十四番
第二章/第4話
三鏡には、連れがいた。人々の信仰対象として神棚に祀られていた現人神が、自ら神の坐を降りて、白骨化した姿で朽ちようとしているとき、地方の集落をめぐる天比古は、偶然見つけ、しゃべる骸骨に手を差しのべている。
それは、冷たい土の上で骨になっても、意識だけは鮮明にありつづけた。秋風が立ちはじめたころ、天比古は旅先で骨男を発見し、十四番と名付けた。
暗闇からでてこいよ
もう孤独で泣く必要はない
僕が、きみを鎮守しよう
……うるさい、目障りだ
無用の産物となって
消えゆくのか
……勘違いするな、若造
我は凋落などしておらぬ
すなわち、人間の願いは
聞き入れないと云うことか
……忌詞次第だ
それは、全身をふるい立たせ、ガシャッと起きあがる。十数年と長い時間をかけて骨格のみが残存する現人神は、白い骨の指で、天比古の胸もとを示した。
人間の願いは聞き飽きた
我に感情論は通用しない
若き天比古は、「ふうん」と息を吐くと、しばらく沈黙した。いくら捨て置かれたとはいえ、骨男は神格者である。説き伏せるには、相応の知識と高い験能力が必要だった。三鏡家は神道の一族につき、祝詞の類は身に備わっている。……天比古と十四番の出逢いは、果たして偶然だったのか。今となっては遠い日の記憶につき、どちらも深く考えなかった。
さて、朝から出版社へやってきた三鏡は、帝都あやし編集室の扉を軽く叩き、ひとり残された日和見と、投身事件について語り合った。
「ちょうど、桜木くんから取材時の紙片をあずかったところでね。そうか、天比古くんも蔵持へ赴いていたのかい」
「通りがかっただけです。蔵持の旅籠近くに溜池があって、四年ごとに心中騒ぎが続いているそうですね。客商売に悪影響だといって、溜池を埋め立てるよう町役場に嘆願書が届き、いざ男衆が集まったとき、晴れていた空が突如として激しい雷雨に変わり、結局、溜池を埋め立てたら神罰が下るという流言が広まって、今となっては誰も近寄らない場所らしいですよ」
「急な天候不良に見舞われるとは、自然を信仰する田舎の人々にとっては、さぞや一大事であったことだろう。……ふむ、ここに書いてある桜木くんの取材内容を読むかぎり、男と女の関係が複雑だったというよりは、遺恨があったように思えるがね。……弱者が成り上がるには、凄まじい努力が必要だったはず。ようやく手に入れた幸福な人生を、なぜ、自ら終わらせたのか。どうにも解せないんだよなぁ」
「業において、悟りを与えられた人間が、なにをもって善行となすか、実に興味深い分野ですが、見出しは、蔵持心中事件の謎で決定でしょう。日和見さん」
背もたれに自重をあずける室長は、ほんの少し眉をひそめ、三鏡の後方へ視線を向けた。古びた書棚が見える。日和見に十四番の姿を目視することはできないが、三鏡と書棚のあいだに、なにかの気配を感じた。
「天比古くん、旅をするさいは落とし物に気をつけるんだよ」
日和見の忠告には、裏に意図がある。だが、三鏡は小さく笑みを浮かべ、編集室を退出した。すると、室内の空気がふわりと軽くなったような気がした。
〘つづく〙




