6話 クロヴィス2
「あのクズ野郎! うちの可愛いお嬢様にケンカを売りやがって!」
クロヴィスは盛大に悪態をつきながら、ベッドに座る私を軽々と抱き上げた。私は落ちないように、クロヴィスの首に腕をまわして掴まった。
「アイツのことは前から嫌な奴だと、ずっと思っていたが……本当にやりやがって! 次に奴の顔を見たら、オレがきっちり去勢してやる!」
所狭しと小屋中に高く積み上げられた私の荷物を、クロヴィスは大きな身体で器用に避けながら、開け放ったままの扉へ向って難なく歩いて行く。
怒りに任せてクロヴィスが荒々しく一歩ずつ足を進めるごとに、古い木製の床がギシギシと鳴った。私を抱き上げたまま、クロヴィスが床を踏み抜くのではないかと、私の心臓は冷やりとした。
無事に小屋から出ると。ホッと胸を撫でおろして、私はようやくお礼の言葉をクロヴィスにかけた。
「ありがとう、クロヴィス。私を迎えに来てくれて……」
久しぶりにクロヴィスの悪態を聞いたから、私は思わずニヤリと笑った。
「オレはお嬢様の騎士だから、オレが迎えに来るに決まっているだろう?」
「うん……」
「今さら礼なんていらないさ」
「うん。でも、ありがとう」
(相変わらずクロヴィスは口が悪いけど温かい人だわ)
結婚するまで私の護衛騎士だったクロヴィスは、相手が貴族でも絶対に媚びたりしないし尊大な態度も崩さない。自分が認めた相手にしか敬意を示さない人なのだ。
だから私が結婚する前から『無礼な騎士だ』と。クロヴィスはピエールに酷く嫌われていた。
愚かだった私はピエールの気持ちを尊重して、仕方なくクロヴィスを私の護衛から外した。そして私だけでバーンウッド伯爵家に嫁いだ。
(子供の頃から私を守り、何度も命を救ってくれたクロヴィスを……私自身が捨てたのに。……それなのにクロヴィスは、私を迎えに来てくれた!)
八歳年上のクロヴィスは、昔からここぞという時に私を助けてくれる人だった。
「伯爵邸の敷地にガーメロウ家の馬車を入れられなかったから。少し歩くぞ?」
「うん……」
クロヴィスは私を子供の時のように抱き上げたまま。月明かりを頼りに暗い伯爵家の庭を歩いて行く。
私がグスッ……と子供のように鼻をすすると。クロヴィスは喉の奥でクックックッと笑った。
「おいおい、泣くなよ。あんなクズ野郎に泣かされるなんて、悔しいだろう?」
「すごく、悔しいわ」
(クロヴィスの言う通り。これ以上、ピエールのせいで泣きたくない!)
――でも勝手に涙が滲み出て来るのだ。私は何度も指先で涙を拭った。
「奴にどうやって仕返しするか、考えておけよ? 良いなアデル」
「あなたが、ピエールを去勢してくれるのでしょう?」
(でも去勢って……具体的に何をするのかしら?)
「クックックッ……お前がヤレと言うなら。今夜にでもヤッてやるよ」
夜の闇の中で表情は見えないが、クロヴィスは意地悪そうな声で笑った。
「どうやってヤルの?」
「夜中に奴の寝室へ忍び込んで、思いっきりグチャッ! と踏みつぶすのさ」
クロヴィスは歩くのを止めて、大きな足でドスッ! と地面を踏み鳴らす。
「何をつぶすの?」
首を傾げてたずねると、なぜかクロヴィスは急に黙りこみ。再び歩きだす。
「……」
「クロヴィス?」
「お嬢様…… クソ野郎の……その…初夜とかで、『アレ』を見たことはないのか?」
口は悪いが根は真面目なクロヴィスは、私の質問に何とか答えようと努力しているようだ。
「ピエールは私が嫌いだから、初夜はしてないわ。ねぇ、クロヴィス……『アレ』とは何?」
(私のために初夜を延期していると思っていたけれど。本当は私が嫌いだから、ピエールは最初からする気が無かったのね。今なら分かるわ)
でも、初夜をしなくて良かった。ピエールに純潔を捧げていたら、私はもっと惨めな気持ちになっていたでしょうから。
そう思っていると、またまたクロヴィスが怒りだした。
「……初夜をやらなかっただって⁉ あのクソ野郎……うちの可愛いお嬢様をバカにしやがって!」
少し前まで意地悪そうに笑っていたクロヴィスは、カンカンに腹を立てて怒り出した。
結局クロヴィスは、私に『アレ』とは何のことか答えることは無かった。




