16話 弁護士と面談
シェンストーン侯爵家の執務室に置かれた、来客用のソファセットに腰を下ろし。祖父バスティアン・ガーメロウの弁護士、ジャコブ・ラントン卿と向き合い、私は遺産相続に関する重要事項についての要望を伝えた。
「ジャコブ卿、私がお祖父様から相続する遺産のすべてを、クロヴィスの名義にしてほしいのです」
私は弁護士のジャコブ卿に微笑みかけた。
「伯爵夫人……今、何とおっしゃられたのですか?」
すでに初老と言われる年齢に達していたジャコブ卿は、自分の耳の機能に疑いを持ったらしく、私にもう一度聞き直す。
「お祖父様の遺産はすべて、私の隣にいるクロヴィスの名義にして下さいと言ったのです。ジャコブ卿」
隣に座るクロヴィスの太い腕に触れ、私はジャコブ卿にもう一度伝えた。
「……ク、クロヴィス卿にですか? 遺産のすべてを⁉」
「どうか、お願いします!」
とにかく最優先で処理して欲しいから。同情を買うためにジャコブ卿の目に私が家族を失ったばかりの孤独な娘に見えるよう儚げに微笑んで見せた。
するとジャコブ卿は私と隣に座るクロヴィスを、何度も交互に見た。
「……」
(やっぱりジャコブ卿は、私の計画を否定しそうだわ。良い弁護士なら当然の反応だわ。でも今は時間が無い)
自分の命がかかっているのだから。何が何でもジャコブ卿に、私の望みを叶えてもらわないと困る。
でもクロヴィス本人でさえ最初に私の考えを聞いた時は、お祖父様の遺産を自分名義にすることに、ひどく抵抗があったらしく拒否しようとしたぐらいだ。
(こんなやり方は普通に考えれば、世間知らずの愚かな娘が考えそうな、無謀な浅知恵としか思えないでしょうね)
明らかにジャコブ卿の顔には『若いアデルはクロヴィスに騙されている』 と私を心配し、クロヴィスを軽蔑する表情が浮んでいた。
そんな善良そうな弁護士の顔を、しばらく眺めてからクロヴィスは口を開く。
「昨夜、伯爵邸からアデルを実家のガーメロウ邸へ連れ帰る途中で、アデルは殺害目的で襲撃を受けた。護衛をしていたオレもその場にいたから、当主が不在のガーメロウ邸には行かず、このシェンストーン侯爵家にアデルの保護を依頼し、身を隠すことにしたんだ」
前日に起きた凶悪事件と今にいたる経緯を、クロヴィスは簡単に説明した。
「何と……っ! そんな卑劣なことが行われたのですか⁉」
「一人は逃亡。一人は死亡。生きたまま捕まえた二人は、王都騎士団の牢で尋問を受けている」
逃げ出した襲撃犯も、クロヴィスが撃った銃弾の傷をもとに、王都中の医師に銃創患者がいないかをあたり、王都騎士団が捜査している。捕まるのは時間の問題だろう。
だが襲撃犯たちとピエールとの関係を、立証出来るかはまだ分からない。
「そ、それでは伯爵様は⁉ 奥様が命を狙われたのなら、夫のバーンウッド伯爵様はどのような対応をされているのでしょうか?」
弁護士ジャコブは善良そうな顔を青くして、恐る恐るクロヴィスにたずねた。
クロヴィスの隣でさりげなく私は、レースのハンカチを取り出して、出てもいない涙を拭くフリをした。そしてジャコブ卿の同情を誘おうと、少々大袈裟な態度で、クロヴィスの代わりに私が疑問に答えた。
「祖父の葬儀が終わった途端……夫のピエールは恋人のシャルロット嬢をバーンウッド伯爵邸に連れ込み。彼女こそ『真実の妻』だと使用人たちのまえで宣言しました」
「バーンウッド伯爵様がですか?」
「ええ。私を侮辱しましたのよ? ああ……本当に残酷だと思いませんか、ジャコブ卿!」
ジャコブ卿は驚愕の表情を浮かべた。
「昨日の葬儀でお会いした時の伯爵は、とても温和そうな紳士に見えましたが……⁉」
私も含めて誰もがピエールの演技に騙されていた。祖父バスティアンでさえもだ。ジャコブ卿がすぐに信じられないのも分かる。
――だから私は怯えて見えるように声を震わせた。
「夫の侮辱に耐えられず、私は離婚したいと夫に申しあげましたら……私は祖父の遺産相続人だから嫌いでも離婚しないと! 私……このままでは夫に殺されてしまうわ! あああっ……なんて恐ろしい!」
少しも涙は出ていないけど。私はクロヴィスの膝に突っ伏して泣き崩れた。
「なんと卑劣な……!」
ジャコブ卿は怒り心頭の様子で、私の望みを聞き入れ。すぐに処理を始めると約束して帰って行った。
実はクロヴィスが名門貴族、シェンストーン侯爵家の嫡男だと知り。ジャコブ卿は侯爵家の社会的地位を考慮して、卑劣な行いはしないだろうと遺産の名義をクロヴィスに変更することに同意した。
……ただしジャコブ卿は、『私とピエールの離婚が成立するまでの期間だけ』という契約書に、クロヴィスが同意して署名することを条件に付けた。




