12話 クロヴィスの実家
私が眠っている間に、前日から着ていた喪服の汚れが使用人たちの手で綺麗に落とされていた。しわくちゃだったのも丁寧にのばしてある。
一つも荷物を持たずにバーンウッド伯爵邸から逃げ出してきた私は、綺麗に手入れされた黒いドレスを再び着ると、ハァ――ッ……と憂鬱なため息を吐く。
使用人に案内されて朝食室へ行くと、ちょうど屋敷の主たちが朝食をとっていた。
「おはようございます、シェンストーン侯爵様、侯爵夫人」
「おはよう、アデル嬢。昨夜はよく眠れたかな?」
私は出来るだけ優雅に見えるよう、ゆったりとした動作でお辞儀をして朝の挨拶をすると。クロヴィスと良く似た笑顔で、シェンストーン侯爵は機嫌良く私に挨拶を返してくれた。
「はい、侯爵様。昨夜の非礼をお許しください。……そして深夜にもかかわらず、温かく受け入れて下さったことを、心から感謝いたします」
(私をバーンウッド伯爵夫人とは呼ばず。アデル嬢と呼んだということは……侯爵様は昨夜のうちにクロヴィスから、私が遺産狙いの夫に殺されかけ離婚したがっていることまで、聞いているのね? そして侯爵様は私の味方になってくれるという意味かしら?)
「ふふっ……アデル嬢。感謝するのはこちらの方だわ。あなたはうちの一人息子を連れ戻してくれたのだから」
侯爵夫人はニコニコと笑った。
侯爵夫妻の反応が私の思っていたものと違う。
「え……?」
(私がクロヴィスを連れ戻した? ……でもクロヴィスの話では、近衛騎士団をクビになってお父様に絶縁され、侯爵家から追いだされたと聞いたけれど?)
思わずキョトンとすると……私の疑問に答えるように、侯爵夫人は補足を付け加えた。
「旦那様もクロヴィスも、昔から口が悪くてね。一度ケンカを始めると、それはもう……聞いているこちらの方が胸が痛くなるほど、辛辣な言い争いになるのよ」
「まぁ……」
(口が悪い? それなら理解出来るわ)
クロヴィスは私にも意地悪な言いかたをすることがあるから。……でもクロヴィスの話はいつも正しいから、意地悪な言葉でも悪意が無いとわかる。
(つまり……クロヴィスの口の悪さはお父様に似たのね?)
私がチラリと視線を向けると、侯爵は横を向いてゴホンッ! ……と咳払いをした。
「何年か前にね、あなたのお祖父様に和解のための仲裁役をお願いしたけれど……」
「お祖父様にですか?」
(そんな話は、初めて聞いたわ)
「ええ。でも二人とも意地っぱりだから。山よりも高いプライドを持つ者同士、どちらも絶対に自分が先に折れて、頭を下げようとしないから。……結局、その時もケンカ別れしてしまったの」
「そんなことが……」
侯爵邸に来る直前に、クロヴィスから聞いた言葉が私の脳裏に浮かぶ。
『お前を守るためだ。オレが頭を下げて何とかするさ』
クロヴィスはこのシェンストーン侯爵邸で私を守るために。プライドを曲げてまで自分からお父様に折れることで、長い間続いていた親子の確執を終わらせた。
当時、侯爵家の父と息子に、それぞれどんな主張があったかは分からないけど。絶縁騒ぎになるほど、お互いが絶対に譲れないことがあったはずなのに。
侯爵は黙りこみ、居心地が悪そうにティーカップを口に付ける。そこにひょっこりとクロヴィスが朝食室にあらわれた。
「なんだアデル、もう起きていたのか?」
「ああ、クロヴィス。お帰りなさい!」
「もっとゆっくり休めば良かったのに。お前……目の下にクマが出来ているぞ?」
朝食の席についた私の隣に立ち。長い付き合いの気安さで、クロヴィスは私の頬を指の背で撫でた。
「あなたこそ、疲れた顔をしているわよ? それよりも、昨夜は慌てていたから言い忘れてしまったけれど。助けてくれてありがとう」
私は自分の頬を撫でるクロヴィスの大きな手を捕まえて。感謝を込めて手の平にキスを落とす。
「……それとクロヴィス。あなたのことを誇りに思うわ」
(自分を曲げてまで、私を守り助けようとしてくれる高潔なあなたのことを)
――私のために長年確執があったお父様に、クロヴィスは頭を下げてくれた。もう一度クロヴィスの手にキスをすると、私はチラリと侯爵夫妻に視線を向けた。
私の視線と行動で勘の良いクロヴィスは、私が何を言いたいのか、すぐに理解したらしい。雄々しくてシャープな輪郭の頬が照れているらしく、薄っすらと赤く染まった。
お互いを信頼し合い親しげな態度の私たちを、興味津々のシェンストーン侯爵夫妻が熱心に見つめていた。




