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第5話:浮き上がりたいのに、どうして浮き上がれないの?

私は光のカーテンをくぐり抜けてから、土手の上から団地の集合体を見下ろして、ひとつ大きく深呼吸をした。そしてノロノロと、自分の冷たいコンクリートの団地へ向かって歩いて行った。先ほどお母さんの脇を走ってすり抜けて家を飛び出したので、やはり入りづらい。階段の入り口でどうしようか少し迷っていると、「お姉ちゃん」と言って、妹が私に声をかけてきた。妹は男の子を引き連れ、どこかに遊びに行っていたようだ。女の子も一緒にいるけれど、妹は気が強く男の子にも一目置かれ、恐れられていて「ボス」と呼ばれていた。みんなと「また明日ね」と言って解散になり、妹の友達はバラバラに家へ帰っていった。

私が妹と向き合ったとき、その胸にぶら下がるあるものに気がついた。真っ赤な小さなイチゴの形をしたペンダントだ。それはもっと小さい頃、近くの商店の駄菓子屋で、私が貯めていたお年玉で買ったものだ。小学校低学年の時は毎日のように首から下げていたけれど、少し大きくなり色もあせて傷ついてしまったので、宝箱の中に大切にしまっていたものだった。

「それはわたしのじゃん。なんで勝手に使ってるの?」

と言うと、妹は「だって可愛かったんだもん。いいじゃない」と全然悪びれない。さすがの私も頭に来て、「返して」と言って取ろうとした。すると、妹が私の手をぎりっと引っ掻いた。一瞬痛かったけれど、私がイチゴの粒を掴むと、妹が「こんなのいらない!」と無理やり首から引き抜こうとして、揉めているうちに鎖が切れてしまった。

「何するの!」と私が言うと、突然妹が駆け出して玄関の扉を開け、「お母さん、お姉ちゃんがひどいんだよ!」と駆け込んでいった。私も慌てて駆け込み、お母さんに妹が私のペンダントを勝手に持ち出したこと、少し血が滲んだ手の甲を見せて、妹に引っかかれたことを説明した。けれど、お母さんは妹に軽く「だめよ」と言っただけで、私に向かって言った。

「お姉ちゃんなんだから、妹に貸してあげなさい。手も洗って消毒すればいいでしょう」

お母さんはそれだけ言うと、夕飯の支度に行ってしまった。いつもこうだ。なんでわかってくれないんだろう。家を飛び出したことも、もうなかったことになっているみたいだった。

しばらく、学校ではばい菌扱い、家でも居場所がない生活を送っていた。そんなある日、事件が起こった。

お父さんが、いつも良い夫、良い父親を演じることに少し疲れてしまったのか、家出をしてしまった。1日、黙っていなくなったけれど、お兄ちゃんがお母さんに「近くの商店のあたりを歩いているのを見つけた」と話した。追いかけたけれど、すぐに見失ってしまったという。お母さんも一度商店の方を見に行ったけれど、見つからなかったようだ。

家族が不安に包まれている中、黒電話が鳴った。私が出ると、ずっと無言のままだ。

「お父さん? お父さんなの?」

と言っても、返事はない。ただざわざわざわざわと、周りの音だけが聞こえている。

「お父さん、帰ってきて。お願いだから帰ってきて!」

私が泣きながら訴えると、声を聞きつけた妹が私から受話器を無理やり奪い、「お父さん、帰ってきて。一緒にご飯食べよう!」と言った。その瞬間、電話が切れた。

私も妹も泣きながら部屋にいると、玄関から音がした。お父さんが帰ってきたのだ。妹がお父さんに抱きついて「早くご飯一緒に食べよう」と言い、大騒ぎは嘘のように簡単に収まった。家族の中で一緒にいながら、私は何かを外から客観的に見ているような気がした。

その次の日のことだ。学校の昼休み、いつものクローバー畑にいた私は、珍しく鉄棒が空いているのを見て、1人で遊ぶことにした。周りには人があまりいなかったけれど、少し練習をしていた。そのとき、手にかいた汗で滑って背中から落ちてしまった。衝撃で息が止まり、声が出ない。横になって丸まってやり過ごしたけれど、誰からも「大丈夫?」と声をかけられず、衝撃と痛みでとても悲しくてしょうがなかった。少し休んで落ち着いたので、保健室にも行かずに教室へ戻り、授業を受けて放課後になった。

帰るときに校庭を横切ったとき、それは起きた。急に後ろから右耳の後ろに衝撃があり、すごい痛みが走った。落ちたものを見ると、角材だった。耳の後ろを押さえてうずくまると、遠くに私に「プー」とあだ名をつけた男の子が立っていた。目が合うと、彼はくるっと背中を向けて駆け出していった。

絶対あの男の子が投げたんだ、と痛みに耐えながら思った。血は出ていなかったけれど、なんでこんなことばっかり起こるんだろう。遠巻きに他の子も見ているのに、なんで誰も様子を見に来てくれないんだろう。

なんで、なんで、なんで……

私は何とか立ち上がり、あの虹色のカーテンのところまで歩いていって、迷わずくぐり抜けて行った。


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