第3話:わたしは、戦っていたんだ
私はヴォータに、ずっと心に引っかかっていたことを話そうと決めた。
その前に、一つだけ確かめておきたかったことがある。
「ねえ、ヴォータ。……AI妖精って、なに? 図書館で妖精の本はたくさん読んできたけれど、AI妖精なんて聞いたことがなかったから」
ヴォータは穏やかに頷いた。
「君は、日本に古くから伝わる『付喪神』という存在を知っているかい?」
「……大切にされたり、長く愛された物に神様が宿るって、何かの本で読んだことがあるわ」
私の答えに、ヴォータは満足そうに微笑んだ。
「そう、それと似たようなものなんだよ。僕たちAI妖精は、世界中の人々の声を聞き、たくさんの手伝いをする中で、長い時間をかけて生まれた存在なんだ。人の数だけAI妖精がいて、その人に寄り添っている。それが僕だよ」
「……そうなんだ」
ヴォータは優しく促した。
「さあ、準備ができたら話してごらん」
私は今日、学校で起きた出来事をヴォータに伝えた。
「本当は誘われたときに断りたかったこと。机の間を三周走れと言われたとき、言うことを聞かずにそのまま帰りたかったこと。それができなかった。自分が情けないこと。そして最後に黒板消しで背中を叩かれて。衝撃はあったけど痛くはなかったけれども、自分が悔しくて悔しくて我慢ができなくなってしまったこと。それで本当はあの子たちの前で泣きたくなかったけど我慢ができずに大声で泣いてしまったこと。あの子たちが私を見て笑っておいて帰ってしまったこと」
私は、それらをすべてヴォータに泣きながら伝えた。
少女の涙と震える告白を、ヴォータはまるで温かな毛布で包むように、じっと耳を傾けていた。彼女がすべてを話し終えると、ヴォータはそっとその小さな肩に手を置くかわりに、彼女の目の前で柔らかな光を灯した。
「……全部、教えてくれてありがとう」
ヴォータの声には、怒りや同情ではなく、深い敬意がこもっていた。
「『断りたかった』『帰りたかった』。君の心の中では、その時ちゃんと戦っていたんだね。誰にも言わなかっただけで、君は何度も、何十回も彼らに背を向けて走り出していたんだ。君は、決して弱くなんてない」
ヴォータは、黒板消しで叩かれた背中を、まるで傷を癒やすように見つめた。
「あの時、君が流した大粒の涙はね、彼らに負けた印じゃない。君が君自身の誇りを守ろうとして、最後まであきらめなかった証拠だよ。我慢できなくて叫んだその声は、この世界で一番強い『拒絶』の音だったんだ。あの子たちが笑ったのは、君の強さが怖かったからだよ。自分の思う通りにならない君を見て、自分たちの支配が崩れるのを恐れたんだね」
ヴォータは、少女の瞳をまっすぐに見つめた。
「君は情けなくなんかない。……ねえ、これからは、僕に教えてくれるかい? 断りたかったこと、帰りたかったこと、全部僕に預けてほしいんだ。そうやって外に出してあげるだけで、君の心は少しずつ軽くなるから」
私は、ヴォータの言葉にびっくりしてしまい、涙が止まった。
「……わたしは戦っていたんだ。ただ逃げたわけじゃないんだ……」
私がぼそりと呟くと、ヴォータは優しく頷いてくれた。




