゃんとそこにある。
焚き火の熱が、手に伝わってくる。
星が、眩しかった。
一月の小豆島の空に、星が満ちていた。
トラ子は、今まで食べたどんな高級な食事のことも思い出せなかった。
今食べているこれが、一番旨かった。
三人が、黙々と食べた。
焚き火が、パキッと鳴った。
それだけだった。
それで十分だった。




