20話 悔恨
思わずニヤリと笑った。オレが頬に触れた時にアデルが恥じらいながら顔を赤くする姿を思い出していたのだ。
「ようやくアデルが、オレが男だと意識したようだ……」
(アデルの護衛を始めたのは……確か十二歳の時からだから。ずいぶんと長い付き合いだよな)
半年前にバーンウッド伯爵家に嫁ぐまで、オレは片時も離れず護衛としてアデルの側にいた。
長い間近くにいたオレを男として、アデルが見ていないことは分かっていたが。そのアデルがようやくオレを大人の男だと認識したのだ。
「やれやれ……」
馬車ではなく馬で移動しようと。苦笑いを浮かべながら厩舎に近い、シェンストーン侯爵邸の裏口から出たところで呼び止められた。
「クロヴィス、どこへ行くのだ?」
オレを呼び止めた声の方を振り向くと、父上が立っていた。
「父上、昨夜の襲撃犯から情報を引き出せたかを聞きに、王都騎士団へ行って来ます」
(面倒な人に呼び止められたな。出来れば避けたかったが……)
オレと父親は似た者同士の親子で。二人とも頑固な性格だから、自分の意見を絶対に曲げないところがある。昔からそれが大げんかの原因になっていた。
「お前はまだ、あの女官のことに拘っているのか?」
「何ですか、父上? 唐突にそんな古い話を持ち出したりして」
オレが近衛騎士団をクビになった時の、同僚とケンカをする原因を作った王宮女官の話を父上は持ち出した。
「アデル嬢の境遇があの女官と少し似ているから。……お前はまた同情してアデル嬢と結婚すると、言い出すのではないかと思ったからだ」
「……っ」
(今さらまた、父上はスザンヌの話を蒸し返すのか⁉)
オレの友人だった王宮女官のスザンヌは、近衛騎士団時代の同僚に、弄ばれて妊娠した途端に捨てられた。
オレと同僚はケンカになり。高位貴族同士だったオレたちは、引くに引けない状況となり、決闘騒ぎにまで発展した。
――だがオレはスザンヌの名誉を守るのに、ケンカの理由を騎士団に明かさなかったため。オレ一人だけが汚名を着て、近衛騎士団をクビになった。
『苦労して入団した近衛騎士団をケンカでクビになっただと⁉ ケンカの理由は、何なのだクロヴィス! 答えろ!』
『父上にも話す気はありません! 私にも絶対に曲げられないことがあるのです』
当然オレは父親にも、ケンカの理由を話さなかった。
『クロヴィス! この愚か者!』
『それよりも、結婚したい相手がいます』
『なんだと? 騎士団をクビになったばかりだと言うのに、結婚だと⁉』
『父上はいつも早く相手を見つけろと、おっしゃっていたではありませんか。これからは領地の運営に専念しようと思います』
口を開かないオレの代わりに。父上はオレに罪悪感を持っていたスザンヌから、ケンカの原因を聞き出し。……そしてオレのケンカ相手の実家、ブラウンヒルズ公爵家と秘密裏に交渉した。
――スザンヌと腹の子の父親、公爵家の次男を結婚させるために。
「あの件に関しては。今でも私は正しいことをしたと思っている」
父上は冷ややかにオレを見て言った。
「ああ、そうでしょうね! 実に貴族的な考え方です。……ですがスザンヌは死んでしまった! オレには父上の行動は害になったとしか思えません」
(あの時オレはスザンヌに『必ず守ってやる』と約束したのに!)
スザンヌは自分のせいで、オレに汚名を着せてしまったと。ずっと罪悪感を感じていたから。友人のオレではなく、子供の父親を選び結婚した。
(結婚相手に不安を抱えていて、スザンヌは自分が不幸になると、分かり切っていたのにだ!)
そして恐れていた事態となった。
無理矢理ブラウンヒルズ公爵に、スザンヌと結婚させられたオレのケンカ相手は、酒に酔って妊婦のスザンヌを階段から突き落として、子供もろとも殺してしまったのだ。
「お前が情に厚い男なのは知っている。だが私の目には同情で結婚するお前が、不幸になる未来しか見えなかった」
子供の頃から鍛錬し続けて、ようやく入団した近衛騎士団を、オレは卑劣な男にクビにまで追い込まれた。そんな男の子供を身籠った女を、妻に迎えることがどうしても父上には許せなかったのだ。
騎士になるため血の汗を滲ませて努力した息子の姿を、ずっと見て来た父上自身が、あまりにも悔しくてスザンヌを受け入れられなかった。
「……」
(確かに結婚をしようと考えたのは、同情からだった。だけどスザンヌは、学園に通っていたときからの友人だ。結婚すれば友情だけではなく、彼女となら愛情も育めるはずだと……自信があった)
自分が守ると誓った友人スザンヌを、オレは死に追いやった悔しさから、立ち直ることが出来ず。父上と大げんかとなり、一人汚名を着たことで家の恥だと絶縁された。




