第三話 いつものイベント
チャイムが鳴ると学年全体が動き始めた。先程まで話していた3人の周りにあっという間に人だかりができたので、その隙を狙って人気のない校舎裏へと駆け込む。
あれほど目を惹く3人と一緒にいたらどんなイベントが起こるか分からない。もし人間観察の話題を出されても何も答えられないし。
校舎の影から太陽の光できらめく木々をぼんやり眺めていると、真っ黒な猫が目に入った。
「かわい〜!おいで?」
猫が怯えないよう気をつけながらそっと陽の方向へ歩いていく。手を伸ばしたり引っ込めたり、猫との距離を測っているときだった。
「ばあっ」
いきなり肩を叩かれてわたしは飛び上がる。
「きゃあっ!!」
後ろを振り向くとよく見慣れた姿があった。
「やっぱりここにいた。せっかく教室まで迎えに行ってあげたのに。そろそろ帰ろー。」
幼馴染のハル、家が隣同士なのもあり昔からの仲だ。だが、わたしは首がもげる勢いで左右に振る。ここで一緒に帰ると確実に何か起きる。今までのことを思い出して少し遠い目になる。
──10歳の夏。
ハルとアイスを食べながら歩いていると、サングラスをかけた強面のおじさんがわざとらしく肩を当ててきた。
ぶつかったハルがよろけ、夏の暑さでとろけたチョコがベッタリと相手のシャツにつく。
「あーあきったねえなぁ、これはなかなか落ちねえぞ?どうしてくれるんだよおクリーニング代くらい出せや。」
怯むハルを横目に、普通に散歩することさえ許されないこの状況に怒りを覚えた。
「いっつもそう!なんであなたはこんなに問題を起こしたがるの?勝手にわたしの人生に影響を与えて。心が痛まないの!?」
わたしから作者への叫びだった。しかし、この声が届いた相手は作者ではなくおじさんだった。
「す、すまない!つい出来心で…こんな小さい子に迷惑かけるなんてひどいよな。それにしても賢いお嬢ちゃんだ。」
私は知らなかった。作者がもたらした幾度とない事件のおかげで、自分以外にも何人もの運命が変わっていることに。
「ユイ?ユイ!聞いてる??」
「あ、うんなんだっけ?」
ハルがはぁ、とため息を吐く。
「だーかーら!早く帰ろ」
そうだった、今はこの状況をなんとかしなければ。
わたしは少し思案し、
「今日新しくできた友達と帰るからハルも他の子と帰ったら?まさか、友達できてないのー?w」
煽ることにした。
「そ、そんなことない!ユイこそ友達できなかったんだろうな、慰めてやろうかなと思っただけだし。」
昔から負けず嫌いでカッコつけたがる癖は高校生になっても変わらないらしい。
─もっと素直になればいいのに。まぁこの状況から逃れられるならなんでもいいけど。
「ふーん、それならいいじゃん。またねー」
教室から逃げ出して数時間、ハルと別れた後校内探検することにした。というのも一旦教室に戻り荷物を持ち帰ろうとしたが、まだ人だかりが引いておらず教室に入ることを断念したのだ。
「ここは音楽室かな?」
教室が集まるエリアから少し離れた廊下の突き当たり。入り口の扉には音符がびっしりと描かれた楽譜が貼られている。
無許可で入っていいのかという葛藤の末、好奇心が上回った。
「失礼しまーす…」
声を顰めて音が出ないよう少しずつ扉を開けようとすると「ギィィィィ!」扉の叫び声が耳に入る。
慌てて周囲に誰もいないことを確認し音楽室に潜入した。
「わぁ!このピアノ綺麗!よくお手入れされてるし、少しくらい弾いてもいいよね?」
わたしは長らくピアノを触っていなかった自分の手を見るとウォーミングアップを始めるのだった。
「よし、準備完了。なーに弾こうかなぁ」
簡単な曲をいくつか弾いた後、扉に貼り付けてあった楽譜を思い出す。
わたしは立ち上がり破れないよう丁寧に剥がしていくと、もう一度楽譜と共にピアノの前に座る。
「難しそう」
一瞬目を瞑るとガラッと私の空気が変わる。
「♪」
最後の1音まで丁寧に重ねるとその曲が終わりを告げた。
「ん〜楽しかっッッ!?」
ピアノから数歩離れた椅子に誰かが座っているではないか。
─殺される!!!
勝手に校内探検をして音楽室に無許可で侵入した挙句、ピアノにまで手を出してしまった。わたしは速攻で言い訳を考え始める。
「ユイちゃん?なんでピアノ弾いてるの?っていうかなんで音楽室にいるのかな。」
「ちょ、ちょっと道に迷っちゃって?外に繋がってる扉だと思って開けたら音楽室で!そう!あと、えー、ピアノの音が狂ってないか確認しておこうと思っただけでぇ、、」
誰の目から見てもピアノになんの異常もないことは明白だ。
─やっぱりこの言い訳は無理があるか…?
さらなる言い訳を考えるもあまり良い案が浮かばず、罪に罪を重ねるだけだと悟り顔をあげる。
「あれ?漣くん?」
「そうだけど。気づいてなかったの?」
全く気が付かなかった。とは言えない。
「え、えっと、どうしてここに?」
「それは俺のセリフなんだけど」
フフッと声を漏らすと
「ユイちゃんって面白いね。」
わたしは恥ずかしさで目を逸らす。焦ってアホな姿を見せてしまった。
優星から逃げなくてはならないのに完全に無防備だった。
「あ、あはは、、じゃあ急いでるからバイバイ!」
「えちょっと!!」
急いで扉へ向かいドアを引く。開けた先に立っていたのは湊だった。
「あれ?月岡さん?優星は?」
─なんでみんなここに集まってくるの!?なおさら急がなきゃ!
「向こうにいるよ!またね!」
湊は首を傾げながらわたしを見送ってくれた。音楽室を出て教室で荷物を回収した後1人で帰るつもりだったのだが。
「桜ちゃん?まだいたんだね」
「そー、いろんな子が話しかけてくれて。そういえばユイちゃんはどこいってたの?話したかったのにいなくなっちゃったから心配してたんだよー」
先程までの焦りから解放されたからか、桜の言葉にホッとする。
「よかったら一緒に帰らない?」
「いいの!?行く行く!」
桜の誘いに全力で乗り、学校から脱出することに成功した。
桜となら良い友達になれそうな雰囲気を感じ、自然と顔が綻ぶ。
「それでさー」
「うんうん」
他愛のない話をしている下校中。いつも通り他校の男子生徒複数人に絡まれたが、桜にバレないよう足を引っ掛け撃退する。
今日も平穏な下校の為に一仕事終えた。




