24話 アデルの居場所2
クロヴィスのエスコートで執務室へ入ると。シェンストーン侯爵の鋭い視線にさらされ、顔を強張らせた夫のピエールが居心地が悪そうに座っている。私が来る前に散々、侯爵様に嫌味を言われたのだろう。
「フッ……」
(いい気味だと笑ってやりたいけれど。時と場合を考えて、今は控えないと)
コホンッ! と咳払いを一つして、私はニヤついてしまいそうな顔を引き締め。最初にピエールではなく、侯爵様……いえ、お義父様への挨拶から始めた。
「お待たせしました、お義父様」
「うむ」
侯爵様はぶっきらぼうにうなずき、『浮気男を懲らしめておいたぞ』と笑った。
「……っ!」
ピエールがギョッと目を剥く。私が侯爵様をお義父様と呼んだことに気付いたのだ。来客用のソファセットに座ったまま、ピエールは私を見上げて固まった。
「……」
(ふふっ……ピエール、さすがに動揺しているわね? 少し照れてしまうけれど)
バーンウッド伯爵家から先触れが届き。夫のピエールが侯爵家に私を取り戻しに来ると分かった時に――
侯爵夫妻とクロヴィスは自分たちのことを、家族らしい呼び方をしろと私に指示した。だから今日はずっと侯爵様を『お義父様』と呼び。侯爵夫人を『お義母様』と呼んでいる。
これは侯爵家の家族として扱っている娘を、ピエールが強引に連れ戻そうとすれば『シェンストーン侯爵家を敵にまわすぞ』という侯爵家の意志表示なのだ。
侯爵夫妻は伯爵邸から逃げ出した私を、この数か月間は家族のように可愛がってくれた。それはお祖父様を亡くしたばかりの私にとって、一番の癒しとなった
「フッ……」
私のエスコートをして、隣に腰を下ろしたクロヴィスが、ピエールの反応を見て鼻で笑った。
以前のクロヴィスなら護衛として背後に立ち、けして私と一緒に座ることなど無かったが。今は私の恋人を装い隣に座っている。
隣に座るクロヴィスを見上げると、私と目が合いニコリと微笑む。クロヴィスは私の手を取り、愛おし気にキスをした。
「/////////っ!」
(ううっ……最近のクロヴィスはいつもこんな調子だから。すごく照れてしまうわ! クロヴィスの視線が甘く感じるのは、私の気のせいかしら? これは演技よね? ピエール対策の擬装よね?)
顔が急激に熱くなり、私はクロヴィスから視線をそらした。
「ふふっ…」
“アデルはオレのものだ” ……と主張するように。クロヴィスは私の手に指を絡め、楽し気に笑った。どうやらクロヴィスはこの状況を、面白がっているようだ。
「/////////…」
(もう、クロヴィスったら!)
私とクロヴィスの間に漂う甘い雰囲気を壊すように。妻を心配するフリをするピエールが白々しく割って入って来た。
「ああ、アデル! 君がこんなところにいるなんて……僕がどれだけ君のことを心配したか!」
ピエールに冷ややかな視線を向けると。頬をピクッ、ピクッ、と引きつらせて笑顔を浮かべていた。どうやらピエールには演技の才能は皆無らしい。
その点、クロヴィスは私の恋人役の演技が完璧だった。……思わず、本当に私を愛しているのではないかと、信じてしまいそうだ。
「侯爵家の皆様のおかげで、あなたの命令で押し込まれた、伯爵邸の離れの小屋よりは、ずっと快適に暮らしているわ」
(こうして見ると……私の目は本当に曇っていたのね。ピエールに会えば伯爵邸を追い出された時のように、胸が痛むかと思っていたけれど。少しも痛くないわ)
目の前にいる軽薄な男に、自分が夢中で恋をしていたのが信じられない。あんなにも好きだと思っていた相手なのに。
(きっと私はピエールに恋する自分に酔っていただけだわ)
少し落ち込み、ハァ――……とため息をつくと。クロヴィスの大きな手が、励ますように私の手をギュッと握る。
「大丈夫よ。ありがとう」
私はクロヴィスを見上げてニコリと笑い、大きな手を握り返すと……クロヴィスは力強く頷く。
ピエールが目の前にいても私が動揺しないのは、クロヴィスが私を守ってくれるからだ。
(とても心強いわ。クロヴィスこそ、私に無くてはならない人なのだわ)
甘い空気を漂わせクロヴィスに信頼を寄せる私の姿に。ピエールはムッとする。
「アデル。シェンストーン侯爵に、これ以上迷惑をかけてはいけないよ? バーンウッド伯爵家に戻って来なさい」




