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【reverse 82 恩送りのお引越し】

 十二月二十七日の朝。


 最後の原付ライダーが帰っていった。


 ガレージが、静かになった。


 花が、本田とアプリを呼んだ。


   *


「私、この店で働くよ。だから、私の旅はここで一旦終わるね」


「うん、きっと花さんならそう言うと思ってた」


「お前ならここを必ず人気店に出来る。モト子と頑張れ」


「うん! 二人ともここまで私を連れてきてくれてありがとう」


 三人が、グータッチをした。


「I have a low exhaust!」


 そこに、鈴菌が慌てて割り込んできた。


「おい! 俺も一緒に幕末から旅しただろ!」


 四人で、グータッチをした。


 四国の逆打ちから始まったことを、全員が思い出していた。


 しばらく、思い出話が続いた。


   *


 年末年始は、六人でカフェのメニュー作りとオペレーションを考えた。


 あっという間に、年が明けた。


 正月の帰省ラッシュが終わった頃、アプリがトヨタレンタカー笠寺店からダイナを借りてきた。


 花の引越し用だ。


   *


 アプリが運転するダイナに、花が乗り込もうとすると、モト子が花に小さな鍵を手渡した。


「例の物件はもう入居可能にしておいたからね。これ部屋の鍵」


「社長、ありがとうございます」


 花が、からかうように言った。


「社長って呼ばないでよ! 歳がバレちゃうでしょ! 今まで通り、モト子って呼んでよ! もう! わたしと花ちんは同級生コンビって事にしてよね!」


「それはさすがに無理があるだろ……」


 アプリが、静かに言った。


 見送りの全員が笑った。

 モト子でさえ笑っていた。


 笑顔の見送りの中、ダイナは笠寺を後にした。


   *


「アプリさんが車の運転してるとこを初めて見ました。なんかすいません。私の為に……」


「別に気にするな。これも恩送りだと思え」


「ペイ・フォワードでしたっけ? アプリさんって私が想像するよりもたくさんの恩を受けてきたんでしょうね……」


「まあ、そういう事だ」


 ダイナが、北へ向かった。


   *


 名古屋ICから東名高速に乗った。


 ディーゼルターボの、重厚なトルクが伝わってくる。

 車高が高い。

 視点が、乗用車と全然違う。


 花が、助手席から窓の外を見ていた。


「高速道路ってずっと同じ景色なんですね。原付旅をするようになってはじめてそれに気づきましたよ」


 アプリが、正面を見たまま言った。


「原付旅を経験すると日本の美しさと面白さに気づくだろ? この俺でも、まだ、知らない景色も文化もあるからな」


 花が、窓の外を見た。


 ガードレールと、空と、遠い山だけが流れていく。


 (モトラだと、匂いも音も全部届くのにな)


 花が、静かに思った。


   *


 土岐JCTから中央自動車道に入ると、山が深くなった。


 アップダウンが続く。

 ダイナの150馬力が、唸りを上げた。


 恵那山トンネルに入った。

 全長約八・五キロメートルだ。

 長い。

 暗い。


「アプリさん、このトンネル、いつ終わるんですか?」


「もうすぐだ」


 トンネルを抜けると、長野の山々が広がった。


   *


 諏訪湖サービスエリアに立ち寄った。


 レストラン「湖彩」に入った。

 窓の外に、諏訪湖が見える。

 遠くにアルプスが白く輝いていた。


「さくら丼にします」


「俺も同じだ」


 秘伝のタレがかかった馬刺し丼が来た。


 花が一口食べた。


「……美味しい。でも、なんで馬肉をさくらって言うんですか?」


「色が桜色だからだ」


「なるほど……幕末の人たちも馬を食べてたんですかね」


「龍馬さんには聞けなかったな」


 二人が、少しだけ笑った。


 諏訪湖が、冬の光の中に静かに光っていた。


   *


 群馬県高崎市に着いたのは夕方だった。


 ミルミルの家の前に、ダイナを停めた。


 ミルミルが出てきた。


「久しぶり! 来たわね!」


 アプリが、頷いた。


 そこへ、ディオチェスタに乗ったセイコが現れた。

 以前とは別人のように軽やかに操っている。


「セイコさん!」


「花ちゃん! ヤクルトレディになったのよ!」


 セイコが、笑顔で言った。

 生活に余裕が出てきたと、ミルミルから聞いていた。


 アプリが、ディオチェスタを一瞥した。


「調子はどうだ」


「すごく良いです! 本当にありがとうございました! でも、Vベルトとウエイトローラーはまだ変えてないので……」


「バイク屋に持ち込め。その時はマフラーも、プラグも、全部一緒に変えろ。一点ずつ変えても意味がない」


「全部一緒に! わかりました!」


 セイコが、懸命にスマホにメモした。


「必ずバイク屋に持っていきます!」


 セイコの子供が、ミルミルの家の縁側から顔を出した。

 ミルミル家とは、すっかり家族ぐるみの付き合いになっているらしい。


   *


 翌朝七時。

 高崎市を出発した。


 北関東自動車道から東北自動車道へ。

 栃木の田園風景が、朝の光の中に広がっていた。


 那須連山が見えてきた。

 岩手山が正面に大きくなっていく。

 北上川に沿って走った。


 長者原サービスエリアで牛タン定食を食べた。


「東北に来たって感じがしますね」


「あぁ」


 坂梨トンネルを抜けた。

 青森ICで高速を降りた。


 十七時三十分。

 青森市横内に着いた。


 ダイナが千キロを超えて、止まった。


   *


 花を実家に降ろした。


 家族総出の引越し準備が始まった。


 アプリは、花の荷造りが終わるまでは菊おばあちゃんの家で待つことになったのでダイナを走らせた………。 


今回はたった一人で菊おばあちゃんの家へ向かった………。


   *


 菊おばあちゃんの家の前に、ダイナを停めた。


 玄関の前に、菊おばあちゃんが立っていた。

 今か今かと待っていたらしい。


「わぁ! 来た! 仙人様来たじゃぁ!」


 アプリが、ダイナを駐車場に停めて、頭を下げた。


「婆さん、また世話になる」


「仙人様! 今晩だば仙人様の来だの祝って、めぇものいっぱい拵えるはんでなぁ。楽しみにして待ってでけぇ。近所の漁師さんさも、マグロだの鯛だの頼んでおいだはんで、たんげ、けぇよ!」


「別に俺は焼きそばバゴーンでもいいんだぞ?」


「そんなら謙虚だ態度も、いよいよ仙人様だなぁ! これだば、村の衆さも、しっかり伝えねばまいねじゃぁ!」


 菊おばあちゃんが、小走りで動き回り始めた。


 アプリは、勝手に風呂を沸かした。

 長い風呂に浸かった。


   *


 リビングに来ると、テーブルがすごいことになっていた。


 マグロの刺身。

 鯛の刺身。

 様々なご馳走が、ズラリと並んでいた。


 二人には、明らかに多すぎる量だった。


「こ、これは多すぎないか?」


「今から村の衆が、仙人様のお顔拝みに来るんだね。だはんで、このめぇもの、みんなの分も入ってるはんで、安心してけぇよ」


「な、何故……俺の顔を……」


 その時、玄関の引き戸が開いた。


 村人たちが、ぞろぞろと入ってきた。


 全員が、数珠を持っていた。


 アプリの周りを取り囲んだ。


 拝み始めた。


   *


 菊おばあちゃんが、村人たちを一喝した。


「こらー! 村の衆! 仙人様の前でみっともねぇべさ! 今こそわだぢの底力見せる時だべぇ? さあ! 皆の衆行ぐどー!」


 村人たちが、綺麗な円になった。


 一人の老人が、津軽三味線を構えた。


 弦が鳴った。


 そして、始まった。


   *


♪ハァ〜(ヨイヨイ!)

♪西の果てから 二輪に跨がり(ハァ〜 ドシタ!)

♪風を切るのは イタリアの風か

♪いやいや あれこそ 仙人様よ

♪排気ガスさえ お香の匂い(ソレ!)


(サビ)

♪アプリ アプリ アプリリア〜(ア、ソレ!)

♪オイルの滴は 甘露のしずく

♪拝めば 走れば 恩送り

♪お釈迦も ぶったまげ アプリリア〜!

♪(なんまんだぶ、なんまんだぶ!)


   *


 アプリの顔が、みるみる赤くなった。


「なんだそれは! もういい! さっさと飯を食わせろ!」


 しかし音頭は、三番の歌詞が終わるまで続いた。


 津軽三味線の音は、本物だった。

 年季の入った弦の音が、菊おばあちゃんの家に響き渡った。

 名人級の音色だった。


 やがて、音が止んだ。


 村人たちが、アプリのリアクションをワクワクしながら待っていた。


 アプリが、しばらく黙った。


「……まあ、いいんじゃないか」


 津軽三味線が、再び鳴り出した。


 二度目の『令和・青森 仙人アプリリア音頭』が始まった。


 アプリが、内心で呟いた。


(聞こえない。聞こえない。聞こえない)


 そう自分に言い聞かせながら、アプリは豪華な刺身を黙々と食べ始めた。


 マグロが、旨かった。

 鯛が、旨かった。


 三味線の音は美しかった。

 アプリは絶対にそれを認めなかった。


 村人たちが、嬉しそうに踊り続けた。


 菊おばあちゃんの家の灯りが、青森の冬の夜に温かく滲んでいた。










TOYOTA ダイナ


型式 2RG-XZU600

最高出力 150ps / 2,500rpm









楽曲名:『令和・青森 仙人アプリリア音頭』

作詞・作曲・vocal:菊とお節介なご近所一同 feat.二代目 高橋 竹山


【一番:降臨の巻】

ハァ〜(ヨイヨイ!)

西の果てから 二輪に跨がり(ハァ〜 ドシタ!)

風を切るのは イタリアの風か

いやいや あれこそ 仙人様よ

排気ガスさえ お香の匂い(ソレ!)

(サビ)

アプリ アプリ アプリリア〜(ア、ソレ!)

オイルの滴は 甘露のしずく

拝めば 走れば 恩送り

お釈迦も ぶったまげ アプリリア〜!

(なんまんだぶ、なんまんだぶ!)


【二番:説法の巻】

ハァ〜(ヨイヨイ!)

ガソリン代は 誰かへ回せ(ハァ〜 ドシタ!)

キャッシュカードは 仏の試練

「数珠で拝むな」 天のささやき

真っ赤なお顔は 慈悲の印(ソレ!)

(サビ)

アプリ アプリ アプリリア〜(ア、ソレ!)

セルの回らぬ 悩みも消える

回せば 導く 恩送り

高崎 越えれば アプリリア〜!

(なんまんだぶ、なんまんだぶ!)


【三番:永遠の巻】

ハァ〜(ヨイヨイ!)

横内の街に 銅像建てて(ハァ〜 ドシタ!)

朝晩 磨こう プラグの先を

行ってお帰りと 鈴の音響く

明日あしたの空へと 昇天なさる(ソレ!)

(サビ)

アプリ アプリ アプリリア〜(ア、ソレ!)

情けは 人の ためならず

送って 笑って 恩送り

世界を 救えよ アプリリア〜!

(なんまんだぶ、なんまんだぶ!)



【仙人様を囲む「踊り」の動き解説】

菊おばあちゃんを先頭に、ご近所の漁師さんたちがアプリさんの周りを取り囲んで踊ります。その動きは、盆踊りに「バイクの整備」と「宗教的儀式」を無理やり混ぜたようなカオスなものです。

「アクセル・ツイスト」ステップ 右手をハンドルを握るように突き出し、手首を「ブンブン」とオーバーに捻りながら、ガニ股で交互に足踏み。

「オイル確認」の舞 サビの「オイルの滴は〜」の部分で、両手を目の高さで滴を数えるような仕草をしながら、腰をカクカクと左右に振る。

「恩送り・パス」 「恩送り」の歌詞のところで、隣の人に何か重いものを放り投げるような動作をし、受け取った側は一回転する。

「なんまんだぶ」プッシュアップ 間奏の「なんまんだぶ」に合わせて、アプリさんの方を向き、両手を合わせたまま地面に向かって深くお辞儀をし、そのまま勢いでスクワットを3回。

「フィニッシュ:イタリアの風」 最後は全員でアプリさんに向かって両手をひらひらとさせ、風を送るジェスチャーをしながら「アモーレ!」と叫ぶ。


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