14話 バーンウッド伯爵邸の朝
事業の失敗で多額の借金を抱え、没落寸前にまで追い込まれていたバーンウッド伯爵家の存続のため。僕は父上の命令に従い、裕福な商人バスティアン・ガーメロウの孫娘アデルと見合いをすることになった。
もちろん僕は父上のそんな理不尽な命令は拒否した。僕には相思相愛の婚約者がいたからだ。
『待って下さい、父上! 僕には婚約者のストナル子爵令嬢、シャルロットがいます!』
シャルロットが学園を卒業し成人したら、僕たちは結婚する予定だった。その日をずっと心待ちにしていたのに。
『結婚前で良かったではないか』
『父上、僕たちは婚約しているのですよ? それにシャルロット以外の女と結婚したくありません!』
見合いを拒否した僕を、父上は馬鹿にして笑った。
『いいか、ピエール。そんなにシャルロットが気に入ったのなら、愛人にすれば良い。……ただし、バスティアンに知られて婚約が破談にならないよう、シャルロットの存在はしっかり隠しておけよ!』
『そんな……父上! 何てことを言うのですか! シャルロットにそんな残酷なことは出来ません!』
――元はと言えば父上が知人に誘われ、次々と手を出した事業がすべて失敗し、伯爵家が大きな借金を抱えてしまったせいだ。先祖代々伯爵家が所有してきた美術品や、亡くなった母上の宝石まで売り払っても、借金が大き過ぎて全額を返すまでには至らなかった。
父上はその金を僕の結婚で取り返そうとしているのだ。
『絶対にアデル嬢を逃すなよ? 金がなければお前の大切なシャルロットに、ドレスの一枚も買ってやれないのだぞ。ピエール、お前はそれでも良いのか?』
『……っ』
苦汁の決断を迫られ。僕は父上にの命令に従い、アデルと婚約しバスティアン・ガーメロウに隠れて、シャルロットと秘密の恋人関係を続けて来た。
――だが、ようやくアデルの祖父が病死し、アデルを屋敷から追い出した。
僕は愛するシャルロットを、バーンウッド伯爵邸に迎え入れることが叶い、幸福の絶頂にいた。
「ねぇ、ピエール? あの女の絶望した顔。何度、思い出しても笑えると思わない?」
バーンウッド伯爵夫人のベッドに横たわり。シャルロットは並んで寝転がる僕に、クスクスと笑いかけた。
「ふふふっ……シャルロット。昨日のアレがそんなに気に入ったのか? 君は悪い女だな」
僕たちの計画ではアデルを殺すのは、もっと先にする予定だったけど。シャルロットに『早く伯爵夫人の部屋で暮らしたい』と泣きつかれて。僕はこれ以上、最愛の人を待たせることが出来なかった。
「悪い女なのは、あの女の方よ! 図々しくあなたと結婚したいと、あの女が言い出さなければ、私の赤ちゃんはきっと死ぬこともなかったわ!」
シャルロットは悲しそうに、自分の平らなお腹を撫でる。
「そうだな……君の言う通りだ」
シャルロットが学園を卒業したら、すぐに結婚する予定だったから。卒業の日を目前にして、僕たちは初夜まで待ちきれず何度も愛を交していた。
それなのに父上の命令で僕とアデルの婚約が決まり。シャルロットにそのことを伝えたら……シャルロットは大きなショックを受けて、僕の子を流産してしまったのだ。
皮肉にも流産したことで、シャルロットが僕たちの子を妊娠していたことを知った。
流産で身体を壊したシャルロットは、学園の卒業間際に療養生活を送ることとなり。社交界で病弱な娘だとレッテルを貼られ、僕以外の誰かに嫁ぐことさえ出来なくなった。
「本当にアデルは自分の身分もわきまえず。生意気な女だったよ」
思わず僕はフンッ! と鼻を鳴らした。
(婚約者となり何度かガーメロウ邸を訪れた時。平民のくせにアデルは、本物の貴族の僕よりも、ずっと裕福な暮らしをしていた。それが憎くてたまらなかった!)
「ねぇ、ピエール? あの女……どんな顔で死んだと思う?」
「昨日見た時よりも、もっと絶望した顔に決まっているさ!」
僕はシャルロットの華奢な手を取り指先にキスをした。……するとシャルロットは蠱惑的な笑みを浮かべて、僕の耳に赤い唇を寄せてヒソヒソと囁く。
「ふふふっ……いい気味だわ!」
子供を失いシャルロットが絶望している時に、何も知らず無邪気に笑うアデルが大嫌いだった。だから僕は甘い言葉でアデルを誘惑した。
天国から地獄へ、虫けらのようにアデルを叩き落としてやるために。




