第七話 グッバイ平穏
「違うから!!」
わたしは全力で否定した。
「いや、でも、あいつら月岡さんのこと知ってるみたいだよ?」
湊がもっともなことを言う。
「知らない! わたしはあの人たちを知らない!」
「じゃあ、なんでルナって呼ばれてるんだ?」
優星の質問が鋭い。
正論で人を殴るのはよくないと思う。
「それは……」
言えない。
まさか、二週間前にケーキ食べ放題に釣られて敵のアジトに乗り込んだ結果、そこにいた男子高校生たちを全員倒したなんて。
言えるわけがない。
そんなことを話したら、わたしの高校生活は今日で終わる。
「おい、ルナ!」
校門の向こうから、男子生徒の一人が叫んだ。
「こっちは話があって来たんだ! ちょっと付き合え!」
嫌です。
話があるなら、まずは名乗るべきだろう。知らない人間に突然呼び止められて、はいそうですかとついていくほど、わたしは単純ではない。
二週間前?
あれはケーキという明確な報酬があったからだ。報酬の提示もなしに動くほど、わたしは安くない。
「……何の話?」
とりあえず、距離を保ったまま尋ねてみた。
「この前の件だ!」
「この前?」
「お前が俺たちの仲間を全員ぶっ倒した件だよ!」
全員?
そんなにいたっけ?
ケーキがないことにショックを受けていたせいで、正直、人数なんて覚えていない。
「それで、今日は何?」
「お前、俺たちのこと舐めてんのか?」
「いや、別に。ケーキがないことには怒ってるけど」
男子生徒たちが顔を見合わせた。
「だって、なかったじゃん」
沈黙。
なぜか、男子生徒たちの顔色が変わった。
「……やっぱり、こいつヤバい」
「おい、余計なこと言うな。聞こえるぞ」
「聞こえてるけど?」
「ひっ……!」
何に怯えているんだろう。
わたしはただ事実を述べただけである。
隣で、桜がわたしの袖をつまんだ。
「ユイちゃん……もしかして、すっごく強いの?」
「普通だよ」
「普通の人は、知らない人たちに囲まれたあと、全員倒したりしないと思うけど……」
「……」
ぐうの音も出ない。
湊は口を開けたまま固まっているし、優星はわたしをじっと見ている。
わたしの普通の高校生活の崩壊を感じる。
しかも、崩壊の原因は恋愛イベントでも文化祭でもなく、二週間前のケーキである。
作者。あなたはこれを予想していたの?
もっと細心の注意を払っておくべきだった。
「……とにかく!」
わたしは男子生徒たちに向き直った。
「わたし、今日は帰るから。話があるなら、また今度にして」
「待て!」
「ケーキ食べ放題を用意してくれるなら考える」
「なんでだよ!?」
すると、男子生徒たちの後ろから、一人の男子が進み出た。
それまでの連中とは雰囲気が違う。彼はわたしを見ると、少しだけ目を細めた。
「……なるほど。お前がルナか」
─だから違うって!!
「俺たちの学校で、お前のことを知らない奴はいない」
「へえ」
知らなかった。
「お前に、一つ頼みがある」
「ケーキ?」
「……違う」
「じゃあ、帰るね」
「待て待て待て!」
男子生徒が慌ててわたしを引き止める。
わたしは深いため息をついた。どうしてこう、話が通じない人ばかりなのだろう。
そして、彼が次に口にした言葉によって、わたしはようやく気づくことになる。
二週間前の事件は、わたしが思っていた以上に面倒なことになっていた。
「うちの学校の連中が、お前をスカウトしたいらしい」
「……は?」
思わず、間の抜けた声が出た。スカウト?
サッカー? 野球? アイドル? まさか、ケーキの大食い大会?
「お前、格闘技やってんだろ?」
「……まあ」
男子生徒が得意げに頷いた。
「うちの学校、今ちょっと揉めてるんだよ。別の学校の連中が調子に乗っててさ。お前みたいな奴がいれば、話が早いと思って」
「嫌です」
「即答!?」
そりゃそうだろう。
他校の揉め事に首を突っ込むなんて、面倒事の詰め合わせセットではないか。
わたしは平穏な高校生活を送りたいのである。放課後に友達と帰って、家でご飯を食べて、寝る。
それだけでいい。
なぜそこに他校の抗争を追加しようとするのか。
「そもそも、わたしが強いって、誰から聞いたの?」
「お前が倒した連中だよ」
あのとき、名前を聞かれて答えそうになったのを思い出す。あの場にいた連中は、わたしの顔を覚えていてもおかしくない。
覚えていないでほしかった。
「お前、あいつらに何したんだよ……?」
優星が、少し呆れたような顔で尋ねてきた。
「何もしてないよ。ケーキがなかったから帰ろうとしただけ」
「その結果がこれなの!?」
湊が叫んだ。
「でもさ、ユイちゃん、格闘技できるんだね!」
桜が目を輝かせた。
「いや、できるというか……」
「かっこいい! 今度教えてよ!」
どうしてみんな、わたしの話を聞くと新しい予定を追加するのだろう。
わたしは今、目の前の問題をどうやって穏便に終わらせるか考えているのだ。
新しい趣味の披露会を開催している場合ではない。
「とにかく、わたしは協力しないから」
改めて告げると、男子生徒は困ったように頭をかいた。
「……そうか。まあ、無理にとは言わねえよ」
おや。意外と話が通じる人だった。
「ただ、一つだけ教えてくれ」
「何?」
「お前、あのとき、どうして俺たちの学校の連中を全員倒したんだ?」
そんなの、決まっている。
「ケーキがなかったから」
「それ、本気で言ってんのか……?」
「騙したのはそっちでしょ?」
男子生徒は、しばらく黙り込んだ。そして、仲間たちを振り返る。
「……おい。こいつ、やっぱりヤバいぞ」
「だから聞こえてるってば!」
わたしの叫び声が、夕暮れの校門前に響いた。その隣では、湊が肩を震わせて笑っている。
優星は口元を押さえているし、桜に至っては、完全に面白がっていた。
誰か一人くらい、わたしの味方をしてくれてもいいのではないだろうか。
もういい帰ろう。
「じゃあ、失礼します!」
わたしは勢いよく頭を下げ、三人を促して歩き出した。これ以上、話を長引かせてはいけない。
そう思ったのに。
「ルナ!」
背後から、再び声が飛んできた。わたしは振り返らない。
「……なんですか」
「また来るからな!」
「来なくていい!!」
ああ、もう。明日は絶対に寄り道せずに帰ろう。
誰とも約束しない。誰にも特技を話さない。知らない人には絶対についていかない。
そして、ケーキ食べ放題という言葉には二度と騙されない。
…最後の一つは、少し自信がない。
「月岡さん、明日も一緒に帰ろうね!」
「うん……」
「帰り道、途中まで一緒だし。また話そうぜ!」
「うん……」
「俺も、今度勉強教えてもらおうかな」
「……うん?」
待って。わたしが顔を上げると、優星がにこりと笑った。
「よろしくね、ユイちゃん」
─うああぁぁ
そうだった。この世界は、恋愛物語だった。そしてわたしは、そのヒロインだった。
他校の不良に目をつけられようが、ケーキ詐欺に遭おうが、そんなことは関係ない。
作者はきっと、わたしを普通の高校生として生きさせるつもりなんてないのだ。
グッバイ平穏。




