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[時代]三鏡草紙よろづ奇聞  作者: 地底乃人M


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33/33

寺に棲むもの


 高徳な上人(しょうにん)といえども数々(しばしば)容貌(みめかたち)がすぐれて美しいのに誘われて、十二、三歳の(わらわ)を小姓にするものがいた。



「諸国遍歴の(やせ)法師が朝まで一睡もせず盛んだとは、あきれ果てた話だな」


「きっと、愚かな見まちがいでしょう」


「おまえ、僧侶(坊さん)の寝所には近寄るなよ」


「なぜですか」


「なんでもだ」



 番頭の慈浪(じろう)は、かくもあさましい悪業に馴れぬ眼をした千幸(かずゆき)を見据え、小さく溜め息を吐いた。薬種問屋の若旦那は、奉公人の結之丞(ゆいのじょう)を連れ歩き、知恵を授けている。たった今、二丁ばかり先にある寺の本堂で、疱瘡にかかって亡くなったものたちの供養をする僧侶から、流行病(はやりやまい)について相談を受けた千幸は、少し離れて佇む結之丞をふり向き、


()(えん)白瓜(しろうり)に、新しい水を差してきてくれるかい」


 といって、縁側の鉢を気にかけた。雨がふりそうな雲行きではないが、結之丞は「承知いたしました」とうなずき、番頭にも軽く頭をさげて母屋へ向かった。白瓜の甘酢漬けは、結之丞の好物でもある。味噌炒めにした白瓜の歯ごたえは、白米がすすむ食感と味がたのしめる一品だ。


 女のように細い手足をしている若旦那は、番頭の考えに首を傾げ、性的に問題のない躰が意味もなく熱くなるのを感じた。慈浪にとって、千幸の動揺は計算のうちだ。若旦那の子守は日常の延長につき、大ざっぱな処置に至る。


「おい。いつまで突っ立ってやがる。さっさと仕事しろ」


 ぼんやりする若旦那の肩を小突き、本来の調子を取り戻す。にわかに赤面して立ち去る千幸の背中を見つめ、慈浪は早々と無駄を悟った。歳を重ねても純粋な心持ちを失わない千幸は、他者の悪意に疎いため、周囲(まわり)の人間が注意深く見まもる必要があった。


「ひとりで生きていけると思うなよ。それこそ、愚かなまちがえだ」


 千幸のために在る慈浪は、日々の成長が見て取れる奉公人たちの世話を焼きながら、鹿島屋の繁栄に首をひねった。露骨な流言を口にしても疑わず、寄り合いに駆りだされるたび縁談を断りつづける千幸を訝しむものは、少なからず存在する。



 その頃、云われたとおり縁側へ白瓜の鉢を移動する結之丞は、雑用をあれこれ頼まれるたび、もっと鹿島屋の役に立たちたいと思った。


「これでよし、と」


 鉢植えの角度を調整していると、若旦那がやってきて声をかけた。


「うん。それでいいよ。……あの、結之丞くん、慈浪さんの話だけれどね、どうか恐れないでください。ぼくは、結之丞くんを寺に預けるなんてことはしないから、なにも心配はいらないよ」


「わ、若旦那さま……、ありがとうございます。自分こそ、もっと精進します」


「はい。これからも、よろしくお願いしますね」


 

 日が落ちたころ、二丁ばかり先の寺で、五十に近い黒染の法衣を着た上人が、寝所に隠れて女わらべの肌を吸っていた。肉を食らい、骨をなめる。かたく閉じた戸の奥で、寺のなかの人々が浅ましく乱れた心を語る。


 高徳な上人(しょうにん)といえども数々(しばしば)容貌(みめかたち)がすぐれて美しいのに誘われて、十二、三歳の(わらわ)を小姓にするものがいるそうな。その手で生きた臓物を散らし、業火(ごうか)の燃えし性質のごとく深入りして、いよいよ、まことの悪鬼となり、からだを土に葬るのだと。



〘つづく〙

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