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第四話 友達

 翌朝、教室に入ると既に3人が揃っていた。


「おはよー!」


 桜がこちらに気づいて手を振ってくれた。わたしも手を振り返し、鞄を机に置く。


「おはよう。みんな早いね」

「そうかな? 普通じゃない?」


 桜が首を傾げる。


 確かに、始業時間まであまり時間がない。わたしが少し遅いだけかもしれない。

 周りを見渡すと、優星は机に肘をついて湊と話していた。二人の間に入るのも悪い気がして、ひとまず自分の席に座る。


「そういえば、ユイちゃん!」

「ん?」


 桜がこちらに身を乗り出した。


「昨日、音楽室にいたんだってね?」


─やっぱり話題になっちゃうよねぇ、はぁ、


 わたしは机の上に置こうとしていた筆箱を、そっと置き直した。

 昨日の音楽室。誰もいないと思って勝手に入って、ピアノを弾いた挙句の果てに優星に見つかってしまった場所。

 できれば思い出したくない。


「えっと、いたけど……?」

「やっぱり! あれ、何してたの?」


 桜が目を輝かせる。正直に話すべきだろうか。いや、待て。わたしは別に悪いことをしたわけでは……いや、無許可で入ったのは普通に悪い。

 考えれば考えるほど言い訳が苦しくなるので、とりあえず笑っておくことにした。


「ちょっと、いろいろあって?」

「いろいろ?」

「うん、いろいろ!」


 我ながら雑すぎる回答である。

 桜は不思議そうな顔をしたものの、それ以上追及することはなかった。


─助かった……!


 胸を撫で下ろした、そのとき。


「俺と優星もいたよ〜」

「俺は先輩に頼まれた荷物を取りに行こうとしてただけだけど」


 湊と優星が会話に加わった。わたしは思わずそちらを向く。


「荷物?」

「うん。先輩に音楽室まで取りに来てほしいって言われてたんだよね」


 優星はそう言って、湊の方を向いた。


「で、こいつが俺を呼びに来た」

「そうそう。なかなか戻ってこないから、呼びに行ったんだよ」


 湊が頷く。なるほど。

 つまり、二人とも普通に用事があっただけらしい。


 わたしは昨日の出来事を思い返した。

 音楽室に入ったら綺麗なピアノがあって、少し弾いてみたら楽しくなって、気づけば夢中になっていた。


 そして、演奏が終わった瞬間に優星がいた。

 その後、逃げようとしたら扉の向こうから湊が現れた。


 冷静に考えても、やっぱりタイミングがおかしい。

 わたしは額に手を当てる。


「ユイちゃん、どうしたの?」

「いや、なんでもないよ……」


 桜に聞かれ、慌てて手を下ろす。


「それで、月岡さんは何してたの?」


 湊がこちらを向いた。戻ってこなくていい話を戻されたので、桜にしたように誤魔化そうとする。


「えっと、それは……」

「ピアノ弾いてたよね」


 優星がさらりと言った。


─言うんじゃねぇぇ!!それは言うな!


「えっ、ユイちゃんピアノ弾けるの!?」


 桜が椅子から身を乗り出す勢いで反応した。


「いやいや、弾けるっていうか、昔ちょっと触ってただけで!」


 わたしは慌てて両手を振った。


「へえ! 何年くらいやってたの?」

「えっと……そんなに長くはないよ」


 小学校低学年の頃から中学校まで教わっていた。


─これも、作者のせいなんだけど。

 

 しかし、もう何年も触ってないし、昨日も指が動くか確かめるくらいのつもりだったのだ。

 まさか最後まで弾いてしまうとは、自分でも思っていなかった。


「でも、昨日の曲、すごく綺麗だったよ」


 優星が口を開いた。わたしは顔を上げる。


「最後まで聴いちゃった。あの曲、なんていう曲なの?」


 優星は特に気負う様子もなく尋ねてきた。

 昨日、彼が音楽室にいたのは分かっている。けれど、まさか演奏を最初から最後まで聴かれていたとは思わなかったのだ。


 恥ずかしい。とにかく恥ずかしい。


「えっと、あれは……分かんない。」


 音楽室の扉に楽譜が貼ってあったからそれを…と答えようとしたところで、ふと頭の中に警報が鳴り響く。

 これはもしや、秘密の特技をきっかけに距離が縮まるイベントでは?


 主人公が何気なく披露した特技を、ヒーローが見つけて褒める。

 そして「また聴かせて」と言われ、二人の間に特別な思い出が生まれる。


 ……うん。作者が好きそうな展開ランキング上位に入りそうだ。


 わたしはそっと視線を逸らした。

 頼むから、わたしをヒロインにしないで。


「分かんない?」

「うん分かんない」

 

三人が一斉に首を傾げる。


「あ、いや、なんでもない! 気にしないで!」


 わたしは手を振り、誤魔化すように笑った。

 またもや湊が不思議そうに首を傾げる。


「月岡さんって、面白いよな」

「えっ、そう?」

「うん。昨日もなんか慌ててたし」

「昨日のことは忘れてください」


 わたしは即答した。できることなら、わたし自身も忘れたい。

 桜がくすくすと笑う。


「でも、ピアノ弾けるのいいなあ。今度、私にも聴かせてよ!」

「えっ!?」


 わたしは思わず机に突っ伏しそうになった。

 ただピアノを弾いただけなのに、どうしてこうなるのだろう。


 いや、原因は分かっている。わたしが勝手に音楽室へ入ったからだ。

 自業自得という言葉が、頭の中を駆け巡った。


「……機会があったらね」


 なんとか笑顔を作って答える。


「やった!」


 桜が嬉しそうに手を叩いた。優星も小さく笑う。


「俺も、また聴きたいな」


─そう、またの機会は来ませんように。


 その後のわたしは机の上の筆箱を意味もなく開けたり閉めたりして、朝はあっという間に終わり、授業が始まった。


 教科書とノートを机の上に並べ、黒板に目を向ける。先生の説明を聞きながらノートを取っていると、ふと隣の席の湊が目に入った。


―何をしているんだろう。


 湊は教科書を開いたまま、じっと黒板を見つめていた。いや、正確には黒板の少し上を見ている。

視線を追ってみると、そこには何もなかった。寝ているのかと思ったが、目はしっかり開いている。

不思議な人だ。


「じゃあ、この問題。高橋、答えてみろ」

「……え?」


 先生の声に、湊がびくっと肩を揺らした。教室中の視線が一斉に湊へと集まる。


「今説明したところだぞ。答えは?」

「えっと……」


 湊は慌てて教科書に目を落とした。ページを行ったり来たりしているが、答えが見つかる様子はない。

 これはまずい。 わたしは黒板に目を向けた。問題自体はそれほど難しくない。先生がさっき説明していた内容を使えば解けるはずだ。

 ただ、今の湊にそれを考える余裕があるかは別問題である。


「高橋、聞いていなかったのか?」

「す、すみません……!」


 湊が頭を下げた。このままでは、初日から先生に目をつけられてしまうかもしれない。

 それはかわいそうに思えてわたしはノートの端に答えと簡単な考え方を書き、湊の机の方へそっと滑らせた。

 湊がこちらを向く。わたしは黒板を指差し、口だけを動かした。


「こ・こ」


 湊はノートと黒板を交互に見たあと、何かを理解したように小さく頷いた。


「えっと、まずここをこうして……」


 湊が答え始める。途中で少し言葉に詰まったものの、最後まで説明することができた。


「よし。次からはちゃんと聞いておくように」

「はい!」


 先生が黒板に向き直る。湊はほっと息を吐き、こちらに顔を寄せた。


「月岡さん、ありがとう……! 助かった!」

「どういたしまして」


 わたしは小さく笑って、ノートを自分の机に戻した。すると、湊が何か言いたげにこちらを見ている。


「なに?」

「いや、昨日、人間観察が好きって言ってたじゃん? もしかして、俺が授業聞いてなかったのも見抜いてた?」


 人間観察が好きなんて言わなければよかった。ただの自己紹介のつもりだったのに、どうしてこう次々と話の種になるのだろう。忘れて欲しい限りだ。


「えーっと、たまたま?」

「ほんとに?」

「ほんとほんと!」


 わたしは笑顔で押し切った。湊はまだ少し疑わしそうだったが、先生がこちらを振り向いたので慌てて前を向いた。

 危ない。授業中にまでイベントを発生させないでほしい。わたしはノートに視線を落とし、次の問題を書き写した。


―まあ、困っている友達を助けるくらいしないとね。


 そう考えて、わたしは再び先生の話に耳を傾けた。

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