18話 変化
二人で執務室を出たところで、クロヴィスは何かに気を取られて、ジッと私を見つめてから口を開いた。
「お前のドレスの替えを、用意しないといけないな」
「ああ、そう言えば……昨日、お祖父様の葬儀で着た喪服を、今も着たままだったわね」
「昨日も今日も、ずっとバタバタとしていたからな」
「本当ね。……お祖父様のお葬式から、たった一日しか過ぎていないのが、信じられないわ」
あまりにも色々なことがあり過ぎた。ピエールの裏切りも、お祖父様にはもう会えないことも。それからクロヴィスとまた会えたことも。目まぐるしい変化が次々と私に訪れた。
(それに昨夜は命を狙われて、襲われたし)
「こんなことならバーンウッド伯爵邸から、お前と一緒に荷物をいくつか運んで来れば良かったな。それとも結婚前に着ていた古いドレスを、ガーメロウ邸からシェンストーン侯爵邸に持ってくるか?」
漆黒のドレスを見つめたまま、クロヴィスは自分の頬をポリポリと指でかき、眉をひそめた。
「いいえ、クロヴィス。ガーメロウ邸に今の私が着れるドレスは無いわ。……だって黒やグレーのドレスなんて、結婚前は持っていなかったから」
お祖父様が亡くなったばかりだから、私は一年間は喪に服さなければならない。
私は滑らかな黒い生地に……同じ黒でも微妙に色が違う黒糸の刺繍で飾られたドレスを撫でる。
グレーや黒でフリルやリボンの飾りが少ない地味なドレスを着て、華やかな社交活動も自粛するつもりだった。
「だったらドレステーラー(仕立て屋)に注文しないとダメか……」
命を狙われている私が、侯爵邸を出て外出するのはもちろんダメだが。侯爵邸へドレステーラーを招き入れるのも、夫のピエールに私の居場所を知られるリスクが大きくなり、それだけ危険度が増す。
いつかピエールに見つかるとしても。遺産の名義を変更出来ていない今は、まだ早い。
「バーンウッド伯爵夫人の名前で、すでに何着か注文してあるの。ドレスが出来次第、伯爵邸に届けられることになっていたけれど……」
「なら、ガーメロウ邸にいるお前の侍女の二コルに、受け取りに行かせよう」
結婚前から私の侍女だった二コルなら、ドレステーラー(仕立て屋)とも顔見知りで、直接ドレスを受け取りに行っても、不審には思われないだろう。
――それに二コルなら私の事情も知っていて、伯爵家から解雇された身だから自由に動ける。
「ええ、お願いクロヴィス」
(クロヴィスは本来、護衛騎士なのに。まるで私の侍女のようだわ! 本当に何でも良く気が利く人ね!)
「……アデル」
真剣な表情でクロヴィスは再び、私の顔をジッと見つめた。
「今度は何?」
不意に剣で鍛えられた太い指でスルリと顔を撫でられ、クロヴィスの大きな手のひらが私の頬を包んだ。
途端に私の心臓がドキッ! と胸の中で飛び跳ねる。
「それよりアデル、お前……やっぱり顔色が悪いぞ? 今すぐ部屋に戻って休め。無理はするな」
「そ、そうね……そうするわ。確かに頭が少し重くて痛いわ」
(驚、驚いた! クロヴィスを兄のように思っていたから、今まで何も変だと思わなかったけれど。冗談と言っても……さっき結婚の話が出てから、急に恥ずかしくなってきたわ!)
『アデル、ピエールと離婚出来たらいつでもオレの嫁にしてやるよ』
『そ、その言葉……忘れないでよね! クロヴィス、絶対だから!』
クロヴィスの言う通り、私は子供だったのかもしれない。兄妹でも大人になれば常識的に夫以外の男性が、気安く女性の頬に触れたりはしない。
その場で固まったまま、恥じらう私の顔が少しずつ熱くなり。クロヴィスも私の動揺に気付いたようで、サッと手を離し私の頬に触れるのをやめた。
「お前の身体は弱いほうでは無いけれど、疲れが溜まっているみたいだな。これから忙しくなるから、倒れる前にゆっくり休んでおけよ」
薄っすらとクロヴィスの頬が赤くなっていた。
「ええ、そうするわ」
「もう一度オレは王都騎士団に行って、襲撃犯たちの尋問で何か聞きだせたかを確認してくる」
クロヴィスは私にクルリと背を向けて、廊下を歩いて行く。
「あっ! クロヴィスこそ、昨夜からずっと休んでいないのでしょう? 無理はしないで!」
(襲撃を受けてからずっと、私のために夜通し動いていたし。それに昨日まで、お祖父様の葬儀で大忙しだったはずだわ)
本当は私とピエールがしなければ、いけないことなのに。全部クロヴィスが代わって引き受けてくれた。
(私はクロヴィスに頼りすぎよね?)
「オレは大丈夫だ。ヒマを見つけては休んでいるから……それより早く部屋に戻って休め、アデル」
ニヤリと笑った後、クロヴィスは私に大きな背を向けて歩き去った。




