5話 クロヴィス
いつも勉強に飽きると、私はお茶とお菓子を用意して、お祖父様が仕事で使っていたガーメロウ邸の執務室へ遊びに行った。
お祖父様が大好きな葉巻の匂いが染みついた執務室は、他のどんな場所よりも私には居心地が良かったからだ。
お祖父様も私が行くと書類や帳簿を見るのをやめて、私の我がままに喜んで付き合ってくれた。
『アデルは勉強をするのが、そんなに嫌いか?』
真っ白になった自分の顎髭を指で弄びながら、お祖父様にたずねられると。私はプィッ! と視線をそらしてぽそぽそと答えた。
『嫌いではないけれど。でも、教えてくれる先生によるわ』
『おやおや、つまりアデルは先生が嫌いなのか?』
『……』
私が黙っていると……代わりに護衛騎士のクロヴィスが、笑いながらお祖父様の質問に答えてくれた。
『旦那様、アデルお嬢様は礼儀作法を教えるスミス夫人に、なかなか褒めてもらえないから拗ねているんだよ』
『あら、失礼ね、クロヴィス。拗っ、拗ねてなんかいないわ!』
『本当に分かってないなぁ~アデルは。……スミス夫人の講義はとても厳しいが、彼女は誠実な教師だから。お嬢様の将来を心配して自惚れて高慢にならないよう、あまり褒めないように気を付けているんだよ』
『もう、私のどこが高慢だって言うの⁉』
ムッとして私がクロヴィスの意見に反論すると。クロヴィスはニヤリと笑う。
『そうやって、すぐにオレの言葉に過剰に反応して、言い返すところが高慢なんだよ。少しは自分を振り返って、考えてから答えろよ』
『もう、クロヴィスは意地悪ね!』
自分でも少しだけ心当たりがあったから。私はいつも目をつりあげてクロヴィスを睨んでいた。
するとお祖父様が笑いながら私を諭すのだ。
『アデル、甘い言葉でお前を良い気分にしてくれる人間よりも。厳しい言葉でお前の欠点を教えてくれる、スミス夫人やクロヴィスのような人間が、つねに自分のそばにいることは幸せなことだよ』
『でも、お祖父様!』
『ふふふっ……甘い言葉ばかり聞いていたら。お前は自分に満足して、そこでお前の成長が止まってしまうだろう?』
『……でも、クロヴィスは意地悪すぎるわ!』
『クロヴィスはお前に甘いことは言わないが、嘘もつかないだろう?』
結婚してから夫ピエールの、耳あたりの良い甘い言葉ばかり私は聞いていたから。お祖父様の言う通り、私はそこで成長が止まっていたのかもしれない。
――だから私は詐欺師のようなピエールの言葉を、今まで何の疑いも持たず簡単に信じてしまった。
ポンッ ポンッと誰かに腕を叩かれ、不意に私は夢の中から目覚めた。
「んんっ……???」
「お嬢様、少しだけ起きてくれ! こんな不潔なところで寝ていたら病気になるぞ?」
まっ暗闇の中で私を目覚めさせた人物が、ひそひそと話しかけて来た。
「……っ!」
(私、いつの間にか眠っていたの⁉ ああ、今のはお祖父様の夢を見ていたのね……?)
離れの小屋に置かれたベッドに、腰をおろして考え事をしているうちに。私はいつの間にか眠ってしまっていたらしい。
「このままお嬢様を運ぶから……暴れるなよ?」
暗闇の中で私に話しかける相手の顔は判別出来ないけど。声の方は昔から良く知る人物のものだと分かった。
「……クロヴィスなの⁉」
(ああ、侍女の二コルから伝言を聞いて、私を迎えに来てくれたのね)
「今日は災難だったな。早く家に帰ろう」
「ええ……本当にその通りよ」




