天比古、独白
第二章/第5話
妙なことがつづくね。いったん、頭の整理をしようか。十四番。……なんだ。少し、僕の話しを聞いておくれ。……ひとりで毒を吐くのではなかったのか。なんのことだい。もしかして独白のこと。……なんでもない。始めろ。
物事の初めを語るのは、意外と難しいものだ。とはいえ、何事にも終わりはある。例外はない。この由を奏すは、薬種問屋の若旦那について考えてみるとする。……鹿島屋の千幸という男だな。そう、彼の話をしよう。……ふん、妾の子だという事実を知る者は、番頭の慈浪国光くらいか。新右衛門は、番頭というより番犬みたいな男だけどね。……どういう意味だ。鹿島屋の財産は、まちがいなく若旦那だ。彼の出生に関係なく跡取り息子である以上、千幸の立場を守ることでお店も存続する。つまり、新右衛門の頭のなかは、常に千幸の将来のことでいっぱいなのさ。忠犬だと思わないかい。……寝ても覚めても若旦那が気になるとは、さてはあの番頭、男色気質か。さあ、それはどうだろう。
それから、鹿島屋には睦月結之丞という丁稚がいてね。千幸についてまわり、薬種商の経験を積んでいる。……奉公人のひとりに、若旦那が肩入れしているのか。千幸の意図は不明だけど、僕が見たかぎり、結之丞の存在は特別なのだろう。幼い子は無垢だからね。……田宮の菊世を孕ませた件は、どうする。ああ、そっちの件も悩ましいね。赤子の身に流れる血は正字郎のものではない。においで判る。まちがいなく義父が関与している。……どうあっても、隠し通すのが母というものなのか。同時に、正字郎のためになればこそ。……ふん、人間の欲は実に浅ましい。ほとほと愛想が尽きる。知らなくてすむことのほうが多いうちは、幸福な時間を過ごせるのさ。すべてを受けとめて生きられるほど、市井の人々は強くない。……ひと山向こうの町で、奉公人が亡くなった件も、痴情のもつれが原因だったしな。くだらん。
愚かだと思うかい。……むろん。生命の無駄づかいをしている。僕はね、十四番。正邪も善悪も、聖者も愚者も、色のない夢を見ているのではないかと思うときがある。……色褪せた記憶を塗り替えるたび、歴史はくり返すってことか。
この世にあるものは例ならず、類あることばかり、懲りない連中、盲目の平和と狂気。僕は、うち負かされた静寂に、応えたいのかもしれない。……傲慢だな。そこはぜひ純粋と云ってもらいたいね。見たまえ、人間のふりをして生きるけものが跋扈する世上を。やつらときたら、ふしだらな事柄にばかり精をだす。
いかなるかこれ、耳を傾けて、人に語りたまうな、地上の誠実……ってか。十四番にとって、人間と共にあった日は、まぼろしに思えるのかい。……今も、似たようなものだ。ふふふ、そうだったね。世の中変わりてのち、賢しき人の閃きたるは、心のまま、よろづもの憂く思ゆ。
さあ、彼らの物語は、もうしばらくつづきそうだよ。……ちっ、面倒くさいな。そう云わず、きみを見捨てた人間たちが、どんな末路をたどるのか、幸か不幸か、最後までつきあってあげてよ。……ふん、われ、さるべきにやありけむ。
〘つづく〙




