【reverse 83 笠寺の少女まいんvsロッテンマイヤー】
花の引越しが、無事に終わった。
青森から帰ってきたアプリは、なぜかゲッソリしていた。
本田が「何かあったの?」と花に聞いても、花も心当たりがないようだった。
アプリは、何も答えなかった。
花は完全に名古屋市民になって、新生活を始めていた。
*
ある日、モト子のもとに、二つの荷物が届いた。
一つは花の制服。
もう一つはモト子の制服だ。
「開けていい?」
「開けて!」
花が梱包を解いた。
出てきたのは、明るいパステルピンクのコックコートだ。
パフスリーブ。
白いフリルの袖口。
低めの立ち襟。
胸元の赤いリボン。
白いエプロンには、大きなリボンと重ねフリルが贅沢についている。
コック帽はピンクのラインが入っていて、イチゴとチェリーの飾り付きだ。
花が着替えてきた。
「ピンクのコックコートなんだね。花さんらしくていいんじゃない?」
「そうかな? ありがとう!」
花が、姿見で自分の姿を確認した。
*
「次は私の番ね!」
モト子が、自分の梱包を開けた。
「モト子さんは本当にメイド衣装にしたんですか!?」
本田が少し狼狽えた。
「だってカフェはメイド服を着れば流行るんでしょ?」
「いや、それはまた別の形態のカフェの事ですよ?」
モト子が、着替えて更衣室から出てきた。
一同が、呆気にとられた。
漆黒のドレスだった。
足首まで届く長いスカートは、たっぷりと生地を使い、歩くたびに重厚な衣擦れの音を立てる。
混じりけのない黒に、雪のような白のエプロンが鋭いコントラストを描いていた。
頭上には、精緻な刺繍が施されたキャップ。
首元をきっちりと覆うスタンドカラー。
手首まで隠す長い袖。
ボタンの一つひとつが、きっちりと留められている。
「モ、モト子さん? そのメイド衣装は………」
本田が言葉を失った。
現代のメイドカフェのあれとは、全然違う。
何周も回って斬新すぎた。
鈴菌だけが、感心したように頷いた。
「なかなか、良い趣味してるな。モト子。これが本物のメイド服だ」
鈴菌がサムズアップした。
褒められたモト子も、サムズアップで返した。
本田と花が、小声で話し合った。
「花さん……モト子さんってメイドカフェとか知らないんじゃない?」
「うん……。きっとそう……。でも、逆にミニスカのメイド服じゃなくて良かったんじゃない?」
「うん……。たぶんこれが正解だと思う……。なんかますます年配の女性に見えるけど、今どきのメイド服を着られるよりはマシかもね……」
こうして、二人の制服が決まった。
*
一月中旬。
グランドオープンを前に、数日間だけ子供食堂としてプレオープンすることになった。
旧東海道の宿場町の面影を残す笠寺の路地裏に、深いネイビーブルーと古い木材でリノベーションされた建物が立っている。
壁面には、プレスカブの錆びたマフラーやヴィンテージバイクのピストン、使い古されたスパナが、アートのようにディスプレイされていた。
軒先のオレンジ色のエジソン電球が、路地をぼんやりと照らしている。
エンジンの形に切り抜いた木の看板に、掠れたゴールドの文字で刻まれている。
『Rider's★I have a low exhaust』
『Cafe & Rider's House』
『Since 202X Kasadera』
デニム生地のフラッグには、『Open(子供食堂営業中)』と書いてある。
風になびいていた。
*
最初の日から、近所の子供たちが集まってきた。
ピンクのコックコートを着た花を見た瞬間、子供たちの目が輝いた。
「まいんちゃーん! 今日のハンバーグ、ハートの形にしてー!」
「まいんちゃん、おいしくなーれの魔法かけてー!」
「えへへ、いいよー! みんな、手洗った? おいしくなーれ、アラモード!♪」
花が、リズムに合わせてハンバーグをひっくり返した。
軽やかだった。
「「わーい! まいんちゃん大好きー!」」
子供たちが歓声を上げた。
そこへ、お冷を持ったモト子が来た。
「あ、ロッテンマイヤーさん。お水おかわり。あと、こぼしたから拭いといて」
モト子の額に、青筋が浮かんだ。
「……ちょっとぉ! 花ちゃんには『まいんちゃん』で、私はロッテンマイヤー!? しかも何その使い走りみたいな態度は! 拭いといてじゃなくて『拭いていただけますか、モト子お姉ちゃん』でしょ!?」
厨房では、花が歌い続けていた。
「♪お鍋の中は〜パラダイス〜! おいしくなーれ、アラモード! はいっ!♪」
「「「かわいいーーー!! まいんちゃーーーん!!」」」
手拍子と大歓声が響いた。
モト子がドカドカと厨房に踏み込んできた。
「……ちょっとぉぉ! 花ちゃん! 歌わない! 踊らない! 裾が舞ってて危ないでしょ! ここは戦場なのよ! だいたい何なの、その『アラモード』って! デザートじゃないんだから!」
*
カウンター席では、本田とアプリとVタックがプラッシーを飲みながら眺めていた。
「……あはは。モト子さん、また子供相手にマジになってる。……でも、あんなに楽しそうなモト子さん、キャノンボール以来かもしれないですね」
「そうだねぇ〜。子供たちに『ロッテンマイヤーさん』と呼ばれながらも、ちゃんと給仕する姿……。本物のメイドのような、孤高の魂を感じるねぇ〜」
Vタックが、眼鏡を拭きながら言った。
*
軒先では、全身スズキのワークスカラーのツナギを着た鈴菌が、近所の小学生三人組と向かい合っていた。
原付カードゲームの対戦中だ。
「……フン、甘いな。貴様らのカブやメイトでは、俺の『2ストの魔力』には勝てん。……いくぞ。俺のターン! ドロー!!」
鈴菌が、デッキから一枚のカードを凄まじい気迫で引き抜いた。
虹色に輝くホログラム仕様だった。
カード名:【2ストの狂気】RG50Γ(ガンマ)
BP:250
特殊能力:ウォーターウルフ(水狼の咆哮)
このカードが場に出た時、相手のベンチにいる4スト原付をすべて『マヒ』状態にする。
「「「あーーーーっ!!! ウルトラレアだ!!! 卑怯だぞ!!! ガンマなんて、まだカードリストに載ってないじゃん!!」」」
「鈴菌のバカ! 汚い! 大人はそうやって、強いカードで俺たちをいじめるんだ!」
「そうだそうだ! ロッテンマイヤーさんに言いつけてやる!」
「……なんとでも言うがいい。勝負の世界に大人も子供もない。あるのは『性能』と『勝利』のみだ。……さあ、ガンマの『ウォーターウルフ』発動! 貴様らの鉄カブどもを、2ストの白煙の中に沈めてやる!」
鈴菌が、全力でカードを場に叩きつけた。
子供相手でも、一ミリも手を抜く気はなかった。
*
店内からは、子供たちの笑い声と花の歌声と、モト子の「廊下を走らない!」という声が漏れ続けていた。
軒先では、ガンマに全滅させられた子供たちが「ロッテンマイヤーさーん! 鈴菌が卑怯なカード使った!」と訴えに走っていた。
本田が、プラッシーを吸いながら言った。
「……Vタックさん、このお店、本当に大丈夫ですかね?」
「大丈夫だよ、本田くん」
Vタックが、穏やかに答えた。
「騒がしい店には、人が来る。静かな店には、人が来ない。……これが商売の真理だねぇ」
路地の外を、笠寺の子供たちが走り抜けていった。
「まいんちゃんのお店に行こう!」
その声が、エジソン電球の下に消えていった。
*
夕方。
子供食堂が終わった。
花がエプロンを外しながら言った。
「ところで、まいんちゃんって誰なんでしょう……?」
本田が、スマホを見た。
「NHKのクッキングアイドルですよ。花さんのコックコートと全く同じ衣装なんです」
「え!? 私そんな人知らないんですけど!?」
「でも、なりきれてましたよ。完璧に」
花が、姿見をもう一度見た。
「……無自覚だったんですね、私」
「花さんは…たまに別人になりますよ…。料理してる時だけですが……」
モト子が、黒いドレスのスカートを整えながら言った。
「で、私のロッテンマイヤーって誰なの?」
「アルプスの少女ハイジに出てくる、ハイジに厳しいメイドさんです」
「………」
モト子の額に、再び青筋が浮かんだ。
「……花ちん! 明日から衣装チェンジを要求するわ!!」
「モト子さん、これが本物のメイド服ですよ! 鈴菌さんも褒めてたじゃないですか!」
「鈴菌に褒められても嬉しくない!!」
笠寺の路地裏に、笑い声が満ちた。
エジソン電球が、温かく揺れた。
グランドオープンまで、あと数日だった。
柊まいん(ひいらぎ まいん)★★★★★
「キッチンはマイ・ステージ!食の聖天使」
HP: 1500(どんな失敗も笑顔でリカバーする不屈のメンタル)
攻撃力: 200(おたま一本で戦場を平和に変える。物理攻撃ではない)
素早さ: 850(番組の尺に合わせて完璧に調理を終えるタイムマネジメント能力)
知力: 900(栄養バランスと色彩設計、そして視聴者の心を掴む演出力)
特殊スキル:【ハピハピハッピー!】
歌いながら調理を開始すると、周囲の殺伐とした空気を一瞬で浄化する。本田や鈴菌のような「こだわりが強すぎて衝突しがちな男たち」も、一口食べれば「おいし〜い!」と叫んで和解せざるを得ない強制和平スキル。
装備品:【伝説のホイッパー】
空気を混ぜることで、重たい雰囲気もメレンゲのように軽く仕上げる神器。
弱点:【キャベツの千切り(初期)】
初期状態では包丁さばきに危うさが見えるが、エピソードを重ねるごとに「知力」と「器用さ」が爆上がりし、隙がなくなる。
ロッテンマイヤー(フラウ・ロッテンマイヤー) ★★★★
「フランクフルトの規律・ガーディアン」
HP:1800(山のような過酷な環境でも、決して崩れない鉄の意志と健康管理)
攻撃力:550(「アーデルハイト!」の咆哮は、物理的な衝撃波を伴う。マナー違反は許さない)
素早さ:400(機敏ではないが、不審な動きを察知すると背後に音もなく立っている)
知力:880(礼儀作法、家事管理、歴史、教養。完璧な貴族教育の体現者)
特殊スキル:【「お行儀」の呪縛】
彼女が眼鏡を光らせて指を立てると、周囲の「野蛮な行動」が封印される。鈴菌がZZにリアキャリアを付けようとしたり、本田がテントを広げようとした瞬間、**「それは、はしたないことです!」**の一喝で全行動がキャンセルされる。
装備品:【鉄の眼鏡(フレーム:冷徹仕様)】
これを通すと、相手の「礼儀作法値」が数値化されて見える。不合格者には容赦ない追加教育が飛ぶ。
弱点:【四足歩行の獣(猫・ヤギ)】
猫を見ると卒倒するほどのパニック状態に陥る。




