【reverse 74 さわやかに行こう!】
大歳神社を出た。
エンジンをかけた。
四台同時に、かけた。
ハスラー50の二ストが、夜の境内に弾けた。
プレスカブが、低く唸った。
モトラが、腹に響く鼓動を刻んだ。
RS50が、鋭く吹け上がった。
四つの排気音が重なって、夜の天王町に響いた。
本田が、ハンドルを握り直した。
(……帰ってきた)
*
天王町の交差点を右折した。
片側二車線の広い道に出た瞬間、風が変わった。
幕末の土と草の匂いじゃない。
アスファルトと排気と、夜風の匂いだ。
右手に杏林堂の大きな看板が見えた。
電光掲示板が、青白く光っている。
鈴菌のハスラーが、隣で気持ちよさそうに加速した。
大型トラックが横を通り過ぎた。
モトラが、風圧でわずかに揺れた。
花がハンドルを強く握り直して、前を向いた。
*
天王町中の交差点で赤信号に引っかかった。
右手にガストの看板。
左前方にマクドナルドの赤いM。
本田が、Mを見た。
(マックもいいけど……今日はさわやかだ)
信号が青になった。
与進小学校の前を通り過ぎた。
ENEOSの看板。
セブンイレブンの灯り。
浜松らしい、住宅と商店が混ざった景色だ。
何も変わっていない。
ずっとここにあった景色が、ちゃんとここにある。
アプリが、遠くに目をやった。
遠州鉄道の高架が見えた。
その上を、赤い車体が滑り過ぎていった。
「赤電だ」
鈴菌が、ヘルメットの中で呟いた。
有玉のエリアに入った。
*
有玉南の大きな交差点。
右折車が多い。
本田が二段階右折の位置を確認しながら、慎重に進んだ。
コメダ珈琲の看板が見えた。
ガリバーの黄色い看板も見えた。
国道152号線に合流した。
少し北上すると。
オレンジ色の看板が見えた。
鼻に、肉の香りが届いた。
*
炭焼きレストランさわやか。
浜松有玉店。
駐車場の入口に、警備員が立っていた。
行列が、外まで出ていた。
「並ぶか」
「並ぶ」
「並ぶ」
「並ぶ!」
四人が、バイクを止めて列に加わった。
*
席に通されると、全員がまずスマホを開いた。
本田が、検索した。
龍馬暗殺。
慶応三年。
近江屋事件。
何も変わっていなかった。
鈴菌が、SUZUKIのホームページを開いた。
歴代のバイク。
歴代の車。
チョイノリ、刀、ガンマ、ストリートマジック。
何も変わっていなかった。
(……全部、元の世界のまま変わってないのか)
それが褒め言葉なのか呪いなのか、鈴菌には判断がつかなかった。
本田がLINEを開いた。
「モト子さーん、お久しぶりですー! 変わりないですか?」
三分後に既読がついた。
「変わりないよー! どしたの?」
Vタックにも送った。
こちらも普通に返ってきた。
「良かった……」
四人が、ため息をついた。
そこへ、げんこつハンバーグが来た。
鉄板の上で、肉が唸っていた。
店員が、ヘラで叩いた。
肉汁が、盛大に飛び散った。
四人が、黙って食べた。
旨かった。
幕末で食べた何もかもが旨かったが、これも旨かった。
違う旨さだった。
現代の、自分たちの時代の旨さだ。
「……帰ってきたな」
アプリが、肉を切りながら言った。
誰も、答えなかった。
でも全員が、頷いた。
*
翌日。
鈴菌の家に一泊した四人は、スズキ歴史館へやってきた。
外観は変わっていなかった。
一安心した。
一階は最新のバイクと車。
二階は製造ラインの模型。
三階が、織機だ。
三階の、織機の前に来た時だった。
四人が並んで、その機械を見ていた。
木製の骨組み。
ガタンゴトンというリズム。
平七が、満面の笑みで自慢していた声が、また聞こえた気がした。
「失礼いたします」
声がして、振り返った。
スーツを着た男性が立っていた。
「本田様、花様、アプリ様、そして鈴菌様で御座いますね。当方では貴方たちが来るのをお待ちしておりました」
館長、と名乗った。
古ぼけた封筒を、差し出した。
「この封筒は代々の鈴木家の方から託されたものと聞いています。私も詳しくは無いのですが、四台の鹿児島、浜松、福岡、青森と書かれた二輪車に乗った旅人が現れた際にはこれを渡すようにと言われておりました。ようやく該当者が現れたので当方も驚いています」
館長は、そのまま去っていった。
四人が、封筒を見つめた。
鈴菌が、封を開けた。
中から、手紙と、白黒の写真が出てきた。
*
―――平七より――
拝啓
皆さんがこの手紙を読んでいるという事は私の予想が当たったという事ですね。
鈴菌さん達は未来から来てるんじゃないかと私だけは少しだけ気づいてました。きっと、もう遠い場所へ行ってしまっているのでしょうね。
藍住で皆さんと出会ってから、神領村や椿泊まで共に過ごした数日間、私は今でも夢を見ていたような気分です。竹を割って神輿の骨組みを作った夜も、山の中で蒼い炎が揺れていた祭りの夜も、まだ目を閉じればはっきりと浮かんできます。
花さん。あなたが作ったあの巨大な光の神輿、あれは本当に見事でした。私はこれまで色々な藍染や機織りを見てきましたが、あんなに人の心を動かすものは初めて見ました。今でもタツは、あの時もらったリボンを大切にしていて、毎日「ンゴォォ!」と叫びながら庭を駆け回っています。あの夜の蒼い光の中にまだいるかのような、本当に幸せそうな顔をしています。
鈴菌さん。あなたが言った「無駄を削ぎ落として、骨だけを残す」という言葉、あれは一生忘れられません。私は今、浜松で機織り機を作り直しています。余計な飾りはすべて外して、動くために必要なものだけを残しました。まだ試作の段階ですが、以前よりずっと軽くて強い機械になりそうです。いつか私の作る機械も、あの「ハスラー」のように、使う人の遊び心を沸かせることができれば、これ以上の幸せはありません。
本田さん。あなたが持っていた不思議な道具やお菓子は、今でも思い出すと笑えてきます。あのラムネという白い石のようなお菓子は、本当に脳が冴えますね。三日三晩働ける気がしましたが、どうやら私の気のせいだったようです。
アプリさん。あなたはあまり多くを語らない人でしたが、いつも一歩引いたところから皆を見守っていました。ああいう目をしている人は、きっととても遠いところまで行くのでしょう。
皆さんが一体どこへ向かっているのか、私には結局最後まで分かりませんでした。それでもひとつだけ、確かなことがあります。
あの夜、リンカーンという異国の面を掲げて龍馬殿が踊り、平家の村の人々が跳ね回り、鹿がくるくると舞っていたあの祭り。あんな馬鹿げた、それでいて美しい光景は、この先の人生で二度と見られないでしょう。皆さんはきっと、時代をかき回して去っていく風のような人たちだったのだと、私は思っています。
私たち親子は、今とても幸せです。君たちに教えてもらった「自由」と「モノづくりの心」があれば、どんな道でも笑って進んでいける気がします。
もしまたどこかで会えるなら、その時は私の自慢の綿畑を見せてあげましょう。その頃には、私の作った機械も少しはマシになっているはずです。
それまで、どうか皆さん達者で。
遠江国浜松 平七より
―――
*
四人が、しばらく手紙から目を離せなかった。
本田が、白黒の写真を手に取った。
大人になった女性が、花嫁姿で立っていた。
凜とした、いい顔をしていた。
「タツだ……」
花が、写真を両手で持って、じっと見た。
あの鹿のマスクを跳ね飛ばして広場に乱入した子が、こんな顔になった。
アプリが、写真を一目見て、それから前を向いた。
何も言わなかった。
三階の展示室に、ガタンゴトンという機械の音の展示が流れていた。
*
スズキ歴史館を出た四人は、弁天島海浜公園に来ていた。
湖の中に、赤い鳥居が立っていた。
水面が、夕方の光を受けて光っていた。
風が冷たかった。
十一月だった。
「結局、僕らは歴史干渉なんてしてなかったんですね……」
「いや、鈴菌のせいでSUZUKIがおかしなメーカーにはなったぞ」
「それは俺にとってはデラ褒め言葉だせ!」
「モトラがHONDAで良かったです……」
「僕もHONDAで良かった!」
四人が笑った。
波が、静かに打ち寄せた。
水面に、赤い鳥居が映っていた。
この鳥居も、龍馬が生きていた頃からここに立っていたのかもしれない。
タツが花嫁になった頃も。
平七が機織り機を完成させた頃も。
亜留斗と佳那が、子供を授かった頃も。
ずっと、ここに立っていたのかもしれない。
*
十一月の風は冷たかった。
でも四人は、いつまでも笑っていた。
四台のバイクが、夕日の中に並んでいた。
ハスラー50。
プレスカブ。
モトラ。
RS50。
全部、ガソリンが満タンだった。
まだ、お遍路の途中だった。




