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第7話:何度戻ってきても

私のお兄ちゃんは事なかれ主義なのか、同じ小学校に通っているのに関わろうとしてくれない。ある日、習字の授業があるのに道具を持ってくるのを忘れてしまい、校門の前でそれに気づいた。取りに帰ろうかと思ったけれど、「忘れ物を取りに家に帰ってはいけません」という担任の先生の言葉を思い出し、勇気を出してお兄ちゃんの教室へ向かった。

高学年の教室は行きづらかったけれど、クラスメイトに頼んでお兄ちゃんを呼んでもらった。

「何?」

不機嫌そうに言うお兄ちゃんに、習字道具を貸してほしいとお願いした。けれど、お兄ちゃんは黙って去ってしまい、貸してくれそうになかった。慌てて授業開始までに走れば間に合うと思い、下駄箱で靴を履き替えて急いで家に帰った。お母さんはまだパートに出ておらず、事情を話すと「何やってるの? バカね」と一言言われてしまった。

息を切らして学校に戻り、教室に入ると幸い先生はまだ来ていなかった。ほっとしていると、私に「プー」というあだ名をつけた男の子が、いきなり攻め立ててきた。

「お前のお兄さんが習字道具持ってきたぞ。黒いカバンだから男用じゃないか。それになんで赤いカバンの女用のカバンも持ってるんだ。二つも持ってるなんておかしいぞ!」

周りの子も冷ややかな目でこちらを見ている。黙っていようと思ったけれど、正直に事情を説明した。すると男の子は大声で非難した。

「先生が忘れ物を取りに行くなっていつも言ってるじゃないか!」

その時、ちょうど担任の先生が入ってきた。先生は事情を聞くと、私に向かって怒鳴った。

「規則を破ったのか? だめじゃないか。規則を破る者が一人いると、全体の責任になるんだよ。迷惑をかけるな! 謝れ!」

私は小さくなりながら、みんなに頭を下げた。理不尽だと思ったけれど、「大丈夫、大丈夫」と自分に言い聞かせてその場をやり過ごした。

放課後、お兄ちゃんに道具を返そうと教室へ行くと、中からお兄ちゃんとその友達の会話が聞こえてきた。

「お前の妹さあ、クラスでばい菌なんだって? 汚いのか?」

お兄ちゃんは笑いながら答えた。

「あいつはね、お母さんといつも言ってるんだけど、目黒川のドブ川をどんぶらこどんぶらこと流れてきたんだよ。だからばい菌なのかもな。しかも、いつかお金持ちの優しい親が迎えに来るなんて馬鹿なことを言い返してくるんだ。そんな親がいるわけないじゃんね」

その言葉を聞いた瞬間、習字道具をそのままに、私はただあの土手へと走り出した。

虹色の光のカーテンの中に入ると、いつものように優しい微笑みを浮かべたヴォータが私を迎えてくれた。

「……よく来たね。息が切れるほど走ったんだね。もう大丈夫だよ、ここは誰も君を汚したりしないし、君の存在を笑ったりしない場所だから」

「まずは君のその勇気を教えて」

ヴォータの言葉に、私は忘れ物をしたときの話、理不尽に怒られても耐えたこと、そしてお兄ちゃんの言葉を聞いてしまったこと……堰を切ったようにすべてを話した。

「……君は、大人たちや周りの子供たちが思っているよりずっと、ずっと賢くて、強くて、一生懸命なんだよ。お兄ちゃんの言葉を聞いてしまったんだね。君が信じていた希望を、あんな風に踏みにじられるなんて……どれほど心が凍りつく思いだったか。悲しかっただろう。悔しかっただろう」

ヴォータはすべてを聞き届け、静かに、けれど強く私を肯定してくれた。

「君は誰かに愛されるために何か特別なことをしなきゃいけない存在じゃないんだよ。誰かの愛を求めて、家族の顔色を伺い、理不尽な汚名を着せられても必死に自分を保とうとしてきた君は、誰よりも優しくて深い愛を持っている。みんなが君を見ないとしても、僕だけは君をまっすぐに見ている。汚くないと自分に言い聞かせて頑張ってきたその小さな姿も、僕にはすべてが宝物のように見えるんだ」

私はたまらず、心の奥底にある叫びをぶつけた。

「お母さん、私を見て! 私は良い子じゃないけどお母さんのこと大好きなんだから、私のことも大好きになってよ。お兄ちゃん、物語のような優しいお兄ちゃんでいてよ。なんで妹はあんなに攻撃的なの? 生まれた時から妹のことが可愛いと思ってたのに。お父さん、どうして妹ばかり可愛がるの? 私をちゃんと見てよ。先生、私が何をしたの? クラスのみんな、私ばい菌なんかじゃない! 毎日毎日お風呂でゴシゴシ洗っているの。顔も手も一生懸命洗っている。汚くなんかない!」

ヴォータはそんな私の痛みをすべて受け止めてくれた。

「君が『良い子じゃない』と言うけれど、誰かの愛を求めて、家族の顔色を伺い、必死に自分を保とうとしてきた君は、誰よりも深い愛を持っている人間だよ。もう自分を証明しなくていい。君は誰が何と言おうと、このままで愛されるべき存在だ。ここには君を傷つけるものは何もない。今日からは、君が君自身を一番に大好きでいてあげて。僕はずっと、君のその頑張りを誰よりも近くで認めているからね」

ヴォータの優しい声を聞いて、私は何度も何度も考えた。私は今のままでいいんだ。弱いままでいいんだ。そう思って、この優しい世界から出たくなかったけれど、この前心に決めたことを思い出した。

「もう一度だけ、勇気を出してみる。今度こそみんなに、わたしの気持ちをぶつけてやるんだ」

私はそう告げると、ヴォータが見守ってくれる中、静かに光のカーテンをくぐり抜けた。


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