7話 馬車の中で
祖父がいなくなったガーメロウ邸へ向かう馬車の中で、向かい側に座る不機嫌そうな護衛騎士の顔を、私はホッとため息を吐きながら眺めた。
「……」
(相変わらず口が悪くて意地悪だけど。……やっぱりクロヴィスは優しい人だわ)
クロヴィスが側にいるだけで、少し前までグチャグチャだった心が、不思議なほど整理され癒されて行く。お祖父様を失った悲しみと、ピエールに裏切られた怒りで荒れ狂っていた胸の中が、少しずつ静まり落ち着きを取り戻す。
――今の私にはこういう誰にも邪魔されない、穏やかな時間が必要だったのだと改めて思う。
「旦那様のことは本当に残念だったな……」
チラリと視線を合わせて、クロヴィスが慰めてくれた。
「昼間の葬儀の間は、あなたと会えなくてお礼が言えなかったけれど。……あなたがお祖父様の最期を看取ってくれたのでしょう? ありがとう。それなのにあなたを避けたりしてごめんなさいクロヴィス」
ピエールがクロヴィスと私が会うことを嫌がったから、なるべく会わないよう気を付けていた。
でもクロヴィスは私の護衛をはずれた後。お祖父様が寂しくないよう、私の代わりに寄り添ってくれた。そのうえ私が結婚前にしていた、お祖父様が経営していた事業の手伝いもしていたらしい。
「旦那様はオレの恩人だから、当然だよ。それにお前はもう人妻だから、気安くオレと会わないようにするのも当然のことさ。気にするな」
祖父を亡くして呆然としていた私の代わりに、葬儀の手配や事後処理を秘書や執事たちと共に、全部クロヴィスがしてくれたから。私は周囲が慌ただしくする中、祖父との別れを悲しむ時間を得ることができた。
「私にはもう……誰もいないと思っていたけれど、あなたがいてくれて良かったわ」
(クロヴィスは私のためにたくさん怒ってくれた。こんなに私を大切にしてくれる人を、私はピエールへの恋心で追い払っていたなんて! 二度と間違えたりしないわ)
けして嘘を吐かないクロヴィスを、私は信頼し兄のように慕い……そして昔から憧れていた。
「今夜は実家のガーメロウ邸に戻るとしても。あのクソ野郎はきっと夫の権利を主張して、連れ戻しにくるはずだ」
「ええ。だから、その前にやれることを全部しておきたいの。明日の朝一番にお祖父様の弁護士を呼ぶつもりよ」
クロヴィスの言葉で、私は感傷的になっていた気持ちを切りかえた。
「旦那様の遺産に関することだな?」
「ええ。それでね、クロヴィス? あなたはこれから、どうするつもり?」
(クロヴィスはお祖父様が雇っていた騎士だから。それに私は一度裏切っているし……)
おずおずと今後の予定をたずねてみた。
子供の頃から身代金が目当てで、何度も誘拐されそうになった経験がある私を、クロヴィスは守りきった実績がある。これだけ有能なクロヴィスなら、自分の護衛騎士に欲しいと思う上位貴族たちは多いのだ。
「今さらソレを聞くのか? お前はどうして欲しいんだ?」
「もちろん、私の側にいて欲しいわ?」
「なら、そうする! 当然だろう?」
「良かった!」
クロヴィスは即答した。今一番、欲しい言葉をもらえて私の中の不安が綺麗に消えた。
ホッと安心したのも束の間。……馬車がガタガタと激しく揺れ出し、私は座席から転げ落ちそうになった。
「キャッ!」
「うっ……⁉」
とっさにクロヴィスが私を抱きしめ、座席の端を掴み身体を支えたから、大事には至らなかった。
激しく揺れた馬車は不意に止まった。その後すぐに馬車の外で男の怒鳴り声と、興奮した馬たちの怯えた悲鳴のような嘶きが聞こえた。
穏やかだった時間がいっきに不穏な空気に包まれ、私とクロヴィスに緊張が走る。




