26話 求婚
普通なら複雑過ぎて、最低でも一年以上はかかる離婚の手続きが、驚くほど早く完了した。クロヴィスの父シェンストーン侯爵が、何人かの有力な友人に相談し、手続きが早く進むように助力してくれたからだ。
晴れて独身となった私は、シェンストーン侯爵邸からガーメロウ邸へ戻った。
「お祖父様、ただいま戻りました」
私は漆黒の喪服姿のまま、お祖父様がいつも仕事をしていた執務机の椅子を撫でた。お祖父様が愛煙していた葉巻の匂いが染みつく執務室にいると……急に寂しさを感じた。
ジワジワと私の目に涙が滲む。
指先で涙を拭っていると、ガチャッと扉が開きクロヴィスが入って来た。
「アデル、護衛の騎士をあと二人雇ったほうが……」
クロヴィスは私の顔を見てすぐに、泣いていたのだと気づき。話すのをやめて、私を抱き締めた。私が何も言わなくても、クロヴィスは涙の理由を察してくれたのだろう。
「ダメね、私ったら……そろそろ喪服を脱がないといけないのに」
(お祖父様が亡くなってから、あっというまに一年が過ぎてしまったわ。いつまでも悲しみに暮れて、喪中ではいられないのに)
頭ではそう思っていても。不意に悲しみがこみ上げて来て、未だに涙が溢れてしまうのを止められないのだ。
「嫌なら喪服のままでも良いさ」
「そうは行かないわ。私にはいろいろな計画があるから」
「……計画?」
いつまでも泣きながら、屋敷に閉じ籠ってはいられない。私はクロヴィスを見上げて告白した。
「ねぇクロヴィス、私と結婚して!」
「……っ」
クロヴィスはポカ~ンと口を開けて私を見下ろす。
「お願いクロヴィス… 私と結婚して!」
(お願い! お願い! お願い! お願い…っ! クロヴィスお願い!!)
胸をドキドキさせながら、私はクロヴィスに懇願した。クロヴィスは私を見下ろしギュッと眉間にしわを寄せる。
「お前は……っ!」
「お願いクロヴィス! 私……あなたが好きなの! たぶん、ずっと好きだったの!」
(クロヴィスのことを意識しはじめてから、私は注意深くクロヴィスのことを見るようになったわ。そうしたら、クロヴィスはたくさんの女性たちから、熱い視線を送られていることに気が付いた)
「……ねぇ、お願い! 私はクロヴィスに近づく女性たちに、すごく嫉妬したの。だから……」
私は必死にクロヴィスに求婚した理由を説明すると。クロヴィスは物凄く険しい顔をする。
「アデル……そもそも求婚と求愛は、男にさせないとダメだ」
「え……?」
「そうしないと……結婚したあと、夫となった男は妻が自分に惚れているからと調子にのって傲慢になるからだ」
クロヴィスは険しい表情で、私の頬を大きな手のひらで包むと、なぜか説教を始めた。
「ク、クロヴィス……?」
(えええええぇぇ~…? クロヴィス、ここで説教するの? 返事は? 結婚するの? しないの⁉)
「いや……今はそんな話はどうでも良いか」
「クロヴィス?」
「アデル……」
クロヴィスは私の唇にキスを落とし、苦笑する。
「……っ!」
(キス? 唇にキス⁉)
私の顔や耳まで急激に熱くなる。
「お前……オレの見せ場を奪った自覚はあるか?」
クロヴィスはもう一度、私の唇にキスをする。
「……っ⁉」
(んんん? 見せ場を奪った? それはどういう意味?)
クロヴィスの唇が私から離れると。訳が分からず私がキョトンとすると……プハッ! とクロヴィスが吹き出した。
「もう少し待ってくれたら、オレが先に求婚したのに!」
「あら。……あなたも私と結婚する気だったの⁉」
(んんん?)
確かに最近のクロヴィスは、あまり意地悪を言わなくなったけど。その代わり甘い言葉で私を揶揄うことが多くなった。
「オレは本気で口説いていたのに。経験の少ないお前は恋愛に鈍感で、気づかなかったからな」
やれやれとクロヴィスは苦笑いを浮かべた。
「えっ、私を口説いていたの? ……つまり私と結婚してくれるの⁉」
「結婚するに決まっているだろう! オレ以上にお前のことを大切にできる男が、他にいるか?」
「いないわ」
「まったく、お前は……」
ブツブツと文句を言いながら、クロヴィスは私にキスをした。
クロヴィスは喪が明けてから礼儀正しく跪き、私に求婚する気でいたらしい。
――それなのに私に先を越されて、クロヴィスは少しだけ不機嫌そうにする。
だが……『あなたが誰かに盗られないか心配で、待てなかったの!』と私が言い訳をすると。クロヴィスはすぐに上機嫌になった。




