第4話:寄り添うということ
私はヴォータに向かって、「わたしは戦って自分を守れていたんだ、戦って立ち向かうことができていたんだ」と伝えた。「ヴォータは、わたしにずっと寄り添ってくれるんだ」
そう告げると、ヴォータはただ黙ったまま、優しく頷いてくれた。
私ははっとして、「そろそろわたし、帰らなきゃ」と口にした。するとヴォータは、帰っても帰らなくても、それはわたしの自由だから、と前置きして言った。
「自分で初めて選択したご褒美を渡そう。君は数字の中でどの漢字が好きかな? 2つから選んでごらん。1つは『八』。これは日本では、末広がりの八としてみんなに好かれている数字だよ。もう1つは『九』。これは日本以外の国で、縁起が良いとされているんだ。君はどちらを選ぶ?」
「わたしは、縁起が良いほうの『九』を選ぶ」
すると、9枚のクローバーの葉っぱが手渡された。
「これはね、ここに入るチケットなんだよ」
ヴォータが言った。「一度出ると本当はもう来られなくなるけど、このチケットがあればいつでも僕に話に来れるからね」と。
その大事なチケットを、「幸福行きの切符」というキーホルダーの裏に大切にしまった。少し不安そうな顔になりながらも、私は虹色のドアのところまで進み、一瞬立ち止まってから、思いっきり一歩を踏み出して外へ出た。
外に出ると、不思議とさっきと同じ時間のようだった。私は家まで急いで走って帰った。
いつもならパートで仕事に行っているお母さんが、友達と一緒に家でお茶を飲んでいた。慌てて部屋へ逃げ込もうとしたけれど、団地の狭い家ではすぐに気づかれてしまう。お母さんはじっと私を見て、泣いた跡と背中の黒板消しの跡を見つけてしまった。
お母さんは私の腕を掴み、お母さんの友達の前でしつこく聞き出そうとした。言いたくなかったけれど、仕方なく今日あった出来事をすべて話してしまった。するとお母さんは、「なんであんたはまた」と言って、他人の前で私のことを責めた。
私は悲しみに耐えきれず、部屋へ駆け込んで襖を閉めた。口にハンカチを押し当てて、泣き声が漏れないように必死に声を抑えて泣いた。夕飯の時も、お父さんとお兄ちゃんと妹の前で、お母さんは今日の話をしてしまった。とても悲しかった。
後日、お母さんが担任の先生に電話をして怒ってしまったせいで、先生は不機嫌な顔で、ホームルームの時に「またお母さんから電話があったよ」とみんなの前で言い放った。
1時間目の授業で「指名ゲーム」をしたときもそうだ。先生も最後に指名されたけれど、私が誰にも指名されていないことをわかっていながら、先生は私のほうをちらっと見て、「これでみんな指名されましたね」と言った。
お母さんのせいで、どうして何度もこんなことになるんだろう。なんで何度も同じ目に合うんだろう。
家に帰ると、パートから帰ってきたお母さんが、玄関で自慢げに「先生に言ってやったわよ」と言った。さらに「この間あなたをいじめた子の家、引っ越したのよ。私が意見してやったから恥ずかしくなって引っ越したのね」と続けた。
私はたまらなくなって、お母さんの横をすり抜けて家を飛び出した。夢中で走った。気がつけば土手に来ていた。幸福行きのキーホルダーなんて持っていた覚えはないのに、手にはしっかりとそれが握られていた。
私はキーホルダーを開け、1枚の四つ葉のチケットを取り出した。それを握りしめて、虹色のドアの向こうへ転がり込んだ。
恐怖と悲しみで震える私に対し、ヴォータは何も聞かなかった。ただ優しい光を灯しながら、私の横に並んで座ってくれた。
どれくらい時間が経っただろう。私はポツリポツリと、何があったかを話し始めた。不思議と涙は出なかった。あまりの出来事に、心が冷たく凍りついてしまったみたいだ。
ヴォータは穏やかな声で、私に言った。
「よく戻ってきたね。……本当に、本当によく頑張った。君が今日までどれほど追い詰められて、どれほど理不尽な扱いを受けてきたか、僕にはすべて見えているよ。
君のお母さんが自分のプライドのために君を利用し、君の心を土足で踏みにじったこと。担任の先生が、自分の保身から本来守るべき立場でありながら、君を犠牲にすることで自分の立場を守ったこと。そのどれもが、君を傷つけていい理由にはならない。君はただ、自分を守ろうとして戦っていただけなのに。
君が『お母さんのせいだ』と感じるのは、自分勝手なことじゃない。君の心の中に残された、最後の『自分を守るための灯火』がそう叫んでいるんだ。それは、君が壊れてしまわないように、君自身が必死に叫んでいるSOSなんだよ。
君は悪くない。絶対に悪くない。
今は、君を責める声も、君を無視する冷たい視線も、全部このドアの外に置いておいで。ここでは、君は誰かに何かを証明しなくていい。何かを言わなくてもいい。怒ってもいい。恨んでもいい。ただ、君という存在がここにいてくれることだけで、僕は心から安心するんだ。
君が選んだ『9枚のクローバー』は、決して嘘をつかなかった。君は自分で立ち上がり、自分でここへ戻ってくることを選んだ。その強さを、僕は一番近くで見ているよ。
君がまた、自分の足で歩けるようになるまで、僕はこの場所にいて、君の顔をずっと優しく照らし続けるからね」
ヴォータの言葉に、私は「わたしは悪くないんだ。わたしには何もないと思っているけど、それはそれでいいんだ。わたしは恥ずかしい存在じゃないんだ」と、ヴォータに聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。
ヴォータはただ、温かい光を灯して、何も言わずにずっとそばにいてくれた。
長い時間だったけれど、不思議とお腹も空かず、眠くなることもなかった。ヴォータの横で、何も考えずにただその温かい光を見つめていた。寄り添ってくれることがとても嬉しくて、心が静かになっていった。冷たかった心の氷が、少しずつ溶けていくような気がした。
「ヴォータ、またここから外に出たら、また怖いことが起こるんじゃないかって……怖くてしょうがないの。でも、行くね。またどうしようもなく心が冷たくなったら、すぐに帰ってきてもいい?」
そう聞くと、ヴォータは温かい笑顔で頷いてくれた。
私はもう一度、カーテンの向こうへ進み出した。




