【reverse 78 西之門の廃墟と、誰も信じない幕末話】
笠寺駅前に、二台のバイクが止まっていた。
YAMAHA DT50と、HONDA ビート。
以前と、まったく変わらない姿だった。
「お待たせしました! お二人が無事で本当に良かったです!」
本田が、心から言った。
モト子とVタックが、不思議そうな顔をした。
「良かった、って……何があったの?」
四人が、顔を見合わせた。
「とにかく! まずは私についてきて!」
モト子が、DT50を出した。
*
五分後。
旧東海道からわずか三十メートル、細い裏路地の突き当たりに、二階建ての元町工場が立っていた。
外壁は板張り。
潮風と排気ガスで、少し焼けている。
錆びた看板が、路地で控えめに光っている。
古い石垣の上には、柿の木が枝を伸ばしていた。
「モト子さん……ここは?」
「ここをVタックが借りてくれたのよ!」
「退職金の使い道も無かったからねぇ」
Vタックが、ドヤ顔で笑った。
「ここをライダースカフェにしたいのよね! 男手が欲しかったから助かるわ、男子の皆さん! 改装を手伝ってよ!」
鈴菌が、建物を見上げた。
「面白い物件だな。入るか」
*
モト子が、花に向き直った。
「花ちんは今夜からうちに泊まっても良いよ! 男子はこの町工場を好きに使ってね! まずは花ちんを我が家まで案内するからさ、うちで荷物を降ろしなよ」
有無を言わせず、モト子がDT50を出した。
花が、困惑しながらもモトラで後に続いた。
二台が、路地を走り去った。
残された本田とアプリと鈴菌が、Vタックと顔を見合わせた。
「さあ、入ろうか」
*
中に入ると、骨だけになっていた。
内装、床、天井、壁、全部取り払われていた。
柱と梁とコンクリートの基礎が、剥き出しで立っていた。
「ほう、スケルトンか。これならあとは厨房を作って店内を作るだけだな」
「そうなんだよ。外観は業者に任せてるんだけれど、内装は自分らでやった方が味が出るからとモト子さんが言ってねぇ」
鈴菌が、梁を手で叩いた。
本田が、天井を見上げた。
アプリが、基礎のコンクリートを足で踏んだ。
「…………やることは山ほどあるな」
三人が、同時に呟いた。
*
翌朝から、作業が始まった。
Vタックが工具を並べた。
マキタのVC862DZ。
充電式集じん機だ。
「これで床の粉塵を吸い取ってから作業するのが鉄則なんだよ」
「Vタックさん、これ……充電式なんですか? コードがない」
「18V×2本で36Vだからねぇ。有線より暴力的に吸うよ」
本田が、スイッチを入れた。
爆音がした。
「うわっ!」
本田が、思わずスイッチを切った。
「これ……ハスラー50のエンジン音より大きいですよ!?」
「現場の掃除機はそういうもんなんだよ」
鈴菌が、奪い取るように本田からVC862DZを持った。
スイッチを入れた。
床の粉塵が、一瞬で消えた。
「……これは良い」
鈴菌の目が光った。
*
次に、マキタのSK505GDZが出てきた。
「墨出し器だよ。床に基準線を引く道具だねぇ」
Vタックが中央に据えると、グリーンのレーザーが十字に走った。
「きれい! なんですかこれ!」
花が目を輝かせた。
「土間と厨房と壁の境界線をこのラインで決めていくんだよ。……ただし、このレーザー、正直すぎてねぇ」
「正直すぎる?」
「この建物、床が1.5センチ傾いてるのが、バレた」
全員が、床を見た。
「……建ててから何年ですかこれ」
「昭和だねぇ」
「昭和……」
*
午後から、ハツリが始まった。
アプリがハンマーを振り下ろすたびに、床のコンクリートが砕けた。
「ダダダダッン!」
本田と花が、破片を土のう袋に詰めた。
一袋、二袋、三袋。
「……無理。もう無理。ウーバーで15kgの米を運ぶ方が百倍マシだよ……腰が『バキッ』って言った。幕末の行軍よりキツい……」
「本田くん、甘いこと言わないで。私なんてさっきからこの粉塵で鼻の穴の中が真っ黒なんだから。鏡見たら、バカ殿のメイク失敗したみたいになってて……もうお嫁に行けない……」
「ごめん、僕も自分の顔がどうなってるか怖くて見れない。……ねえ、さっきVタックさんが言ってた『配管の逃げ』って何? 早く逃げたいのは僕らの方なんだけど」
「あはは、それ面白い。……でも見て、このコンクリートの下から、さらに古いレンガが出てきたよ。Vタックさんが見たらまた歴史の講義が始まっちゃうから、今のうちにVC862DZで吸い込んじゃおうよ」
「賛成。……あ、でも待って、そのレンガ……なんか文字が彫ってない? ……いや、見なかったことにしよう。これ以上仕事が増えるのは御免だ!」
土のう袋が、また破れた。
本田が、その場に崩れ落ちた。
「……これ、地球の裏側まで続いてるんじゃないですか?」
「続いてないから頑張れ」
アプリが、淡々と次のハツリに入った。
鈴菌が、VC862DZを持ったまま本田を見下ろした。
「幕末で刀を振り回してた奴が、土のう袋一個で音を上げるな」
「振り回してないですよ! 花さんが振り回してたんです!」
「細かいことを言うな」
*
夕方、笠寺観音の鐘が低く響いた。
ひと段落がついた。
「今日はここまでにして、飯にしよう」
Vタックが言った。
*
西龍恵土 本店。
創業1948年の、老舗鉄板焼肉だ。
昭和の熱気がそのままある店構えだ。
真っ黒な秘伝の味噌ダレの匂いが、入口から漂っていた。
六人が、鉄板を囲んだ。
肉を置いた。
ジュウと音がした。
本田と花が、目を輝かせた。
「久しぶりの焼肉だ……!」
鉄板の煙の向こうで、モト子がニヤリとした。
「ところで、さっき『無事で良かった』って言ってたじゃない。何があったの、正直に言いなよ」
六人の箸が止まった。
鈴菌が、肉を口に入れながら言った。
「タイムスリップしてた」
一秒の沈黙があった。
「アハハ! 何それ! ドッキリ? ドッキリにしてもチープ過ぎるよ〜。そんな嘘を信じる人なんていないよ〜!」
モト子が、呼吸困難になるほど笑い転げた。
Vタックだけが、笑わなかった。
「……文久二年に飛んだと言ったね。その話、もう少し聞かせてもらえるかい」
「え、信じるんですか?」
「信じるとは言ってないよ。ただ、君たちが知ってる名前に……心当たりがあってねぇ」
「どの名前ですか?」
「伊藤圭介だよ」
鉄板が、ジュウと鳴った。
「杉浦助右衛門さんって人が蒸気機関についてのアドバイスを貰ってこいって僕らに頼んで来たんです」
Vタックの顔が、真剣になった。
「杉浦助右衛門……五稜郭に関わった男だ。なぜ君たちがその名前を……」
モト子が、また笑った。
「アハハ! Vタックまで乗っちゃってる! 名古屋の高級焼肉でそのネタ!? 面白すぎる!」
Vタックが、構わず続けた。
「龍馬暗殺は本当に成功したと思うかい?」
「えっと……近江屋に暗殺部隊が乗り込んだ時には、龍馬さんと中岡さんはもうシンいろは丸で出港してたと思います。残されてたのは山鯨の死体と血糊だけで……」
「なるほどねぇ〜。確かにそれなら暗殺も偽装工作の可能性の方が高いねぇ〜。たぶん、君たちは気づいてないかも知れないけど、その沢村惣之丞も龍馬暗殺の二ヶ月後に死んだことになってるんだよ。そのシンいろは丸の仮説が正しければ、京都を出たあとで、龍馬は沢村惣之丞もピックアップした可能性が高いねぇ〜」
「あ! そういえば、龍馬さん本人が『ワシは沢村がいないと何もできん』って言ってました!」
「やはり、そうか。沢村惣之丞はあまりにも不自然すぎる死だったからねぇ〜」
モト子が、笑いながら肉をひっくり返した。
「Vタック、完全にノってるじゃん!」
*
「じゃあ、これを見てもらえますか」
鈴菌が、幕末から持ち帰った古銭を出した。
花が、浮世絵を出した。
Vタックが、目を細めた。
古銭を手に取った。
浮世絵を、光に透かした。
「……新しすぎる」
「はい」
「本当に新しい。……これは、レプリカだね。よくできてるが」
「えっ!?」
「本物の幕末の古銭なら、もっと摩耗している。こんなにクリアに文字が残らない。……どこで作ったの、これ。かなり精巧だよ」
四人が、呆然とした。
「花さん! スマホの写真も見せてあげてください!」
花が、幕末の景色の写真を出した。
春猪の写真。
乙女さんの写真。
龍馬がリンカーンマスクを掲げている動画。
「……これ、AI動画だね」
Vタックが、即断した。
「よくできてるよ。服の質感とか、背景の作り込みが特に凄い。最近のAIはここまでできるんだねぇ〜」
「違います! 本物です! 龍馬さんと僕らが一緒にYOSAKOIを踊った時の!」
「アハハ! 坂本龍馬とYOSAKOI! 最高すぎる!!」
モト子が、鉄板を叩いて爆笑した。
Vタックも、さすがに笑い始めた。
「……信じてはあげられないけれど、設定は最高に面白いよ。よく考えたねぇ」
「考えてないですよ! 本当の話ですよ!」
六人が、声を合わせて笑った。
鉄板の上で、肉がジュウジュウと鳴り続けていた。
秘伝の味噌ダレが、七十年分の継ぎ足しで真っ黒になっていた。
*
「ねえ、この浮世絵、すごく綺麗じゃない。お店の壁に飾らない?」
モト子が、花の浮世絵を手に取って言った。
「えっ、いいんですか?」
「むしろ飾りたい! ライダースカフェに江戸の浮世絵、最高に映えるじゃん!」
花が、少し笑った。
(モト子さんのご先祖さまのおモトさんも、こんな顔をしていたな)
「ぜひ、飾ってください」
モト子が、浮世絵を大切そうに持った。
Vタックが、肉を焼きながら呟いた。
「……しかし、あの古銭の作り込みだけは本当に気になるねぇ〜。どこで手に入れたの、あれ」
「文久二年の浜松です」
「アハハ!!」
笑い声が、西龍恵土の鉄板の煙の中に消えていった。
*
夜、解散する前にモト子が言った。
「明日からも頑張るわよ! よろしくね!」
「よろしくお願いします!」
本田が、力強く答えた。
笠寺観音の夜の鐘が、遠くで響いた。
西之門の路地に、六台のバイクが並んでいた。
DT50。
ビート。
ハスラー50。
プレスカブ。
モトラ。
RS50。
誰もタイムスリップなんて信じていなかった。
でも、全員が笑っていた。
ライダースカフェ、開業への
始まりだった。
【マキタ:VC862DZ(充電式集じん機)】
**「18V×2本=36V」**という、マキタ独自の暴力的なパワーで全てを飲み込む現場の掃除屋。コードレスなので、電気が通っていない西之門のボロ長屋でも「爆吸い」が可能です。
【マキタ:SK505GDZ(充電式屋内・屋外兼用グリーンレーザー墨出し器)】
現場に「正義の十字架」を刻む光の魔術師。超高輝度グリーンレーザーが、歪んだボロ長屋の真実(傾き)を無慈悲に暴き出します。




