17話 売り言葉に買い言葉
話が終わり弁護士のジャコブ卿が帰って行くと。……クロヴィスはいきなり、ブハッ! と吹き出した。
「ぐっ……あはははははっ――!」
「もう……あなた笑いすぎよ、クロヴィス?」
レースのハンカチを丁寧にたたみ、喪服の隠しポケットにしまうと。隣で大きな身体をのけぞらせて笑うクロヴィスに、冷たい視線を向けた。
「いや……だって、お前……いったいドコの女狐だよ? くっくっくっ」
嘘泣きをする私を見ながらずっとニヤニヤしていたクロヴィスは、ついに爆笑を抑えられなくなった。
「あのままだとジャコブ卿は、きっと私に名義変更を考え直すようクドクドと説教をして、時間を無駄にかけていたはずだわ」
(私のことを心配して親身になってくれるのは嬉しいけれど)
――でも今は一刻もはやく名義をクロヴィスに変えて、夫のピエールに私を殺しても遺産はコインの一枚も手に入らないと理解させたい。自分の身の安全を確保したいから。
「確かに……オレがジャコブ卿の立場でも、きっとお前に説教をしていただろうな」
笑い過ぎて目から滲み出た涙を親指で拭いながら、クロヴィスは私の意見に同調する。
「そうなると私は、なぜ全財産を預けられるほどクロヴィスを信頼しているのか。ジャコブ卿が納得出来るよう、細かく説明しなくてはいけなくなるでしょう?」
クロヴィスは口が悪く、他人に媚びる人ではないから。出会った相手にあまり良い印象を与えない。だからクロヴィスの誠実さや、真面目な性格を誰かに説明するのがすごく難しい。
「なぁ、アデル。お前はオレを信用し過ぎてないか? ジャコブ卿みたいにオレもお前が、少し心配になってきたぞ?」
子供のように拗ねてプクッと膨れていると。私の頬をクロヴィスは指先でツンツンとつつく。私は自分の頬をつつく太くてゴツゴツした指を捕まえて、ギュッと握りしめた。
「だってあなた以上に信じられる人はいないわ。クロヴィスを信じないで、他の誰を信じろというの?」
(今だってクロヴィスはこんなに私を心配してくれるのに)
隣に座るクロヴィスに、私はコトンッと凭れて身体を預けた。
「あなたを私の護衛からはずして伯爵家に嫁いだときから。毎日、あなたが恋しかったわ。ピエールに気を使い、あなたに会ってはいけないと思えば思うほど、とても寂しくて辛かったの」
しみじみと語って、私は自分の気持ちをクロヴィスに伝えた。結婚して以来、ピエールを選んでクロヴィスを捨てたような罪悪感が、常に私を苦しめて来たから。
「……っ」
私の告白を聞いたクロヴィスの顔が、カアッと赤くなった。
「叶うなら……私は二度とクロヴィスから離れたくないわ」
(クロヴィスの隣に戻れたのだから)
この時の私にはあまり自覚はなかったけど。後から振り返ると『求婚か?』 それとも『愛の告白か?』と聞いている方は勘違いしそうなほど、情熱的な告白に聞こえたかも知れない。
「アデル……結婚して少しは大人になったように見えたが。やっぱりお前はまだ子供だな」
クロヴィスは私とは反対側に赤い顔を向けて、ハァ――ッ……と大きなため息をつく。
「……何ですって⁉ 私は立派なレディよ! もう、クロヴィスったら……本当に意地悪ね!」
私はキッとクロヴィスを睨んだ。
「アデル……立派なレディは夫でも恋人でもない男に、こんなにピッタリくっ付いて甘えたりしないぞ?」
フッ……とクロヴィスに鼻で笑われ、私は癇癪を起こす。
「もう、クロヴィスの意地悪! こんなことなら、最初からあなたと結婚しておけば良かったわ! 妻ならこんなに意地悪なことを、言われなかったでしょうに――っ!」
「くっくっくっ……アデル、ピエールと離婚出来たらいつでもオレの嫁にしてやるよ」
私は揶揄い合っているつもりで言ったけど。予想外にクロヴィスの目は本気に見えて……私は思わずたじろいだ。
(売り言葉に買い言葉だったのに……)
「そ、その言葉……忘れないでよね! クロヴィス、絶対だから!」
「わかった、わかった! 約束するから叫ぶなよ。お前は立派なレディだろ?」
クロヴィスは子供をなだめるように、私の額にキスをしてトンッ、トンッ、と腕を叩いた。




