第六話 友達と下校
午後の授業もなんとか無事に終わった。いや、無事と言っていいのかも分からない。
授業中、優星にノートを見せてほしいと頼まれかけ、湊には休み時間のたびに話しかけられ、桜には好きな人について追加で質問されそうになった。
そのたびに話題を逸らし続けたわたしを誰か褒めてほしい。
終業のチャイムが鳴ると、わたしは教科書を鞄に詰め込んだ。
寄り道も会話も必要ない。今日はもう十分にイベントをこなした。これ以上何かが起きる前に、さっさと家に帰るのだ。
「ユイちゃん、帰ろ!」
鞄を肩に掛けたところで、桜がやってきた。
「うん、帰ろっか」
桜と2人なら問題ない。わたしは立ち上がり、桜と一緒に教室の出口へ向かった。
「あ、月岡さん!」
……問題しかなかった。
聞き覚えのある声に、わたしの足がぴたりと止まる。振り返ると、湊が机の横から手を振っていた。その隣には、優星もいる。
「今日、一緒に帰らない?」
―はい、来ちゃったよ。お前たちはなんでそこにるんだよ。
一旦は否定しかけたものの、踏みとどまって考え直す。クラスメイト同士で一緒に帰ることくらい、普通にあるし、何もおかしくない。むしろ、友達を増やすいい機会ではなかろうか。
そう考えた自分を、わたしはすぐに疑った。
作者が喜びそうな展開だからだ。
「いいじゃん! みんなで帰ろうよ!」
桜があっさりと賛成した。
―待って?桜ちゃん、もう少し警戒心を持とう?
「月岡さん、今日は助けてもらったお礼もしたいしさ」
湊がにこにこと笑う。
「お礼なんていいよ。あれくらい」
「いやいや、ほんとに助かったんだって!」
湊はそう言うと、鞄を持ち上げた。
「じゃ、行こう!」
わたしの意思は確認されず、みんなで帰る事が決定してしまった。
そもそも、わたしは帰ろうとしていただけなのに、どうしていつの間にか四人で帰ることになっているのだろう。これが集団行動の恐ろしさか。
「ユイちゃん?」
「……うん、行こう」
わたしは諦めて頷いた。ここで一人だけ断る方が不自然だ。
それに、湊はお礼をしたいと言っているだけだし、優星だって普通に誘ってくれただけだろう。わたしは自分に言い聞かせながら、教室を出る。
廊下には、帰り支度を終えた生徒たちが行き交っていて、階段を下りると、窓から差し込む夕日が床をオレンジ色に染めていた。
「そういえば、月岡さんって帰り道こっちなんだね」
湊がわたしの隣を歩きながら言った。
「うん。駅から三駅。湊くんは?」
「俺は五駅だから少し先だな。」
「そっか」
他愛もない会話。わたしはほっと息を吐いた。
「ユイちゃんって、普段は何してるの?」
今度は優星が尋ねてきた。
「趣味とか特技とか。昨日はピアノ弾いてたし、今日の授業では湊を助けてたし」
「いや、それは、、」
わたしは鞄の持ち手を握り直した。
「普通だよ。ほんとに」
「普通って?」
「えっと……普通に寝て、食べて、学校に来てる」
「それ、みんなそうじゃない?」
桜が笑った。
―違うんです。わたしはただ、これ以上設定を増やしたくないだけなんです。
趣味を話せば新しいイベントが生まれるかもしれない。特技を話せば披露する機会が用意されるかもしれない。そして最悪の場合、作者が勝手にわたしの知らない一面を生やしてくる。
そんなの、たまったものではない。
「でも、月岡さんって面白いよね」
「またそれ!?」
思わず叫んでしまった。三人が声をあげて笑う。
どうしてだろう。今日一日で、わたしの平穏な高校生活がどんどん遠ざかっている気がする。
だが、こういうのも普通の高校生活なのかもしれない。
夕日が照らす帰り道。四人の笑い声が、ゆっくりと校門の向こうへ流れていった。
その直後。
「いたぞ!ルナだ!!」
突然響いた大声に、わたしは足を止めた。
校門の向こうから、見知らぬ男子生徒たちがこちらを指差している。制服が違う。天望学園の生徒ではないらしい。
「おい、あれがルナ……?」
「間違いねえ。特徴が一致してる」
月の女神??少なくとも、わたしのことではないはずだ。物騒な人たちがいるもんだなぁなどと呑気に考える。
「……ユイちゃん?」
桜が不思議そうにわたしを見る。
「知り合い?」
「いや、全然!?」
あんな物騒な人たちと知り合いになった覚えはない。本当に知らな…あ…、、
――2週間ほど前
「ケーキ食べ放題のお店に連れて行ってあげるからついておいで」と知らない人に勧誘されたわたしは、嬉々として車に乗り込んだ。着いた場所はテニスコート2面分ほどの薄暗い倉庫のような場所だった。
騙されたと気づいた頃には時すでに遅し。背格好から見るに男子高校生だろうか、複数人に囲まれ身体を拘束されそうになる。
状況だけ見れば、かなりまずい。
「おとなしくしてろよ」
男子生徒の一人が、わたしの腕をつかもうと手を伸ばした。
わたしは一歩下がり、その手をかわす。
「えっと、確認なんだけど」
「あ?」
「ケーキ食べ放題は?」
「……は?」
「だから、ケーキ。食べ放題。どこ?」
沈黙。
どうやら、質問の意味が分からなかったらしい。
わたしだって分からない。どうしてケーキを食べに来ただけで、こんな倉庫にいるんだろう。
「ふざけてんじゃねえぞ!」
男が声を荒らげた。
─あ、これ本当にケーキないやつだ。残念。
わたしは小さく息を吐いた。
「……じゃあ、帰るね」
「帰れると思ってんのか?」
数人が一斉に動いた。
その瞬間、頭の中から余計な考えが消えた。
伸びてきた腕をかわし、相手の動きを利用して体勢を崩す。勢いのまま床に倒れ込んだ男子生徒が、何が起きたのか分からないという顔でこちらを見上げた。
「は?」
わたしはまだ、ケーキがないことには納得していない。
けれど、今はそれどころではないらしい。次の相手が距離を詰めてくる。
わたしは組みつかれる前に間合いを外し、相手のバランスが崩れたところで動きを止めた。無理に力比べをする必要はない。相手が大きくても、力が強くても、体勢が整っていなければ思うようには動けない。
ブラジリアン柔術。
派手な技を見せるためのものではない。
少なくとも、わたしにとっては。
「お、おい! こいつ、何なんだよ!?」
「知らねえよ! お前が連れてきたんだろ!」
「俺じゃねえ!」
雑談していないで、ケーキがないなら帰らせてほしいなどと考える。
数分後。
倉庫の床には、起き上がれずにうめく男子生徒たちが転がっていた。
わたしは制服についた埃を払い、乱れた髪を整える。
「お前名前は?」
相手の1人がうめきながら聞いてくる。
「月お…はっ」
知らない人に名前を言うなんてアホすぎるにも程がある。
「……それよりケーキ」
ぽつりと呟いた。食べ放題。
いちごのショートケーキ。チョコレートケーキ。チーズケーキ。
脳裏に浮かぶ甘い光景。
そして、目の前に広がる現実。
「詐欺じゃん……」
わたしは本気で落ち込んだ。
の後、どうやって倉庫を出たのかは、あまり覚えてない。
ただ一つだけ確かなことがある。
あのときの男子生徒たちは、二度とわたしをケーキでうとはしなかった。
─現在
男子生徒の一人が仲間の肩をつかんだ。
「おい、迂闊に近づくな。あいつが何をするか分からねえぞ」
隣では湊が目を丸くし、優星は不思議そうに男子生徒たちを見ている。桜に至っては、なぜか目を輝かせている。
「ユイちゃん、すごい! 有名人なの!?」
「違うから!!」
わたしの頭の中はどう弁明するかでいっぱいだった。




